聖邪の交進

悠理

文字の大きさ
31 / 32
番外編

愚者と小鳥

しおりを挟む
パチパチと音を立てる焚火の向こうでは、モモが寝袋に入って、すうすうと寝息を立てている。
ウルゴは片膝をつきながら、彼女の様子を眺めていた。

不意に、ウルゴが辺りを見渡す。周囲は開けた野原となっており、何者かが接近しようものなら、すぐに気が付くことが出来る。案の定、向こうの方から急接近してくる悪魔の姿が見て取れた。
四肢を軽やかに動かし、ともすれば獣のようにも見える悪魔に対し、ウルゴは無感情のまま、その頭部に向けて拳を振り下ろす。加速度も相まってか、強烈な一撃を受けた悪魔は、そのまま地面に体をめり込ませ、ピクリとも動かなくなった。
夜は悪魔の時間と称せる程、彼らの活動は活発となる。昼間でも人間を見れば襲い掛かる彼らだが、夜は積極的に獲物を求めるかのように徘徊する。故に、野宿の際は、ウルゴが進んで見張りを引き受けていた。

「…………」

握りしめた拳を見下ろし、悪魔を一瞥すると、ウルゴは再び元いた場所へ戻り、腰を降ろす。
傍らには、彼の武器である棺桶が、無造作に置かれている。大型の悪魔が現れればこれを使うこともあるが、そうでなければ今のように握り拳ひとつあれば十分だった。
悪魔に対して、従来兵器はほとんど効果が無い。それは即ち、普通の人間が生身で挑んでも、勝ち目がないという事だ。
にも拘わらず、ウルゴはその身一つで悪魔と対峙出来る。悪魔討伐専門部隊である『天使』の中でも、そのような人材はいなかった。
ウルゴは帽子を外し、自分の額に手を重ねる。そこに刻まれているのは、『聖者』の証である聖痕。ウルゴが悪魔に対し、強い力を発揮できるのは、偏にこれによるものだった。
悪魔が蔓延る世界の中で、世界を生み出した主に代わる存在。それが聖者だ。
聖者がいる地では、聖水が無くとも悪魔は近づくことなく、『悪魔病』に罹った者も、聖者は聖職者が行う『浄化』をせずとも、その病を治す事が出来る。
だがウルゴにはその力は無い。今のように悪魔は襲い掛かって来るし、悪魔病を直すことも出来ない。
なぜならウルゴは、純粋な聖者ではないからだ。



遥か遠い、昔の話だ。
当時、世界を脅かす悪魔に対抗するべく、とある組織が立ち上がった。彼らは『暁の門』のように、主の復活を望むでもなく、自らの手で全ての悪魔を滅ぼそうと考えた。
その為に、彼らは主が生み出したという『聖遺物』に目をつけた。
本来であれば聖者にしか扱えないそれを、自らの手で操れないか。あるいは、同等の力を持つ兵器を生み出せないか、と。
そしてその成果の一つが、ウルゴが持つ聖痕だった。いや、聖痕だけではない。ウルゴ自身が、彼らの研究成果そのものだった。
聖遺物を操る存在を生み出そうとした彼らは、現世に神に代わる存在を作り上げた。
普通の人間よりも強靭な体を持ち、聖遺物を操り、悪魔に対し強い力を発揮できる者。
彼らは暁の門が崇める主に代わり、世界を救済する現人神を生み出したと、狂喜乱舞した。



「……ちっ」

昔の事を思い出し、ウルゴは忌々し気に舌打ちをした。
あれからどれほどの年月が流れただろう。すでにウルゴを生み出した組織は滅んでおり、ウルゴの詳細を知る人間はいない。
そして組織に祭り上げられ、日々悪魔を駆逐した記憶は多少あれど、モモの祖父、ゲンに拾われるまでの間の事はほとんど覚えていない。
ゲンによると、ウルゴは崖の下に倒れており、彼も初めはどこかの流民だと思ったようだ。
だがゲンは暁の門で司祭ゆえ、ウルゴの額の痣が聖痕に酷似している事から、彼の複雑な生い立ちを察した。教団に報告する事はせず、家に連れ帰り、自身の元で安全な日々を過ごすように取り計らってくれた。
それからの記憶は明瞭なものだ。まだモモは幼く、彼女をあやしたり、遊び相手になることもあった。
そんな彼女も成長し、今や世界の平和の為に、暁の門が崇める主を復活させんと日々活動している。

相変わらず眠り続けるモモに、ウルゴは起こさないように静かに近づき、その寝顔を伺う。ありとあらゆるしがらみから解き放たれた、穏やかな寝顔だった。

籠から飛び出した小鳥は、広い空を自由に飛び回る。だがそこは決して安全ではなく、豪雨や暴風、あるいは天敵に襲われることだってある。そんな世界で、小鳥は目的を果たし、無事に籠の元へと帰って来られるだろうか。
答えは否だ。小鳥は傷つき、身も心もボロボロになる。あるいは、道中力尽きて倒れてしまうだろう。

「俺が守ってやる。絶対無事に、故郷へ帰す」

モモが旅立つ際、ウルゴが一方的に取り付けた誓いだった。
出来る事なら、旅そのものを止めさせたい。だがそれは叶わぬ願いだ。
モモは決して自分の使命から逃げようとしない。真っ向から立ち向かい、傷を負うことさえも厭わない。
それならば、少しでも彼女が傷つかぬように、己が身を挺すしかない。
自分はかつて、悪魔を滅ぼすために生まれた存在。記憶がおぼろげとはいえ、それは変わらない。
与えられた役目であれ、自分に課した使命であれ、年端もいかない少女がそんなものに縛られる必要はない。

「そういうのは、無駄に生きてる莫迦にでも任せとけってんだ」

自嘲するように嗤い、ウルゴはモモの頬をそっと指で撫でる。
こそばゆさを覚えたのか、モモは眠りながらも、わずかに口角を上げた。それは歳に見合わぬ、あどけない微笑みだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...