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第一章 脱出速度――Escape velocity
10日目
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「さあいつもと相手は違うが、天皇陛下直々の緊急出動要請だ!いくぞ!!」
ディープインパクトの4人の精鋭は、現場に着くまではいつも勇ましいハーシェルを先頭に、発着場の連絡通路を歩いていた。
デニスは、歩きながら計算機を使ってデッドラインを算出している。
「今回は本当にデッドラインだな。どれくらいになりそうだデニス?」
横を歩くバーニーが尋ねる。
「ちょっと待ってて・・・ええと・・・出た。5時間27分・・・」
「なんだって!?」バーニーが青ざめる。
「あ、ごめんなさい、変数をひとつ入れ忘れたかも・・・やり直す。」
いつもは冷静なデニスとバーニーも、冥王星の危機に少なからず動揺しているようだった。
しかし一番様子がおかしかったのは、最後尾を歩く彼女だった。
ミグはいつもぼ~っとしているが、今日は輪をかけてひどい。
心ここにあらずといった感じだ。
ハーシェルがミグの異変に気づき声をかけた。
「どうしたんだ、ミグ!今回もお前だけがたよりなんだぞ!しっかりしてくれ!」
隊長の言葉とは思えない他力本願丸出しのセリフに、デニスとバーニーはほとほと呆れた。
「言ってて情けなくならないのか?」
バーニーは装備をケルベロスに積みながら言った。
☆
ケルベロスの可変型ブースターが火を噴く。
小惑星解体船が目指すのは、冥王星から35万キロほど離れた宙域に漂っている、宇宙戦艦ヘルヘイムⅢの残骸である。
レーダーによればこの残骸は、奇跡的にも85%の原型をとどめており、まだ中に生存者がいる可能性もあった。
しかしケルベロスが残骸に接近して、外部から赤外線精密探査を試みた結果、生命反応はなく、この幽霊船は史上最大級のスペースデブリ(宇宙ゴミ)と化していた。
「ったく、だったら蒸発しちまったほうがよかったぜ」
船室の小さな窓を眺めながら、バーニーは毒づいた。
そしてメンバーの方を振り返って、技術的な話を始めた。
「さて――どうやってあのデカブツの中に爆弾を仕掛ける?
艦内は密度分布が複雑すぎて、EM銃でアンカーを戦艦の中心に正確に撃ち込むのは、まず不可能だ。それに液体爆弾だって広い艦内に拡散しちまうだろう。
そうなると爆発の威力は分散し、小惑星の時のようなパフォーマンスは期待できねえ。
いっそケルベロスのロボットアームでこいつの隔壁を外から一枚ずつ解体するか・・・?
ミルフィーユみたいに」
「とてもそんな時間はないわね・・・」
デニスの計算機は、デッドラインまであと三時間を示していた。
「どうしたらいいミグ?」
デニスは、いつものように事実上のリーダーに意見を求めた。
ミグはヘルヘイムⅢの設計図を広げ、作戦台の上に置いた。
「私たちが直接艦内へ侵入するしかない・・・」
作戦台の方へデニスとバーニーが集まってくる。
ミグは設計図の中心を指さした。
「艦内のちょうど中心・・・ここ・・・メインリアクター・・・
ここに入り、爆弾を仕掛け、核連鎖反応を引き起こして軌道上で吹き飛ばす」
「いいアイディアだな。だが、これは技術屋からの意見だが・・・
メインリアクターの中は放射線がハンパないぞ。
メインコアの周囲10mは8000ミリシーベルト。確実に死ぬ。」
と、バーニー。
「放射線怖がってたら宇宙で働けないわ。あなたがいつも講義で言ってることじゃない」
デニスが微笑んだ。
「それは言葉の解釈が違うな。つまりそれくらい放射線はおそろしいってことだよ。
まあ短時間の被曝なら、病気になる程度で済むかもしれんが・・・
あいにくオレは医者じゃないんでね。診断書は書けないぜ。」
コックピットで操縦するハーシェルが、そのやりとりを聞いてたまらず振り返った。
「ば、バカヤロウ!言っとくがこの船は戦艦の中なんかに入れないぞ!」
正確には入れないことはないが、入りたくないのだ。
あの船の中がどうなっているかなんてわかったものじゃない。
それに致死量の放射線を浴びるなんて絶対にゴメンだ。
ミグは落ち着いた口調で答えた。
「はい、EVA(船外活動)で行くつもりです」
バーニーが腕を組みながらつぶやいた。
「遠足か」
「あの船は全長が1km以上もあるんだぞ!デッドラインまでに仕掛けて戻ってこられるわけがない!」
ハーシェルは抗議した。
「しかし他に手はないんです」
そう言うと、ミグはデニスの方を向いた。
デニスは計算機のキーを叩いて、往復の移動距離と、EVA服を着たメンバーの移動速度を算出し、どれくらいの時間がかかるか割り出し始めた。
「最短ルートなら・・・いけなくはないわね・・・かなりギリギリだけど」
「まあ、オレ達いつもギリギリだけどな」
バーニーが皮肉を言った。
「そ、そんな無謀な作戦に付き合ってられるか!」
ハーシェルはすっかり青ざめていた。
デニスは隊長に言った。
「しかし、これが堕ちたら冥王星は終わります。誰かがやらなければ・・・」
彼女の言葉がミグの胸に刺さる。
――その通りだ。私は、やらなければいけない・・・
☆
嫌がるハーシェルを説得して、ケルベロスはヘルヘイムⅢの側面にある第22ハッチのそばに着陸した。
メインリアクターからはだいぶ遠いが、潰れていないハッチの中で、もっとも目的地に近いものが、これであった。
カーゴから爆弾が詰め込まれたケースを抱えた三人の部下を下ろすと、ハーシェルは無線で怒鳴った。
《いいか!デッドラインを過ぎたら、お前らが戻ってこようが、こまいが、出発するからな!》
今回ばかりは本気でやりそうだ。
《構いません。》
ミグは冷静に答え、ハッチに近づき、手動開閉パネルを操作した。
ハッチはゆっくりと開き、艦内の闇を晒した。
《いくぞ》
☆
ヘルメットのヘッドライトをつけて、艦内のトンネルをデニスは進んだ。
酸素はないし、重力場も不安定――まるで海底の沈没船にいるようだ。
ここでは、ヘルヘイムⅢのフロアマップをインプットしたナビが命綱だ。
しかしナビ通りに進んでも、機械が算出したルートは行き止まりだらけだった。
この船のどこが破壊されたかまではナビはわからない。
瓦礫の山を見てデニスはつぶやいた。
「まいったなあ・・・」
行き止まりから引き返し、通路の合流地点まで戻ると、別ルートを選んだバーニーがやはり引き返してくるのがわかった。
「こっちも瓦礫で塞がっちまっている!中心部まであとどれくらいだ!?」
バーニーがデニスに尋ねた。
「まだ半分も行ってない・・・」
ヘルメットの中では、チーム一の楽観主義者が陰鬱な表情を浮かべている。
「・・・でデッドラインまでの時間は?」
「残り47分・・・」
「む・・・無茶だ・・・」
バーニーがつぶやいた。
合流地点にミグもやってきた。
「向こうに辛うじて通行できる連絡通路を見つけた。
多少遠回りだが、中心部にはたどり着く」
氷の心臓の持ち主は、この状況にまったく焦りを見せなかった。
「おいミグ、遠回りしている時間はないようだぞ」とバーニー。
デニスも言った。「ミグ、あなたのルートでは中心部に到達するのは36分後よ・・・」
それはつまり、戻ってこれないことを意味する。
「しかし、もうそこしか道はない・・・」
そうあくまで冷静に言うと、ミグは連絡通路の方へ歩き出した。
バーニーが焦って呼び止めた。
「おい、行っちゃうのかよ!死ぬ気か!」
ミグが足を止めた。
参謀役のデニスが彼女の背中越しに、現在の状況における最善策を提案をした。
「わ・・・私、考えてみたんだけど、デッドラインのうちに行けるところまで行って、そこに爆弾を仕掛けて引き返したらどうかしら?」
