80日間宇宙一周

田代剛大

文字の大きさ
10 / 81
第一章 脱出速度――Escape velocity

11日目

しおりを挟む
ミグの屋敷の屋根には、再び満身創痍のライトフライヤー号が突き刺さっていた。

ミグとライトは屋敷の屋根の上に隣り合って座り、ぼんやりと空を見上げていた。

「またお前んちに穴開けちまったな」

と、ライト。

ミグは片膝を抱えて、うつむきながら言った。

「お前には礼を言わなければならないようだな・・・」

「ええよ・・・」

「でも私のせいでせっかく修理した宇宙船がまた壊れて・・・」

ミグは屋根に突き刺さり煙を上げるライトフライヤー号に目をやった。

「ええってええって」

ライトは遠くの空を見つめて優しく言った。

「また作ればいいんや。生きてる限りいくらでもな」

「ひとつ聞いていいかな・・・?」

「なに?」


「たった一日でどうやって宇宙船を修理できたんだ?」

――エンジンは盗まれていたのに・・・

「言ったやろ。あんなもん壊れたうちに入らんって」

ライトが自信たっぷりに笑った。

「だけど・・・」

ライトは彼女にこう説明した。

宇宙の冒険家はいつも不測の事態に備える――

「旅の途中にエンジンが止まったら、そのまま漂流しちまうやろ?」

ライトフライヤー号の機体の後部には、補助ロケット――つまりロケットエンジンのスペアがあった。

よくよく考えてみれば、しごく当たり前のことだった。

――私は、あまりに狭い範囲でしか物事を考えていなかったのかもしれない・・・

「ライト・・・」

「ん?」

ミグは正直に白状することにした。

これでライトに恨まれてもミグは構わなかった。

今、ここにこうして自分がいるのも、隣で微笑む彼が、絶望的なリスクを覚悟して宇宙戦艦の中で私を助け出してくれたからだ。

彼にはどれだけ感謝してもし足りない。

だから、許されようなんて思っていない――



「実は、お前が失敗するようにプロペラに細工をしたり、ロケットエンジンを取り外したのは・・・」

そうミグが切り出すと、ライトは苦笑いをした。

「知ってたで・・・」

「じゃあなぜ私を責めない・・・?」

ライトは困ったような表情をした。

「責めるったって・・・しゃーないやんけ。どーせ上の連中に命令されたんやろうし・・・」

ライトが優しく許してくれているのが、ミグには心苦しかった。

「私は・・・自分が情けない・・・」

ミグはため息をついた。

「いや、立派な軍人だと思ったで・・・星を護るためにあそこまでするなんて・・・
かっこええやん。見直したで」

「ライト・・・実はあれは全然かっこよくないんだ・・・」

ライトは隣の女性兵士の背中をバシッと叩き、

「謙遜しなさんなって!」

と、笑った。

だが、ミグは憂いのある表情のまま、彼に自分の本当の姿を静かに打ち明けた。

「・・・昔は、どんなに危険な状況でも冷静に作業を続ける私を見て、同僚はよく“氷の心臓”と言ったものさ・・・
しかしそれは私が勇敢だったからじゃない・・・生きることに投げやりだったんだ・・・」

さっきまで笑っていたライトの表情が変わった。

ミグは続けた。

「私の家はね、軍人の家系だったんだ。
代々小惑星と戦って・・・みんな勇敢に死んでいった・・・私の父も・・・母も。
だから、生まれた時から私の運命はすでに決まっていた。
私もいずれ両親と同じように小惑星と共に宇宙で死ぬ・・・
ならば生に執着することなどないじゃないか・・・」

ライトは、彼女のたどたどしい言葉を黙って聞いている。

その表情は悲しげだった。

(ミグ、きっとキミのお父さんとお母さんは、ミグが宇宙で死ぬことなんて望んでなかったはずやで・・・)

