68 / 116
十二章 ヴォジャノーイ
七
しおりを挟む
ボクがやらなきゃいけないんだ、と、ヴェルシエルは思う。シェムハザ兄からお師匠様を、パリカー姉から旦那様を、奪ってはいけないのだ。例えそれを奪おうとしているのが、ノーイ本人であっても。
「『我が名は勇者、魔を討つ者なり』!!」
最大限の自己強化をかけて、聖剣を握り直す。ふーっと猫のように吐息を漏らしたヴェルシエルは、泥濘の獣へと斬りかかった。
獣の牙は、見た目より硬い。がつん、ぎりり、と聖剣と競り合える程度には。獣はヴェルシエルの剣を咬み、ぶんと首を振った。そんな些細な仕草で、ヴェルシエルは地へと叩きつけられる。
自己強化の影響で、痛みも傷もない。ヴェルシエルは獣が咥えたままの聖剣を手放し、その顕現を解き、手元でもう一度呼び出した。魔力はかなり減ってしまうが、彼相手に聖剣なしで渡り合えると思う程、思い上がってはいない。
「……戦いたくねぇなぁ」
と、獣が人の姿に変わった。漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒の鎧、漆黒の槍。見覚えがある、魔王軍第二位、ヴォジャノーイの姿だ。ヴェルシエルは、きっと彼を睨み据えた。
「でも、アナタはその人を食べるのを止めないでしょう?」
「何でお前に止められなきゃならねぇのかがわかんねぇな……」
「だって、その人を食べてしまったら、アナタはお師匠様じゃなくなってしまう」
「元から違うっつってんのにな……」
ヴォジャノーイは槍を構える。気怠げに見えるが、その構えに隙はない。魔王討伐を果たした勇者、ヴェルシエルから見ても。きゅ、と唇を噛んだヴェルシエルは、しかしすぐさま頭の中で戦略を練り、片手を掲げた。
「『花開け、天穿て、渦巻くのは狐、踊れ』!!」
詠唱の順を変え、句を変え、何の魔法を使うのかを可能な限り誤魔化す。轟々と音を立てて燃え上がる炎の柱、それはヴォジャノーイの視界から人間たちを覆い隠した。
「早く逃げて!!」
「逃がすかよ」
だが、その炎によって生まれた影から手が伸びた。何とか逃げ出そうとしていた神官兵の足首を、砕く勢いで握り締めている。ヴェルシエルは聖剣で神官兵の足首を斬り落とし、矢継ぎ早に聖魔法を行使した。勇者に斬られたという事実に衝撃を受け、硬直してしまった神官兵の足首の断面から、新たな骨が、肉が、皮が生まれ、新たな足を形作る。
対して、ヴォジャノーイは小さく舌打ちした。勇者の勘だろう、全く、嫌なことだ。もし自分の手首を斬ろうとしたら、そのまま聖剣を呪ってしまおうと思っていたのに。あぁ、これだから勇者は嫌なんだ。戦いたくない、死にたくない、でも殺さないと安心できない、守るためには滅ぼさないと、王国という人間の群れを、教会という人間の群れを、そのためにはあの人間を取り込まなければならないのに。
魔法で生じた炎の渦が消えた後に、ヴォジャノーイの姿はない。ヴェルシエルはヴォジャノーイに狙われている神官兵の周りに聖魔法の結界を張り、荒くなった息を整えた。自己強化が切れない内に、決着を。そう思っていたヴェルシエルの足首に、ちくりと、痛みが走る。瞬間、全身がかっと熱くなり、すっと冷えて、力が抜けた。それでも解毒の魔法を呟けたのは、ヴェルシエルが勇者であるが故だ。崩れ落ちそうになった体を立て直し、痛みが走った方の足を振る。そこからぽぉんと飛んでいったのは、小さな蜘蛛。
「流石、勇者じゃのう。我等の一咬みでは殺せんだろうとは思っておったが……ふぎゃ!?」
「邪魔すんな」
しかしその蜘蛛、ペインの一部は空中で体勢を立て直そうとした所を、忽然と現れたヴォジャノーイの槍に貫かれた。頭を貫かれたことで死んでしまったのか、ぴくりとも動かない。ヴェルシエルは、きょとんとしてヴォジャノーイを見詰めてしまった。
「……何だよ」
「ペインちゃんは、仲間じゃないの?」
「その、仲間ってのがどういう意味かは知らねぇけどさ」
そんなヴェルシエルに、ヴォジャノーイが目を眇める。
「ヴォジャノーイは、魔王軍第二位。四天王でもなければ、六大将でもない。お前が殺した魔王の、次に強い、一体一軍のモンスターだ」