ミグは彼女の妥協案を黙って聞いている。
「もしかしたら、中心じゃなくても冥王星への衝突は回避できるかも・・・」
デニスもバーニーも科学者だ。
だからこの提案がどれだけ不確実なものかはわかっているはずだ。
冥王星を確実に救うにはメインリアクターに爆弾を仕掛けるしかないのだ。
だが、バーニーもその案に賛成した。
「そ、それがいい。そうしよう、な。ミグ・・・」
「それじゃダメなんだ!!」
ミグが突然大声を出した。
☆
長年の同僚は、彼女が感情的になる姿を初めて見て狼狽した。
「絶対に・・・絶対にこの任務は成功させなければならないんだ・・・」
唇を震わせながら、彼女は自分に言い聞かせるように繰り返した。
「成功させなければ・・・」
デニスは彼女の軍人としてのプロ意識に圧倒された。
しかしそれは職業的なプライドなどではなく、彼女の個人的な執念であるようにも思えた。
「・・・二人の爆弾をくれ」
暫時の沈黙のあとで、ミグが意を決したように呟いた。
「ちょっとそれはどういう・・・」とデニス。
「私が中心部に一人で行って三人分爆破させる」
バーニーが叫んだ。「なんでお前がそこまでするんだ!!」
ミグは落ち着きを取り戻し、いつもの静かな口調で言った。
「デニスには旦那さんとアダムくんとイヴちゃんがいるし・・・バーニーには病気のお母さんがいる。その点身内がひとりもいない私は気楽なものさ・・・」
確かに彼女には生きのびて守る家族がいなかった。
「そう、チオルコフスキー家は代々そうやって戦って・・・死んでいったんだ。
私にとっては名誉だよ」
あまりに人間味のない機械的な彼女の判断に、デニスは言葉を詰まらせた。
今のデニスは知っている。
氷の心臓と言われたミグにも、人間的な感情や温かみがあることを。
ミグは人間的な弱さを周囲に見せないように、一人で必死に耐えていただけなのだ。
哀しすぎる。
そんな人間を、ここに残して逃げるなんてことは彼女には考えられなかった。
「ふざけるな!」
バーニーが叫んだ。
「それがお前ら冥王星人のやり方なのかもしれないけどな、あいにくオレたちには死を美化する思想はねえんだ!」
「そうよ、そんなことさせられるわけないでしょう!」
二人がミグの提案を拒否すると、彼女は携帯銃を構えて、銃口を彼らに向けた。
「だからこうするんだよ・・・死ぬのは私だけで十分だ。」
「ミグ・・・」
デニスが涙目になった。
「もう、時間はない・・・ここで死にたくなければ爆弾をよこせ」
ヘルメット越しに見えるミグの目は本気だった。
☆
二人から爆弾のケースを渡されると、ミグは小さな声で「ありがとう」と礼を言った。
「二人は直ちにここから脱出してくれ。長いこと世話になったな。」
悲しげな表情でミグを見つめるデニスとバーニー。
目の前の彼らの心を満たしているのは、決して自分だけが助かるという罪悪感だけではないことを、ミグははっきりと感じていた。
――彼らは私との別れに胸を痛めてくれている。何年も共に仕事をしてきても、ろくに打ち解けようともせず、愛想のなかったこの私に・・・
この二人と一緒に仕事ができて幸せだったな。もう思い残すことはない――
ミグはかけがえのない仲間に背を向けた。
「ここからは私一人でやる。これは私が招いた戦いなのだから」
そう言うと、彼女は連絡通路の闇に消えていった。
☆
デッドラインまで残り4分。
ケルベロスに戻ったデニスとバーニーは、艦内で起こった出来事をハーシェルに伝えた。
ミグのことだから、遅かれ早かれこんなことは起きるだろう、悲観的なハーシェルは、任務の度にそう予感していた。
その時に備えて「彼女は冥王星の軍人として立派に戦死しました」と、記者会見で涙ながらに悔やむ練習もしていたくらいだ。
だが、いざ本当にミグを見捨てていくとなると、ハーシェルにも罪悪感があった。
この部隊の真の功労者が彼女であることを、ハーシェルは誰よりも知っていたからだ。
とはいえ――と彼は思った。
デニスとバーニーが説得しても無理だったとなれば、彼女の決意を尊重してやるしかない。
思い返せば、自分は彼女に同じセリフばかり言っていた。
“ミグ、無茶はするな”、と。
――結局ミグは、僕の命令に一度も従ってくれなかったな。
ハーシェルは、予定通り離陸準備を始めた。
☆
ミグは爆弾を抱えて、ヘルヘイムⅢのメインリアクターの前に立っていた。
――ここが中心部か。
彼女は辺りを見回した。
高さが50メートルはあろうという、巨大な円柱状の装置にダクトが複雑に取り付けられている。
リアクターは制御を失って暴走しているようで、振動が絶え間なく続いていた。
デッドラインまであとわずか。
作業は手早くやらなければならない。
早速ミグは、爆弾のケースをリアクターの中心部に設置すると、鼻歌を歌いながら、次々に時限装置を起動した。
ためらいなどはなかった。
♪笹ガレイの干物は~あと2時間くらい陰干し~
お早めに食べるなら~ここままでも食べれます~
彼女は最後の爆弾を起動させ、息をついた。
これでよし――
こんなことで自分の罪が償われるとは思わないが・・・でも・・・
突如、戦艦の後方で爆発が起きた。
メインブースター内で許容値を超えるガスが引火したのだ。
船が大きく揺らぎ、ミグはバランスを崩した。
そして――
リアクターから外れた巨大な鋼鉄製のフレームが、彼女に覆いかぶさるように倒れてきた。
ミグはフレームの下敷きになり、体中に経験したことのない激痛が走った。
仰向けになったまま、身動きが取れなくなった彼女は、しばらくの間もがいていたが、フレームは重く、彼女には持ち上がりそうにはない。
彼女はハッと気づいた。自分は命を捨てるはずではなかったのか?
それなのに体は反射的に死から逃れようとしている――
彼女は抵抗を諦めた。これでいいのだ。
ヘルメットの中で警報音が鳴り響く。背中に背負った生命維持装置が損傷したらしい。
ディスプレイで酸素濃度を表す棒グラフが徐々に低下していく。
――酸素が減ろうがもうどうでもいい・・・死んでいく私には必要ないもの・・・
そうか・・・自分はとうとう本当に死ぬんだ――
彼女はぼんやりと思った。
けたたましかった警報音は徐々に小さくなっていった。
☆
遠のく意識の中で、ミグは両親が生きていた頃を思い出していた。
――自分でも忘れていたけど、両親が生きていた頃、私はよく笑っていたっけ。
あの頃は楽しかったなあ・・・
ミグは目を細めた。
おとうさんとの釣り。
おかあさんとのお買い物。
家族三人でよくピクニックにも行ったな。
ピクニックの時、私はいつもお気に入りのリボンをしてたな・・・誕生日にお母さんが縫ってくれたんだ。嬉しかったなあ。
だが、優しかった両親が小惑星の解体であっけなく死んでしまってから、彼女は人が誰しも持つ感情のひとつをなくしてしまった。
そして無味乾燥な日々を繰り返した。
成人したミグは、毎晩ダイニングでビールを飲みながら、彼女と両親に対する誹謗中傷が録音された留守番電話を聞いていた。
生真面目な彼女はそのすべてを間に受けて反省していた。
「やい、記者会見テレビで見たぞこんにゃろう!
すかした顔しやがって、氷の心臓だかなんだが知らねえけど、ちょっと隕石ふっとばしたからっていい気になるなよ、あんなもんオレだって出来るんだバ~カ」
この手の酔っぱらいの悪口はさほど傷つかない。
彼も仕事や人間関係でなにかストレスがあるのだろう。
私に八つ当たりをして明日からまた仕事を頑張れるならば、それは国家の繁栄に貢献していることになる。
それよりもきついのは、両親への批判、さらにそれを理詰めでしてくるタイプだ。
「貴方は本当に血も涙もないようですね。
海王星で被災した方々の気持ちをあなたは考えたことがあるのですか?
20年経っても彼らの心の傷は決して癒えませんよ」
だが、ミグの心をもっとも深く傷つけたのは、被害者自身の肉声だった。
「私の親は海王星で死にました。人殺し」
そんな日課を繰り返しているうちに、ミグから表情がなくなった。
どんな不幸も耐性がつくのだ。感情さえ捨て去れば。
☆
ふと今度は、ライトが我が家に墜落したときのことを思い出していた。
プロペラに顔をぶつけた痛みは、まだ覚えている。
――そうだ、こんなこともあったな。
ある日のこと、留守番をしていたライトが、私を攻撃しようとかけてきた電話をとってしまったことがあった。
私が屋敷に帰ってくると、詳しい事情を知らないライトは、ただのいたずら電話だと思ったらしく、
「なんやねんなお前は、イジワルか!」
と、電話の相手に説教をしていた。
そしてメロンソーダを飲みながらこう言った。
「別にミグがその星に隕石落としたわけちゃうやろが!」
彼のその言葉を聞いて、私はデニスが言っていたことの意味がわかった。
「そうかしら。私は好きだなあ。あの子。
正直言うとね、うちの旦那に似てるんだ。
普段はノーテンキだけど、ひとつのことに夢中で取り組めて、なんだかんだで必ず私の味方でいてくれる・・・助けてくれる。」
彼は宇宙からの侵略者なんかではなく――私の味方だったんだ・・・
ライトは「これでもくらえ」と、受話器に自分のオナラをお見舞いして切ってしまった。
やっていることは小学二年生だったが――私は嬉しかった。
そして私が帰宅していることに気づくと、明るい笑顔で「おかえり」と言ってくれた。
私は答えた。
「ただいま。」
☆
今思い出した。
私がずっと忘れていた感情――それは希望だった。
皮肉なことにそれに気がついたのは、自分が死ぬ間際だったなんてね・・・
体にのしかかるフレームが重い。苦しい。
私は、いつも死を、まるで人ごとのように思っていた。
だが死は当事者意識にかかわらず、現実問題として自分自身で受け入れるしかないのだ。
――私をこれほどまでに縛っていたものは、一体なんだったのだろう?
社会?イデオロギー?不幸な過去?それともピカールやキャロット??
そうじゃない・・・私を縛っていたのは自分自身だった。
両親を失った私は、受け入れたくない現実からずっと逃げ続け、ニヒリストを気取っていた。
自分の弱さに向き合おうともせずに――
そんな自分の態度こそが大人で、ライトは自分勝手でわがままな子どもだと思っていた。
しかしそれは間違いだった。何よりも子どもなのは私だった。
・
・
・
死ぬ――
こんなところで、たったひとりで?私が?
押し殺していた感情がぐしゃぐしゃに絡まり合って一度に襲ってきた。
彼女は泣いた。
――怖い。
死にたくない。
おとうさん、おかあさん、助けて・・・
私がバカだった、私は――
・
・
・
☆
その時――メインリアクターの隔壁が吹き飛び、一人の宇宙飛行士が中に入ってくるのが見えた。
「やっぱ、これくらい威力無いとな~」
聞き覚えのある声だった。
――ライト?
