怪物コルロルの一生

秋月 みろく

文字の大きさ
5 / 73
■アルスト山

1

しおりを挟む




 そろり。崖下を覗いてみる。自分が足場としている岩石は、遥か奥まで垂直に、切り立った壁のように続いている。悪魔の唸りみたいな風が吹き上げてきて、内蔵が縮み上がる感覚に襲われる。

 恐怖。どうせなら、恐怖は盗んでくれて良かったのに。

 もう、半分ほど来ただろうか。気をつけて歩きながらも、周囲への警戒は怠らなかった。どこにコルロルが潜んでいるか分からない。あの真っ黒な翼を休め、うたた寝でもしてようものなら、そこに矢を打ち込んでやる。そのために、弓は大男に預けていない。

「ねえ、どうするつもり?」、前を歩くリーススが、こちらを振り返って声を潜めた。「どんぐりのこと、早くライアンに説明してよ。あれはガルパスおじさんに渡すんだから」

 先頭に二人の大男、ガルパスおじさん、あたしとリーススを挟んで最後尾にライアンがいる。一列にならないと歩けない道幅なのだ。後ろのライアンの様子を伺ってみる。彼は体力があるようで、この崖道にも息を上げず、目が合うと笑ってみせた。

「それよりもリースス、おじさんのところに住むつもりなの?」

「もしそうなら、あなたはどうするの?」

「分からない。やつを仕留めるまでは、なにも決められない」

「そうそう! リースス、レーニス!」、リーススの前でおじさんが叫ぶ。この辺り一体に響き渡る声だった。「どんぐりは持ってきたかね?」

「ええ、持ってきたわ。リュックに入ってる」、リーススも叫び返す。

「えー? なんだってえー?」、声がでかいのは、耳が悪いせいなのかもしれない。

「リュックに入ってる!」

「そうか。あれはねえ、君たちが持ってないといけないよ。君たちの父さんが言ってたんだ、必ず二人の手元に置いとくようにってね」

「なんでえー?」

「えー?」

「なんで私たちが持ってないといけないのー?」

「はあー?」

 リーススは大きく息を吸った。

「どんぐりは、なんで私たちが持ってないといけないのー?」

「知らん」、たぶん、リーススはおじさんを崖から落とそうか、一瞬迷ったと思う。「君たちに持ってて欲しいと、そう言っていたよ」

「なんだ、おじさんが欲しかったわけじゃないんだね」

「そうみたいね」、彼女は少し息を切らして答えた。

「大丈夫?」、一連のやりとりを見ていたライアンが、後ろから顔を近づけて言った。

「大丈夫。あたしたちのものなら、あたしたちが誰に渡したって問題ないはず。それよりあなた、本当にあのバケモノを殺せるの?」

「はは、俺を誰だと思ってるんだ?」、彼は右の口端だけ上げて、自信満々に笑ってみせた。よく、笑う人だな。あたしもリーススも、笑うことなく暮らしているから、新鮮だ。でも彼が誰かは知らない。

「誰なの?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁

瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。 彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...