その声が、ヴェルシエルには、ノーイの苦鳴のように聞こえた。
「『我が名は勇者、魔を討つ者なり』!!」
最大限の自己強化をかけて、聖剣を握り直す。ふーっと猫のように吐息を漏らしたヴェルシエルは、泥濘の獣へと斬りかかった。
獣の牙は、見た目より硬い。がつん、ぎりり、と聖剣と競り合える程度には。獣はヴェルシエルの剣を咬み、ぶんと首を振った。そんな些細な仕草で、ヴェルシエルは地へと叩きつけられる。
自己強化の影響で、痛みも傷もない。ヴェルシエルは獣が咥えたままの聖剣を手放し、その顕現を解き、手元でもう一度呼び出した。魔力はかなり減ってしまうが、彼相手に聖剣なしで渡り合えると思う程、思い上がってはいない。
「……戦いたくねぇなぁ」
と、獣が人の姿に変わった。漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒の鎧、漆黒の槍。見覚えがある、魔王軍第二位、ヴォジャノーイの姿だ。ヴェルシエルは、きっと彼を睨み据えた。
「でも、アナタはその人を食べるのを止めないでしょう?」
「何でお前に止められなきゃならねぇのかがわかんねぇな……」
「だって、その人を食べてしまったら、アナタはお師匠様じゃなくなってしまう」
「元から違うっつってんのにな……」
ヴォジャノーイは槍を構える。気怠げに見えるが、その構えに隙はない。魔王討伐を果たした勇者、ヴェルシエルから見ても。きゅ、と唇を噛んだヴェルシエルは、しかしすぐさま頭の中で戦略を練り、片手を掲げた。
「『花開け、天穿て、渦巻くのは狐、踊れ』!!」
詠唱の順を変え、句を変え、何の魔法を使うのかを可能な限り誤魔化す。轟々と音を立てて燃え上がる炎の柱、それはヴォジャノーイの視界から人間たちを覆い隠した。
「早く逃げて!!」
「逃がすかよ」
だが、その炎によって生まれた影から手が伸びた。何とか逃げ出そうとしていた神官兵の足首を、砕く勢いで握り締めている。ヴェルシエルは聖剣で神官兵の足首を斬り落とし、矢継ぎ早に聖魔法を行使した。勇者に斬られたという事実に衝撃を受け、硬直してしまった神官兵の足首の断面から、新たな骨が、肉が、皮が生まれ、新たな足を形作る。
対して、ヴォジャノーイは小さく舌打ちした。勇者の勘だろう、全く、嫌なことだ。もし自分の手首を斬ろうとしたら、そのまま聖剣を呪ってしまおうと思っていたのに。あぁ、これだから勇者は嫌なんだ。戦いたくない、死にたくない、でも殺さないと安心できない、守るためには滅ぼさないと、王国という人間の群れを、教会という人間の群れを、そのためにはあの人間を取り込まなければならないのに。
魔法で生じた炎の渦が消えた後に、ヴォジャノーイの姿はない。ヴェルシエルはヴォジャノーイに狙われている神官兵の周りに聖魔法の結界を張り、荒くなった息を整えた。自己強化が切れない内に、決着を。そう思っていたヴェルシエルの足首に、ちくりと、痛みが走る。瞬間、全身がかっと熱くなり、すっと冷えて、力が抜けた。それでも解毒の魔法を呟けたのは、ヴェルシエルが勇者であるが故だ。崩れ落ちそうになった体を立て直し、痛みが走った方の足を振る。そこからぽぉんと飛んでいったのは、小さな蜘蛛。
「流石、勇者じゃのう。我等の一咬みでは殺せんだろうとは思っておったが……ふぎゃ!?」
「邪魔すんな」
しかしその蜘蛛、ペインの一部は空中で体勢を立て直そうとした所を、忽然と現れたヴォジャノーイの槍に貫かれた。頭を貫かれたことで死んでしまったのか、ぴくりとも動かない。ヴェルシエルは、きょとんとしてヴォジャノーイを見詰めてしまった。
「……何だよ」
「ペインちゃんは、仲間じゃないの?」
「その、仲間ってのがどういう意味かは知らねぇけどさ」
そんなヴェルシエルに、ヴォジャノーイが目を眇める。
「ヴォジャノーイは、魔王軍第二位。四天王でもなければ、六大将でもない。お前が殺した魔王の、次に強い、一体一軍のモンスターだ」
その声が、ヴェルシエルには、ノーイの苦鳴のように聞こえた。
0
あなたにおすすめの小説
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる