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十二章 ヴォジャノーイ
終
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シェムハザには強制的に抱き締められた挙句に唇を奪われそうになったので、強めに叱責するなどしたノーイである。パリカーからは何故かさらに熱い、というより何だか気味の悪い視線で凝視された。ランスロットはとても複雑そうな顔をしていたが、ノーイがヴェルシエル含め誰も殺していないと知って安堵の溜め息をついていた。
これ騎士団長の反応が正しいんだよな、いや何で安心されてるんだ、などとノーイはぐるぐると考え込んでいるが、ダンジョンの主は無慈悲である。何も問題はなかったらしいと納得した瞬間から、遅れた行程を取り戻すぞと言わんばかりの仕切りっぷりで全員を魔道車へと押し込んだ。やっぱりアンタがまとめ役の方がいいんじゃねぇの、と言っても黙殺されたが。
「……なぁ」
「何だ?」
「やっぱさぁ、契約切ってくんねぇ? 今回もめちゃくちゃ痛い目に遭ったしさぁ」
「切る訳がないだろう、お前のことは賢くはないがいい雑用係だと思っているのに」
「賢くはないがっていうの絶対言わなきゃダメだった? ちょっと傷ついたんだけど」
「実際、そう賢くは……いや、後々のことまで考えて行動していたのなら評価を改めねばならんな」
「後々?」
「今回のことで、勇者パーティー……元勇者パーティーは我々に借りができた。帝国での生活基盤を整えてやれば、二つの大きな借りができることになる。私は自分のことをいい魔女だとは思っていないからな、帝国では気にされないとはいえ勇者パーティーとつながりがあるというのは非常に役に立つ」
「はぁ……」
「それはお前にしたって同じだろう。勇者パーティーの恩人であるという立場は、お前の生存可能性を大幅に高める。何をせずとも大神官や勇者はお前を守るだろうし、大魔女は……まぁ、世間知らずの小娘だが、役に立たん訳じゃない」
「こういう話する時、騎士団長って割と無視されがちで可哀想だなって」
「仕方なかろう、あれを拾ったのは完全に成り行きだったのだから。お前だってそんなに交流はないだろう」
「そりゃそうだけど、アイツはいいヤツだから……」
「はは、面白い冗談を言う」
魔道車の前方、御者席と客席の間にある小部屋のような空間で、ノーイとダンジョンの主はぼそぼそと話している。御者席にはジューダスとランスロットがいて、客席にはその他大勢が座って休んでいた。魔道車の駆動音に紛れて、二人の会話は誰にも届かない。
「……ルサールカ」
「うん?」
「オレはさぁ、小心者で臆病だから、少なくとも王族と教会の長? くらいは殺しておかなきゃなぁって思ってたんだけど」
「まぁお前はそう考えるだろうな。と思ったからこそお前が多少遅れようと気にしてはいなかったんだが、流石勇者の勘といった所か」
「今からでも行っちゃダメかなぁ?」
「駄目だろうな。しかし、もうここまでくればそこまで気にすることもなかろうに、随分執着する」
「……だって」
と、そこでノーイが少しだけ唇を尖らせた。ダンジョンの主、ルサールカはふっと微笑み、ノーイの言葉を奪うように口を開く。
「そんなにシェムハザのことが心配か? シェムハザを殺せる戦力はもう王国には残っていない、謀略は帝国に身を寄せた時点で全てご破算になる。狂帝の箱庭に手を出す阿呆はいないし……いたら、ソロモンが許さんよ。アイツもお前と似ているからな」
「は?」
「一度懐に入れた者に対しては、随分と甘い。ペインから話を聞いたが、ヴェルシエルを殺せる機会も、ヴェルシエルを掻い潜って本懐を果たす機会も、無数にあったらしいな?」
「ヴォジャノーイはひどいのじゃ!! 折角手伝ってやろうとしたのに、ぷちっとされたのじゃ!!」