ライトがそう言いかけたとき、ミグは、どこかふっきれたように苦笑いをした。

「・・・そう思っていた。
しかしライト・・・キミが私を変えてしまった・・・」

そしてミグは顔を上げて、ライトの方を向いた。


「私は生きたい。そして青い地球をこの目で見てみたい・・・」


朝日を浴びて輝く彼女は、美しく微笑んでいた。

彼女がこんなふうに笑ったのは、もしかしたら大切な家族がいた時以来なのかもしれない。

――きっと、ミグには家族ができたのだ。

生意気で無鉄砲で礼儀知らず・・・だけれど素直で前向きで、なんだかんだで必ず自分の味方でいてくれる、かけがえのない家族が。

そよぐ風が気持ちいい――

向かい風に立ち向かわなければ、鳥は飛び立てない。
彼はそう言っていた。

ライトはその翼でどんな世界を見てきたのだろう。

この歳からじゃ、もう遅いかもしれないけれど・・・私も変わっていくことはできるのかな。

私は自分が正しいと思うことをしたい――

ミグは地球がある方角を見上げて、目を細めた。

彼女の決意を聞いたライトは不敵に微笑んだ。

「じゃあ、その夢叶えようや」



「星間ラムジェットエンジン?」

屋敷のリビングで、ライトの引いた図面を見ながらミグが尋ねた。

「そうや。ライトフライヤー号に使おうとした新型ロケットのボツネタや。
実現すればノーチラス号にパクられたパルスロケットよりも、ずっと速い速度が出せる。
ただライトフライヤー号を作る際にはいろいろな技術的な問題があってな・・・
結局採用せえへんかったんや」

「しかし・・・今ノーチラス号を止めるためにはこれしかない・・・」

「その通りや」

「分かった・・・軍の基地に行って私が開発資金をかけあおう」

ミグはコートを羽織った。



基地では、相変わらずキャロット軍曹がメガーネ二等兵に絡んでいた。

好き嫌いの多い彼は、今度はブロッコリーを残したらしい。

軍曹はメガーネのシャツの襟を掴み、鉄拳をお見舞いしようとした。

「農家の皆さんに謝れ――」

その刹那、キャロットの左腕は何者かによって背後から掴まれ、気づくと彼はいつの間にか関節を決められていた。

「いでででで」とキャロットが情けなく叫んだ。

「いい加減にしろキャロット軍曹」

軍曹が、自分を締め上げている相手を見ると、なんとミグだった。

周囲では下士官や新兵たちが驚きの声を上げている。

「上に立つ者は、部下をストレスのはけ口にするんじゃない・・・」

ミグは軍曹に囁いた。

「守るものだろ・・・」

ミグがキャロットの腕を離すと、鬼軍曹は顔を真っ赤に染めて怒り出した。

女にコマンドサンボを決められて相当悔しかったらしい。

「キサマ、上官に向かって何を・・・!」

そうキャロットが怒鳴ると、白衣姿のデニスが

「あ~ら、あなたこそ口の利き方に気をつけたら?」

と、意地悪に笑った。

デニスの隣にはバーニーもいる。

「あんたが今からぶん殴ろうとしているミグ・チオルコフスカヤ名誉将軍は、冥王星をたった一人で救った英雄として天皇陛下から表彰された方だぜ?」

と、バーニー。

「将軍!??」

それを聞いてキャロットは慌てた。

下士官が将軍を殴ったら場合によっては銃殺だ。

ミグの異例の昇進は、ディープインパクトのメンバーが、彼女の今までの功績をハデスに直接報告したことで実現した。

その架け橋となったのは、部隊のスポークスマンのハーシェルであった。

キャロットが慌てて膝まづこうとすると、ミグは首を振った。

「気にしていないよ、それよりも私は今日限りでこの基地を離れる。
新兵のことは頼むぞ軍曹。厳しくも優しくしてやってくれ・・・」

そう言ってミグは敬礼をして微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...