どうやら神は、哀れで愚かな私に最後に夢を見せてくれたらしい。
彼はバーニーの講義で改造したEM銃を肩に担ぎ、まるで近所を散歩でもしているように、ひょこひょことこちらに歩いてきた。
そして「ちょっと待ってな。これどかしてやるから」と言うと、EM銃を躊躇なくフレームの隙間に差し込み、テコの原理と、信じられない馬鹿力で持ち上げた。
ライトによって投げ飛ばされたフレームは、EM銃ごと音を立てて作業ステップの下に落ちていった。
ライトはパンパンと手を叩いた。
フレームが外れてミグの体は軽くなった。
――そんな・・・
彼女は、まだ自分の身に起きていることが、夢か現実かわからないようだった。
「さあずらかろう。立てる?」
ライトが彼女に手を差し伸べた。
「な・・・なんでここに・・・」
「なんでって・・・お前を助けに来たんやないか」
――ありえない。
ライトフライヤー号は損傷が激しかったし、エンジンだって取り外されていたんだぞ。
もうわけがわからない。
ミグはすっかり動転していた。
「さあ頑張って立って。家に帰ろう、ミグ。」
なおも差し伸べられるライトの右手――
ミグは手を伸ばさなかった。
「わ、私はこの殺戮に加担したんだ。だから責任を取ってここで死ぬ・・・」
「ははは・・・何言うてんだかさっぱりわからん」
ライトは笑いながら、強引に彼女の手を取って体を起こした。
ミグはその手を払った。
「もうほっとてくれ!」
ライトを巻き込んでしまった――
その事実は、20年近く誰にも気づかれないように隠し続けた、彼女の感情の全てを爆発させた。
苦しみ、悲しみ、怒り、憎悪、困惑、嫉妬、後悔、恐怖、罪悪感――
ミグは大声を出してボロボロと泣いた。
「どうせデッドラインはとうに過ぎてしまった・・・今から脱出しても爆発に巻き込まれる・・・!」
そして力の限り叫んだ。
「もう逃げきれないんだよ!!」
「じゃかあしい!!!」
ライトが本気で怒った。
「なんでお前はすぐにそう諦めるんや!やってみなきゃわからんやんけ!!」
ミグは首を振る――世の中にはやらなくても分かることもあるんだ・・・!
「言っとくけどな!オレの船は宇宙で一番速いんじゃ!」
「無理だ!!」
ライトはミグの肩を力強く掴み、断言した。
「無理やない!オレを信じろ!!」
その目は彼女を真っ直ぐに見つめていた。
☆
一分後、ヘルヘイムの残骸は冥王星から10万キロの地点で、爆発四散した。
衝突予定時刻、冥王星はいつもの朝を迎えていた。
ディープインパクトの4人の精鋭は、現場に着くまではいつも勇ましいハーシェルを先頭に、発着場の連絡通路を歩いていた。
デニスは、歩きながら計算機を使ってデッドラインを算出している。
「今回は本当にデッドラインだな。どれくらいになりそうだデニス?」
横を歩くバーニーが尋ねる。
「ちょっと待ってて・・・ええと・・・出た。5時間27分・・・」
「なんだって!?」バーニーが青ざめる。
「あ、ごめんなさい、変数をひとつ入れ忘れたかも・・・やり直す。」
いつもは冷静なデニスとバーニーも、冥王星の危機に少なからず動揺しているようだった。
しかし一番様子がおかしかったのは、最後尾を歩く彼女だった。
ミグはいつもぼ~っとしているが、今日は輪をかけてひどい。
心ここにあらずといった感じだ。
ハーシェルがミグの異変に気づき声をかけた。
「どうしたんだ、ミグ!今回もお前だけがたよりなんだぞ!しっかりしてくれ!」
隊長の言葉とは思えない他力本願丸出しのセリフに、デニスとバーニーはほとほと呆れた。
「言ってて情けなくならないのか?」
バーニーは装備をケルベロスに積みながら言った。
☆
ケルベロスの可変型ブースターが火を噴く。
小惑星解体船が目指すのは、冥王星から35万キロほど離れた宙域に漂っている、宇宙戦艦ヘルヘイムⅢの残骸である。
レーダーによればこの残骸は、奇跡的にも85%の原型をとどめており、まだ中に生存者がいる可能性もあった。
しかしケルベロスが残骸に接近して、外部から赤外線精密探査を試みた結果、生命反応はなく、この幽霊船は史上最大級のスペースデブリ(宇宙ゴミ)と化していた。
「ったく、だったら蒸発しちまったほうがよかったぜ」
船室の小さな窓を眺めながら、バーニーは毒づいた。
そしてメンバーの方を振り返って、技術的な話を始めた。
「さて――どうやってあのデカブツの中に爆弾を仕掛ける?
艦内は密度分布が複雑すぎて、EM銃でアンカーを戦艦の中心に正確に撃ち込むのは、まず不可能だ。それに液体爆弾だって広い艦内に拡散しちまうだろう。
そうなると爆発の威力は分散し、小惑星の時のようなパフォーマンスは期待できねえ。
いっそケルベロスのロボットアームでこいつの隔壁を外から一枚ずつ解体するか・・・?