「うるさっ」
ルサールカの長い髪の間から飛び出した小蜘蛛が、ノーイの肩口に飛び移ってぎゃんぎゃん喚く。これもまたペインである。彼女は群体であるが故に、一体が殺されようと最後の一体さえ残っていれば存在を保ち続けることができる。ついでに一体が死んでも他の個体に記憶が継承されるため、今のペインはぷんすこと怒っていた。
耳元で喚かれて顔を顰めたノーイは、頭巾をかぶり直して客席へと向かうダンジョンの主に手を伸ばしかけて、止めた。誰も彼も人の話を聞かないし、勝手に人のことを理解したような顔をする。しかし、それを修正しようにも、ノーイ自身何をどう直せばいいのかわからないのだ。最終的にがりがりと頭を掻いて唸ったノーイは、ペインを指先で弾き落としてから御者席へと顔を出した。
「待ち合わせの場所まで後どれくらい?」
「順調に行けば一日と半分くらいですかねぇ」
「早くない?」
「リーパーが切り開く道は何もなくて走りやすいです」
「あ、返すの忘れてた……ごめんって、手伝ってくれてありがとな」
そういえば呼び出していたんだった、と上を見れば魔道車の屋根に留まったリーパーが気紛れにカカと鳴き、魔道車が進む先を平らにしていた。正しく言うなら、木々を枯死させてその亡骸を吹き散らしているのだが。ドライアド由来のエルフに見つかったら火炙りにされそうな所業である。ノーイを見てコッと鳴いたリーパーは、召還の魔法によって姿を消した。
「二日になりました」
「いや流石にこのまま森を滅ぼし続けるのはちょっとな?」
残念そうに回答を修正したジューダスに苦笑を返し、まだ複雑そうな顔をしているランスロットへと視線を向ける。ノーイと目が合ったランスロットは、何かを言いかけて、しかし呑み込むことに決めたらしく黙ったままだ。ノーイは苦笑したままリーパーがいた場所に飛び乗って座り込む。見上げた空は、突き抜けるように青い。自分の雑用係生活はまだまだ続くらしい、と思えば溜め息も漏れるが、少なくとも魔王軍で色々やっていた頃よりはいいかと肩を竦めた。魔道車は、ごとごとと進んでいく。新たな拠点となるであろう、帝国へと。
これ騎士団長の反応が正しいんだよな、いや何で安心されてるんだ、などとノーイはぐるぐると考え込んでいるが、ダンジョンの主は無慈悲である。何も問題はなかったらしいと納得した瞬間から、遅れた行程を取り戻すぞと言わんばかりの仕切りっぷりで全員を魔道車へと押し込んだ。やっぱりアンタがまとめ役の方がいいんじゃねぇの、と言っても黙殺されたが。
「……なぁ」
「何だ?」
「やっぱさぁ、契約切ってくんねぇ? 今回もめちゃくちゃ痛い目に遭ったしさぁ」
「切る訳がないだろう、お前のことは賢くはないがいい雑用係だと思っているのに」
「賢くはないがっていうの絶対言わなきゃダメだった? ちょっと傷ついたんだけど」
「実際、そう賢くは……いや、後々のことまで考えて行動していたのなら評価を改めねばならんな」
「後々?」
「今回のことで、勇者パーティー……元勇者パーティーは我々に借りができた。帝国での生活基盤を整えてやれば、二つの大きな借りができることになる。私は自分のことをいい魔女だとは思っていないからな、帝国では気にされないとはいえ勇者パーティーとつながりがあるというのは非常に役に立つ」
「はぁ……」
「それはお前にしたって同じだろう。勇者パーティーの恩人であるという立場は、お前の生存可能性を大幅に高める。何をせずとも大神官や勇者はお前を守るだろうし、大魔女は……まぁ、世間知らずの小娘だが、役に立たん訳じゃない」
「こういう話する時、騎士団長って割と無視されがちで可哀想だなって」
「仕方なかろう、あれを拾ったのは完全に成り行きだったのだから。お前だってそんなに交流はないだろう」
