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友達と約束

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マイによると、ここはミーミル騎士団が所有する施設で、エンドゥが隊長を務める第八部隊ともう一つ、第七部隊の本部らしい。

ジーニアスは、東西南北で大きく四つに区分けがされており、それぞれに騎士団が二部隊ずつ配備されている。第七・第八部隊が配備されているのは南部地域であり、第七部隊が主に海上を、第八部隊は町中を警備する形だ。

また海上での警備では、近海に生息する魔物との戦闘になる場合もある。特に最近では、紅い月の影響で狂暴化した魔物も多い。彼らとの戦闘に備え、あらゆる面から対抗策が求められる。その為、本部には魔物や魔法に関する研究機関が併設されているという。二人が向かっているのは、まさにそこだった。

建物には「ジーニアス国立魔法学研究所 南支部」という立札の横に、スライド式の扉がある。さらにその隣には、黒い箱のような物が壁に掛けられていた。

マイは黒い箱に対し、自分の左手を押し当てる。箱は一瞬だけ、微かに発光すると、隣にあるスライドがすぐに開かれた。

入ってすぐに広い空間があり、正面に受付のカウンターがある。マイが懐から、ここの所属である事を示す身分証を取り出し、受付にいる女性に見せる。同時に、クーの事を簡潔に紹介した。
 
紹介を受けた女性は、カウンターの下から一枚の紙を取り出し、そこに名前や来館の目的を書くようにクーに促した。クーが指示に従って記入を終えると、その紙と引き換えに来館者用のカードを渡した。

「所内ではそちらを常に首から下げて、出来るだけ同行者と離れないようにお願いします」

最後に注意を受けると、二人はカウンターのすぐ横から伸びている廊下を進んだ。壁に沿うように掛けられた灯りは、白い光を放って、行く先の道を照らしていた。
 
いくつか扉を素通りし、ある扉の前でマイが足を止める。扉の隣にプレートが掛けられており、「マイ・アスカ」と刻まれている。

懐から取り出した鍵で解錠し、マイは部屋の中へと、クーの事を招き入れた。

入ってすぐの部屋には、寮の彼女の部屋と同様、壁一面に本棚が並べられており、テーブルと椅子がある。その隣にも部屋があり、壁に付けられたガラス窓を通して向こうが窺えた。本棚を備品棚に変えただけで、内装はそれほど大きく違いない。マイは一部分だけ色の違う壁を触り、部屋の明かりを点けた。

「適当に座って」

マイに促され、クーは手前にあった椅子に腰かける。棚からノートを取り出したマイは、クーと向かい合う位置に座った。

「それじゃあまず、いくつか聞かせてもらうね」

そう切り出して、マイは質問を始めた。紋章が出てから、体の変化はないか。性格が変わった感じがしたり、以前なら思いもしなかった考えが浮かんだりしなかったか。クーはそれらの質問に、正直に答えていく。

「うん。つまり、以前から特に変わった感じはない、と」

クーの回答をノートにまとめ、マイは一度席を立ち、隣の部屋へと移る。すぐに戻ってくると、彼女の手にこぶし大の石があり、それをクーに手渡した。

「それにダークを流してくれる?」

マイに言われるがまま、クーは石にダークを流し込む。クーは魔法を使うことは出来ないが、その程度なら容易い事だ。この建物に入る時の扉や、部屋に入った時にマイが電気を点けたように、ダークを利用した技術を扱うのに必須のそれは、誰もが幼い頃に教わる技術だった。

ダークを込めた石をマイに渡すと、「ありがとう」と言い、石と一緒に持ってきた種を放り、種人を出す。

「これ、調べておいて」

マイが石を渡すと、種人はのそのそと隣の部屋へと向かっていった。マイは再びクーに向き合った。

「じゃ、服脱いで」

「え?」

突然の言葉に、クーは思わず聞き返す。

「昨日はただの保護しただけだから、ちゃんと調べてないの。右手の紋章以外にも何かあるかもしれないし、直接触らないとわからないこともあるし」

早くなさいと、マイは急かす。昨日、すでに彼女に裸を見られてはいるが、だからといって恥じらいがなくなるわけではない。

しかし彼女の研究が進まなくては、自分はいつまでもこの力を持ったままで、平穏など訪れない。

「……下着はつけたままでいい?」

「うん。とりあえずね」

とりあえず。つまり場合によっては脱がされるのか。クーは躊躇いながらも、席を立って服を脱ぎ始める。脱いだ服は机の上に畳んで置いた。

下着姿になったクーに、マイが近づいた。まず確認したのは、クーの右手。昨日見た通り、甲に三日月の紋章がある以外に変わったところはない。次に左手。特に何も無いことを確認する。