ミルフィーユみたいに」
「とてもそんな時間はないわね・・・」
デニスの計算機は、デッドラインまであと三時間を示していた。
「どうしたらいいミグ?」
デニスは、いつものように事実上のリーダーに意見を求めた。
ミグはヘルヘイムⅢの設計図を広げ、作戦台の上に置いた。
「私たちが直接艦内へ侵入するしかない・・・」
作戦台の方へデニスとバーニーが集まってくる。
ミグは設計図の中心を指さした。
「艦内のちょうど中心・・・ここ・・・メインリアクター・・・
ここに入り、爆弾を仕掛け、核連鎖反応を引き起こして軌道上で吹き飛ばす」
「いいアイディアだな。だが、これは技術屋からの意見だが・・・
メインリアクターの中は放射線がハンパないぞ。
メインコアの周囲10mは8000ミリシーベルト。確実に死ぬ。」
と、バーニー。
「放射線怖がってたら宇宙で働けないわ。あなたがいつも講義で言ってることじゃない」
デニスが微笑んだ。
「それは言葉の解釈が違うな。つまりそれくらい放射線はおそろしいってことだよ。
まあ短時間の被曝なら、病気になる程度で済むかもしれんが・・・
あいにくオレは医者じゃないんでね。診断書は書けないぜ。」
コックピットで操縦するハーシェルが、そのやりとりを聞いてたまらず振り返った。
「ば、バカヤロウ!言っとくがこの船は戦艦の中なんかに入れないぞ!」
正確には入れないことはないが、入りたくないのだ。
あの船の中がどうなっているかなんてわかったものじゃない。
それに致死量の放射線を浴びるなんて絶対にゴメンだ。
ミグは落ち着いた口調で答えた。
「はい、EVA(船外活動)で行くつもりです」
バーニーが腕を組みながらつぶやいた。
「遠足か」
「あの船は全長が1km以上もあるんだぞ!デッドラインまでに仕掛けて戻ってこられるわけがない!」
ハーシェルは抗議した。
「しかし他に手はないんです」
そう言うと、ミグはデニスの方を向いた。
デニスは計算機のキーを叩いて、往復の移動距離と、EVA服を着たメンバーの移動速度を算出し、どれくらいの時間がかかるか割り出し始めた。
「最短ルートなら・・・いけなくはないわね・・・かなりギリギリだけど」
「まあ、オレ達いつもギリギリだけどな」
バーニーが皮肉を言った。
「そ、そんな無謀な作戦に付き合ってられるか!」
ハーシェルはすっかり青ざめていた。
デニスは隊長に言った。
「しかし、これが堕ちたら冥王星は終わります。誰かがやらなければ・・・」
彼女の言葉がミグの胸に刺さる。
――その通りだ。私は、やらなければいけない・・・
☆
嫌がるハーシェルを説得して、ケルベロスはヘルヘイムⅢの側面にある第22ハッチのそばに着陸した。
メインリアクターからはだいぶ遠いが、潰れていないハッチの中で、もっとも目的地に近いものが、これであった。
カーゴから爆弾が詰め込まれたケースを抱えた三人の部下を下ろすと、ハーシェルは無線で怒鳴った。
《いいか!デッドラインを過ぎたら、お前らが戻ってこようが、こまいが、出発するからな!》
今回ばかりは本気でやりそうだ。
《構いません。》
ミグは冷静に答え、ハッチに近づき、手動開閉パネルを操作した。
ハッチはゆっくりと開き、艦内の闇を晒した。
《いくぞ》
☆
ヘルメットのヘッドライトをつけて、艦内のトンネルをデニスは進んだ。
酸素はないし、重力場も不安定――まるで海底の沈没船にいるようだ。
ここでは、ヘルヘイムⅢのフロアマップをインプットしたナビが命綱だ。
しかしナビ通りに進んでも、機械が算出したルートは行き止まりだらけだった。
この船のどこが破壊されたかまではナビはわからない。
瓦礫の山を見てデニスはつぶやいた。
「まいったなあ・・・」
行き止まりから引き返し、通路の合流地点まで戻ると、別ルートを選んだバーニーがやはり引き返してくるのがわかった。