「そりゃそうだけど、アイツはいいヤツだから……」
「はは、面白い冗談を言う」
魔道車の前方、御者席と客席の間にある小部屋のような空間で、ノーイとダンジョンの主はぼそぼそと話している。御者席にはジューダスとランスロットがいて、客席にはその他大勢が座って休んでいた。魔道車の駆動音に紛れて、二人の会話は誰にも届かない。
「……ルサールカ」
「うん?」
「オレはさぁ、小心者で臆病だから、少なくとも王族と教会の長? くらいは殺しておかなきゃなぁって思ってたんだけど」
「まぁお前はそう考えるだろうな。と思ったからこそお前が多少遅れようと気にしてはいなかったんだが、流石勇者の勘といった所か」
「今からでも行っちゃダメかなぁ?」
「駄目だろうな。しかし、もうここまでくればそこまで気にすることもなかろうに、随分執着する」
「……だって」
と、そこでノーイが少しだけ唇を尖らせた。ダンジョンの主、ルサールカはふっと微笑み、ノーイの言葉を奪うように口を開く。
「そんなにシェムハザのことが心配か? シェムハザを殺せる戦力はもう王国には残っていない、謀略は帝国に身を寄せた時点で全てご破算になる。狂帝の箱庭に手を出す阿呆はいないし……いたら、ソロモンが許さんよ。アイツもお前と似ているからな」
「は?」
「一度懐に入れた者に対しては、随分と甘い。ペインから話を聞いたが、ヴェルシエルを殺せる機会も、ヴェルシエルを掻い潜って本懐を果たす機会も、無数にあったらしいな?」
「ヴォジャノーイはひどいのじゃ!! 折角手伝ってやろうとしたのに、ぷちっとされたのじゃ!!」
「うるさっ」
ルサールカの長い髪の間から飛び出した小蜘蛛が、ノーイの肩口に飛び移ってぎゃんぎゃん喚く。これもまたペインである。彼女は群体であるが故に、一体が殺されようと最後の一体さえ残っていれば存在を保ち続けることができる。ついでに一体が死んでも他の個体に記憶が継承されるため、今のペインはぷんすこと怒っていた。
耳元で喚かれて顔を顰めたノーイは、頭巾をかぶり直して客席へと向かうダンジョンの主に手を伸ばしかけて、止めた。誰も彼も人の話を聞かないし、勝手に人のことを理解したような顔をする。しかし、それを修正しようにも、ノーイ自身何をどう直せばいいのかわからないのだ。最終的にがりがりと頭を掻いて唸ったノーイは、ペインを指先で弾き落としてから御者席へと顔を出した。
「待ち合わせの場所まで後どれくらい?」
「順調に行けば一日と半分くらいですかねぇ」
「早くない?」
「リーパーが切り開く道は何もなくて走りやすいです」
「あ、返すの忘れてた……ごめんって、手伝ってくれてありがとな」
そういえば呼び出していたんだった、と上を見れば魔道車の屋根に留まったリーパーが気紛れにカカと鳴き、魔道車が進む先を平らにしていた。正しく言うなら、木々を枯死させてその亡骸を吹き散らしているのだが。ドライアド由来のエルフに見つかったら火炙りにされそうな所業である。ノーイを見てコッと鳴いたリーパーは、召還の魔法によって姿を消した。
「二日になりました」
「いや流石にこのまま森を滅ぼし続けるのはちょっとな?」
残念そうに回答を修正したジューダスに苦笑を返し、まだ複雑そうな顔をしているランスロットへと視線を向ける。ノーイと目が合ったランスロットは、何かを言いかけて、しかし呑み込むことに決めたらしく黙ったままだ。ノーイは苦笑したままリーパーがいた場所に飛び乗って座り込む。見上げた空は、突き抜けるように青い。自分の雑用係生活はまだまだ続くらしい、と思えば溜め息も漏れるが、少なくとも魔王軍で色々やっていた頃よりはいいかと肩を竦めた。魔道車は、ごとごとと進んでいく。新たな拠点となるであろう、帝国へと。
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