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番外編
※あくまでこの世界における話になります
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「たまには美味しいものでも食べにいきましょう」
モモのその言葉から、ウルゴは彼女と共に、滞在する町にある食堂を目指していた。
聖職者が贅沢していいのかと口から出かけたが、普段は清貧を心がけ、日ごろの旅でストレスだって溜まっているだろうと思うと、彼女の言う通りたまにはいいだろうと考えなおした。
モモには何かこだわりがあるのか、適当な店には入らず、表に置かれたメニュー表や店の外観を見ては、悩まし気に頭を捻っていた。
五軒は回ったであろう頃、赤い屋根の食堂を眺めていたモモが、ようやく意を決したように、「ここにしましょう」と決め、扉の前に立った時だった。
「なんという事をしてるんだ!」
扉の向こうから、怒りを孕んだ声を響く。揉め事かと、モモはすぐに扉を開いた。
「何かありましたか⁉」
聞こえてきた声に負けじと、モモも声を張り上げる。
食堂の中では、ここのウェイターであろう制服を着た男と、席についている客と思しき老人。そして顔を真っ赤にした眼鏡の男がいる。他にも数人の客がいるが、先程の声の主は眼鏡の男で、揉め事の中心は彼らと見て間違いないだろう。
眼鏡の男がモモに気が付くと、味方を見つけたかのよう「シスター!」と声を荒げ、大股で近づいてきた。
「聞いてくれ! あそこの爺さんがとんでもないことをしでかしたんだ!」
「君。一体何を言っているんだ?」
「うるさい! お前はこれから、神の前に懺悔して罰せられる準備でもしてろ!」
「あ、あのっ。状況が飲み込めないのですが……」
戸惑うモモの後ろから、ウルゴがゆっくりと入店する。自分よりも大きな男の出現に、眼鏡の男は怯えたように身をすくませた。
「おいおい。一体何ごとだこりゃあ」
「ウルゴさん。すみません。私もよくわからなくて……」
モモは辺りを見渡すと、一番近くにいた、無関係であろう夫婦がいる席へと近づいた。
「すみません。何があったのかわかりますか?」
モモの質問に、夫婦は顔を見合わせると、妻である女性が口を開いた。
「私たちにもよく……ただ、あのおじいさんに料理が運ばれてきた時、隣に座っていたあの人が急に怒り出したんです」
「あんなものを用意するからだ!」
会話が聞こえていたのか、眼鏡の男は再び憤慨したように声を荒げた。
「おい兄ちゃん。少しは落ち着けや。怒りに身を任せて喋ってっと、どんなに正しくても受け止めてくれねえぞ」
ウルゴがなだめると、眼鏡の男は萎縮したように口を閉ざした。ウルゴの言葉に説得されたというより、彼の強面に気圧されたようだった。
「で、爺さん。あんたが頼んだって料理はなんだ」
ウルゴが訊ねると、老人は目の前の料理を指差した。
「えっと。それってハ」
「それ以上口にするな!」
モモの言葉を、眼鏡の男が遮る。声に驚いたモモが彼の方を見ると、再び顔を真っ赤にして、肩を震わせていた。
「シスター! その言葉を口にしたら、あんたも神に罰せられることになるぞ!」
「いえ。主はそのような事で人を罰する事はないですが……」
モモが否定するが男は本当に罰を恐れているのか、両手で頭を押さえ、怯えるような仕草をした。
「なぜ誰もわからないんだ……このままでは世界が滅びるんだぞ……」
彼にとって、モモは頼みの綱だったのだろう。そんな彼女に自分の言葉を否定され、自棄になったか、大きな叫び声を上げながら、店を飛び出していった。
「何だったんだ、あいつ」
ウルゴが呆れたように、男が立ち去った方を見やる。
「何か不安があったのかもしれません。事実とはいえ、否定から入ったのはまずかったみたいですね」
モモが慚愧の念にかられたように、苦々しい表情を浮かべた。
「ていうか結局、これの何が問題があるんだ?」
ウルゴが改めて、老人の前に置かれた料理を見る。肉を俵状にまとめ、高温で焼き上げた料理。
「どうみてもただのハンバーグだよな?」
「そうですね……」
モモも正直意味が分からなかった。当事者である老人も、提供したウェイターも同感のようだった。
「名前を言おうとしただけであの反応だもんな。なんか曰くのある名前なのか?」
「すみません。私、料理の歴史には疎くて……」