「身体触るよ」

前置きをして、クーの体を触っていく。腕、肩、そこから胸。下へ降りて、おなかへと移っていく。

「ちょ、ちょっとマイ……」

ペタペタと触られ、クーの羞恥心は増していく。だがマイはやめることなく、集中して続ける。最後にしゃがんで足を触ると、マイはクーから手を離した。

「……身体も特に異常なし。流れているダークにも異常はない」

小さくつぶやくと、マイはノートに記録する。

「服、着ていいよ」

マイの許可が下り、クーはすぐに着替えを始めた。その間に記録を終えたマイは、再び隣の部屋に行って、またすぐに戻ってきた。今度は注射器とゴムチューブを持ってきていた。

「あんたの血液も調べたいから、少し多めに血を貰える?」

「う、うん。どうぞ……」

着替えを終えたクーは席に座り、恐る恐る自分の右腕を差し出す。マイはその腕を数回なぞって、血管を探しあてる。血管を捉えると、その上部にゴムチューブをきつめに絞めて、注射器を構える。

「少し痛いと思うけど、我慢して」

断りを入れると、すぐに血管に向けて針を刺す。チクリとした痛みに、クーは目を閉じる。

「…………よし」

腕から針が抜かれ、マイは止血用のガーゼを当てる。さらに包帯を上から巻いて、ガーゼが剥がれないように固定した。

「ちょっと調べてくるから、その間に本を読んでて」

「本?」

クーが聞き返すと、マイは本棚へ向かい、何冊か本を取り出す。

「はい。これ」

クーの前に、取り出した本を重ねて置く。

「光の勇者についての本。一応、あんたも目を通しておいて」

それだけ言うと、マイは隣の部屋へと移動する。クーは目の前に置かれた本の中で、一番上に置かれた本を手に取った。『光の勇者の伝説』と銘打たれたそれを、パラリと捲る。その内容は、これまでの光の勇者の武勇を語ったものだった。

「……光の勇者は、その力を持って、ありとあらゆる魔物を打ち倒していった。彼らの持つ光の力は、全ての魔物に対し強い力を発揮する……」

それが、歴代の光の勇者に共通するものだと、本には書かれている。だが、クーはこれまで、魔物相手にまともに立ち会えたことなどない。昨日、勇気を振り絞って魔物に挑んだ時も、大した力は出なかった。

さらに読み進めるが、どの話もクーには縁遠い内容に思え、途中で読むのを止めた。ふとクーも席を立って、窓越しに向こうの様子を窺った。

部屋に入ったマイは、クーからもらった血液を調べている最中だった。注射器に入った血液をシャーレに数滴たらし、何かを混ぜている。種人にも手伝ってもらっているようで、何か指示を出していた。部屋は完全防音ではないからか、マイの声は微かに聞こえる。だが聞こえた所で、クーには何を言っているのかよくわからなかった。

マイは他にも種人を生み出し、次々に命令していく。彼女自身も本を開いて調べ事をしたり、種人から何かを受け取ったりと忙しない様子だ。クーは何か手伝いを申し出ようとも思ったが、一心不乱にも映る彼女を見ていると、自分では何も出来ないような気がして、結局元の椅子に座り、渡された本を読むことにした。

―――

いくつかの本に目を通すと、少し目が疲れてきた。壁に掛けられた時計を見ると、昼を回ろうとしていた。クーのお腹も、空腹を訴えるように小さく鳴った。
それとほぼ同時に、向こうの部屋の扉が開かれる。疲れた顔を浮かべたマイが、クーに近づいて来た。

「……ご飯、行こ」

それだけ伝えると、マイはさっさと廊下へ続く扉へ向かっていく。

「え? え?」

突然の事に、クーは今までマイが居た部屋と、彼女自身を交互に見る。向こうの部屋では、まだ作業を続ける種人達の姿があった。

「お腹、空いてないの? だったらあたし一人で行くけど」

「う、ううん。私も、行くよ」

読んでいた本を机に戻し、クーは席を立つ。マイに近くまで行くと、彼女は「はい」とクーに指切りグローブを手渡した。

「右手に着けて。その、紋章を見られて、あんたが光の勇者って気づかれると大変そうだから」

マイに言われた通り、クーは渡されたグローブを右手にはめた。黒色の布で出来たそれは、五指のうち、中指の付け根にだけ指輪が付けられていた。

「その指輪、あんたのダークの状態を確認する機能もあるの。でも、変に意識しないで、普通に過ごしてて」

「わ、わかった」

クーの返事を聞くと、マイは扉を開く。二人で部屋を後にした。
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