ETDの雑用係

とりい とうか

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十二章 ヴォジャノーイ

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 ボクがやらなきゃいけないんだ、と、ヴェルシエルは思う。シェムハザ兄からお師匠様を、パリカー姉から旦那様を、奪ってはいけないのだ。例えそれを奪おうとしているのが、ノーイ本人であっても。

「『我が名は勇者、魔を討つ者なり』!!」

 最大限の自己強化をかけて、聖剣を握り直す。ふーっと猫のように吐息を漏らしたヴェルシエルは、泥濘の獣へと斬りかかった。
 獣の牙は、見た目より硬い。がつん、ぎりり、と聖剣と競り合える程度には。獣はヴェルシエルの剣を咬み、ぶんと首を振った。そんな些細な仕草で、ヴェルシエルは地へと叩きつけられる。
 自己強化の影響で、痛みも傷もない。ヴェルシエルは獣が咥えたままの聖剣を手放し、その顕現を解き、手元でもう一度呼び出した。魔力はかなり減ってしまうが、彼相手に聖剣なしで渡り合えると思う程、思い上がってはいない。

「……戦いたくねぇなぁ」

 と、獣が人の姿に変わった。漆黒の髪、漆黒の瞳、漆黒の鎧、漆黒の槍。見覚えがある、魔王軍第二位、ヴォジャノーイの姿だ。ヴェルシエルは、きっと彼を睨み据えた。

「でも、アナタはその人を食べるのを止めないでしょう?」
「何でお前に止められなきゃならねぇのかがわかんねぇな……」
「だって、その人を食べてしまったら、アナタはお師匠様じゃなくなってしまう」
「元から違うっつってんのにな……」

 ヴォジャノーイは槍を構える。気怠げに見えるが、その構えに隙はない。魔王討伐を果たした勇者、ヴェルシエルから見ても。きゅ、と唇を噛んだヴェルシエルは、しかしすぐさま頭の中で戦略を練り、片手を掲げた。

「『花開け、天穿て、渦巻くのは狐、踊れ』!!」

 詠唱の順を変え、句を変え、何の魔法を使うのかを可能な限り誤魔化す。轟々と音を立てて燃え上がる炎の柱、それはヴォジャノーイの視界から人間たちを覆い隠した。

「早く逃げて!!」
「逃がすかよ」

 だが、その炎によって生まれた影から手が伸びた。何とか逃げ出そうとしていた神官兵の足首を、砕く勢いで握り締めている。ヴェルシエルは聖剣で神官兵の足首を斬り落とし、矢継ぎ早に聖魔法を行使した。勇者に斬られたという事実に衝撃を受け、硬直してしまった神官兵の足首の断面から、新たな骨が、肉が、皮が生まれ、新たな足を形作る。
 対して、ヴォジャノーイは小さく舌打ちした。勇者の勘だろう、全く、嫌なことだ。もし自分の手首を斬ろうとしたら、そのまま聖剣を呪ってしまおうと思っていたのに。あぁ、これだから勇者は嫌なんだ。戦いたくない、死にたくない、でも殺さないと安心できない、守るためには滅ぼさないと、王国という人間の群れを、教会という人間の群れを、そのためにはあの人間を取り込まなければならないのに。
 魔法で生じた炎の渦が消えた後に、ヴォジャノーイの姿はない。ヴェルシエルはヴォジャノーイに狙われている神官兵の周りに聖魔法の結界を張り、荒くなった息を整えた。自己強化が切れない内に、決着を。そう思っていたヴェルシエルの足首に、ちくりと、痛みが走る。瞬間、全身がかっと熱くなり、すっと冷えて、力が抜けた。それでも解毒の魔法を呟けたのは、ヴェルシエルが勇者であるが故だ。崩れ落ちそうになった体を立て直し、痛みが走った方の足を振る。そこからぽぉんと飛んでいったのは、小さな蜘蛛。

「流石、勇者じゃのう。我等の一咬みでは殺せんだろうとは思っておったが……ふぎゃ!?」
「邪魔すんな」

 しかしその蜘蛛、ペインの一部は空中で体勢を立て直そうとした所を、忽然と現れたヴォジャノーイの槍に貫かれた。頭を貫かれたことで死んでしまったのか、ぴくりとも動かない。ヴェルシエルは、きょとんとしてヴォジャノーイを見詰めてしまった。

「……何だよ」
「ペインちゃんは、仲間じゃないの?」
「その、仲間ってのがどういう意味かは知らねぇけどさ」

 そんなヴェルシエルに、ヴォジャノーイが目を眇める。

「ヴォジャノーイは、魔王軍第二位。四天王でもなければ、六大将でもない。お前が殺した魔王の、次に強い、一体一軍のモンスターだ」

 その声が、ヴェルシエルには、ノーイの苦鳴のように聞こえた。
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