モモがウェイターの男に視線を向けると、彼もそこまでは詳しくないようで、モモから顔を背けた。
「ハンバーグの名前の由来はな、昔ハンバーグという名前の男がおってな、その人が生み出した料理と謂れとるよ」
代わりに答えたのは、ハンバーグを前にした老人だった。
「しかしそれも所説あってな。かつてハンバーグという名の土地があり、そこの郷土料理だったとも謂れていれば、昔の言葉で『肉をこねあげたもの』とも謂れとる。どれが正しいのか、実際のところはわかっとらん」
「詳しいな爺さん」
「まあ、伊達に長く生きとらん。しかしそれでも、彼の怒りの元はわからん」
結局何もわからないままだった。そんな中、くぅと腹の虫が鳴く音が聞こえた。
「あー。とりあえず飯にしてえんだが、適当に座っていいか?」
恥ずかしそうに顔を背けたモモに代わり、ウルゴがウェイターに訊ねる。彼は「お好きな席へどうぞ」と、二人を席に座るように促した。
「お二人さん。どうせならこの爺と飯に付き合わんか? 面倒事に巻き込んだ詫びだ」
「い、いえ。むしろ私が進んで巻き込まれただけなので」
「構わん。どうしても気が引けるなら、一人寂しい爺のわがままに付き合うとでも思ってくれ」
これ以上断るのは、むしろ失礼にあたるだろう。モモは「ありがとうございます」と礼を述べ、老人の隣の席に腰かける。ウルゴも彼女の向かいに座った。ウェイターが「御注文は?」と訊ねた。
「それじゃあ、ハンバーグをお願いします」
「俺も同じのを」
二人が注文すると、「かしこまりました」と言ってウェイターはすぐに立ち去った。
「誘っておいて悪いが、儂は先に食べさせてもらうが、いいかね?」
「はい。どうぞ」
モモが答えると、老人はゆっくり頷き、ハンバーグに手を付けた。
「お二人さん。料理を味わうのに必要なのは何かわかるかい?」
「え? えっと……」
「空腹か?」
モモが考える一方、ウルゴは即答してみせる。老人は愉快そうに笑いながら、首を横に振った。
「それは美味しく食べるためのスパイスだな。少し違う」
では正解はと、老人は一口ハンバーグを口にし、飲み込んでから答えを発した。
「料理を味わうには、味覚があれば十分。余計な知識も言葉も、一切必要ないのだよ」
そう言ってハンバーグを食べる老人は、心から食事を楽しんでいるように見えた。それを見たモモは、これから運ばれてくる料理へ強い期待を抱くようになった。
モモのその言葉から、ウルゴは彼女と共に、滞在する町にある食堂を目指していた。
聖職者が贅沢していいのかと口から出かけたが、普段は清貧を心がけ、日ごろの旅でストレスだって溜まっているだろうと思うと、彼女の言う通りたまにはいいだろうと考えなおした。
モモには何かこだわりがあるのか、適当な店には入らず、表に置かれたメニュー表や店の外観を見ては、悩まし気に頭を捻っていた。
五軒は回ったであろう頃、赤い屋根の食堂を眺めていたモモが、ようやく意を決したように、「ここにしましょう」と決め、扉の前に立った時だった。
「なんという事をしてるんだ!」
扉の向こうから、怒りを孕んだ声を響く。揉め事かと、モモはすぐに扉を開いた。
「何かありましたか⁉」
聞こえてきた声に負けじと、モモも声を張り上げる。
食堂の中では、ここのウェイターであろう制服を着た男と、席についている客と思しき老人。そして顔を真っ赤にした眼鏡の男がいる。他にも数人の客がいるが、先程の声の主は眼鏡の男で、揉め事の中心は彼らと見て間違いないだろう。
眼鏡の男がモモに気が付くと、味方を見つけたかのよう「シスター!」と声を荒げ、大股で近づいてきた。
「聞いてくれ! あそこの爺さんがとんでもないことをしでかしたんだ!」
「君。一体何を言っているんだ?」
「うるさい! お前はこれから、神の前に懺悔して罰せられる準備でもしてろ!」
「あ、あのっ。状況が飲み込めないのですが……」
戸惑うモモの後ろから、ウルゴがゆっくりと入店する。自分よりも大きな男の出現に、眼鏡の男は怯えたように身をすくませた。
「おいおい。一体何ごとだこりゃあ」
「ウルゴさん。すみません。私もよくわからなくて……」
モモは辺りを見渡すと、一番近くにいた、無関係であろう夫婦がいる席へと近づいた。
「すみません。何があったのかわかりますか?」
モモの質問に、夫婦は顔を見合わせると、妻である女性が口を開いた。
「私たちにもよく……ただ、あのおじいさんに料理が運ばれてきた時、隣に座っていたあの人が急に怒り出したんです」
「あんなものを用意するからだ!」
会話が聞こえていたのか、眼鏡の男は再び憤慨したように声を荒げた。
「おい兄ちゃん。少しは落ち着けや。怒りに身を任せて喋ってっと、どんなに正しくても受け止めてくれねえぞ」
ウルゴがなだめると、眼鏡の男は萎縮したように口を閉ざした。ウルゴの言葉に説得されたというより、彼の強面に気圧されたようだった。
「で、爺さん。あんたが頼んだって料理はなんだ」
ウルゴが訊ねると、老人は目の前の料理を指差した。
「えっと。それってハ」
「それ以上口にするな!」
モモの言葉を、眼鏡の男が遮る。声に驚いたモモが彼の方を見ると、再び顔を真っ赤にして、肩を震わせていた。
「シスター! その言葉を口にしたら、あんたも神に罰せられることになるぞ!」
「いえ。主はそのような事で人を罰する事はないですが……」
モモが否定するが男は本当に罰を恐れているのか、両手で頭を押さえ、怯えるような仕草をした。
「なぜ誰もわからないんだ……このままでは世界が滅びるんだぞ……」
彼にとって、モモは頼みの綱だったのだろう。そんな彼女に自分の言葉を否定され、自棄になったか、大きな叫び声を上げながら、店を飛び出していった。
「何だったんだ、あいつ」
ウルゴが呆れたように、男が立ち去った方を見やる。
「何か不安があったのかもしれません。事実とはいえ、否定から入ったのはまずかったみたいですね」
モモが慚愧の念にかられたように、苦々しい表情を浮かべた。
「ていうか結局、これの何が問題があるんだ?」
ウルゴが改めて、老人の前に置かれた料理を見る。肉を俵状にまとめ、高温で焼き上げた料理。
「どうみてもただのハンバーグだよな?」
「そうですね……」
モモも正直意味が分からなかった。当事者である老人も、提供したウェイターも同感のようだった。
「名前を言おうとしただけであの反応だもんな。なんか曰くのある名前なのか?」
「すみません。私、料理の歴史には疎くて……」
モモがウェイターの男に視線を向けると、彼もそこまでは詳しくないようで、モモから顔を背けた。
「ハンバーグの名前の由来はな、昔ハンバーグという名前の男がおってな、その人が生み出した料理と謂れとるよ」
代わりに答えたのは、ハンバーグを前にした老人だった。
「しかしそれも所説あってな。かつてハンバーグという名の土地があり、そこの郷土料理だったとも謂れていれば、昔の言葉で『肉をこねあげたもの』とも謂れとる。どれが正しいのか、実際のところはわかっとらん」
「詳しいな爺さん」
「まあ、伊達に長く生きとらん。しかしそれでも、彼の怒りの元はわからん」
結局何もわからないままだった。そんな中、くぅと腹の虫が鳴く音が聞こえた。
「あー。とりあえず飯にしてえんだが、適当に座っていいか?」
恥ずかしそうに顔を背けたモモに代わり、ウルゴがウェイターに訊ねる。彼は「お好きな席へどうぞ」と、二人を席に座るように促した。
「お二人さん。どうせならこの爺と飯に付き合わんか? 面倒事に巻き込んだ詫びだ」
「い、いえ。むしろ私が進んで巻き込まれただけなので」
「構わん。どうしても気が引けるなら、一人寂しい爺のわがままに付き合うとでも思ってくれ」
これ以上断るのは、むしろ失礼にあたるだろう。モモは「ありがとうございます」と礼を述べ、老人の隣の席に腰かける。ウルゴも彼女の向かいに座った。ウェイターが「御注文は?」と訊ねた。
「それじゃあ、ハンバーグをお願いします」
「俺も同じのを」
二人が注文すると、「かしこまりました」と言ってウェイターはすぐに立ち去った。
「誘っておいて悪いが、儂は先に食べさせてもらうが、いいかね?」
「はい。どうぞ」
モモが答えると、老人はゆっくり頷き、ハンバーグに手を付けた。
「お二人さん。料理を味わうのに必要なのは何かわかるかい?」
「え? えっと……」
「空腹か?」
モモが考える一方、ウルゴは即答してみせる。老人は愉快そうに笑いながら、首を横に振った。
「それは美味しく食べるためのスパイスだな。少し違う」
では正解はと、老人は一口ハンバーグを口にし、飲み込んでから答えを発した。
「料理を味わうには、味覚があれば十分。余計な知識も言葉も、一切必要ないのだよ」
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