「こっちも瓦礫で塞がっちまっている!中心部まであとどれくらいだ!?」
バーニーがデニスに尋ねた。
「まだ半分も行ってない・・・」
ヘルメットの中では、チーム一の楽観主義者が陰鬱な表情を浮かべている。
「・・・でデッドラインまでの時間は?」
「残り47分・・・」
「む・・・無茶だ・・・」
バーニーがつぶやいた。
合流地点にミグもやってきた。
「向こうに辛うじて通行できる連絡通路を見つけた。
多少遠回りだが、中心部にはたどり着く」
氷の心臓の持ち主は、この状況にまったく焦りを見せなかった。
「おいミグ、遠回りしている時間はないようだぞ」とバーニー。
デニスも言った。「ミグ、あなたのルートでは中心部に到達するのは36分後よ・・・」
それはつまり、戻ってこれないことを意味する。
「しかし、もうそこしか道はない・・・」
そうあくまで冷静に言うと、ミグは連絡通路の方へ歩き出した。
バーニーが焦って呼び止めた。
「おい、行っちゃうのかよ!死ぬ気か!」
ミグが足を止めた。
参謀役のデニスが彼女の背中越しに、現在の状況における最善策を提案をした。
「わ・・・私、考えてみたんだけど、デッドラインのうちに行けるところまで行って、そこに爆弾を仕掛けて引き返したらどうかしら?」
ミグは彼女の妥協案を黙って聞いている。
「もしかしたら、中心じゃなくても冥王星への衝突は回避できるかも・・・」
デニスもバーニーも科学者だ。
だからこの提案がどれだけ不確実なものかはわかっているはずだ。
冥王星を確実に救うにはメインリアクターに爆弾を仕掛けるしかないのだ。
だが、バーニーもその案に賛成した。
「そ、それがいい。そうしよう、な。ミグ・・・」
「それじゃダメなんだ!!」
ミグが突然大声を出した。
☆
長年の同僚は、彼女が感情的になる姿を初めて見て狼狽した。
「絶対に・・・絶対にこの任務は成功させなければならないんだ・・・」
唇を震わせながら、彼女は自分に言い聞かせるように繰り返した。
「成功させなければ・・・」
デニスは彼女の軍人としてのプロ意識に圧倒された。
しかしそれは職業的なプライドなどではなく、彼女の個人的な執念であるようにも思えた。
「・・・二人の爆弾をくれ」
暫時の沈黙のあとで、ミグが意を決したように呟いた。
「ちょっとそれはどういう・・・」とデニス。
「私が中心部に一人で行って三人分爆破させる」
バーニーが叫んだ。「なんでお前がそこまでするんだ!!」
ミグは落ち着きを取り戻し、いつもの静かな口調で言った。
「デニスには旦那さんとアダムくんとイヴちゃんがいるし・・・バーニーには病気のお母さんがいる。その点身内がひとりもいない私は気楽なものさ・・・」
確かに彼女には生きのびて守る家族がいなかった。
「そう、チオルコフスキー家は代々そうやって戦って・・・死んでいったんだ。
私にとっては名誉だよ」
あまりに人間味のない機械的な彼女の判断に、デニスは言葉を詰まらせた。
今のデニスは知っている。
氷の心臓と言われたミグにも、人間的な感情や温かみがあることを。
ミグは人間的な弱さを周囲に見せないように、一人で必死に耐えていただけなのだ。
哀しすぎる。
そんな人間を、ここに残して逃げるなんてことは彼女には考えられなかった。
「ふざけるな!」
バーニーが叫んだ。
「それがお前ら冥王星人のやり方なのかもしれないけどな、あいにくオレたちには死を美化する思想はねえんだ!」
「そうよ、そんなことさせられるわけないでしょう!」
二人がミグの提案を拒否すると、彼女は携帯銃を構えて、銃口を彼らに向けた。
「だからこうするんだよ・・・死ぬのは私だけで十分だ。」
「ミグ・・・」
デニスが涙目になった。
「もう、時間はない・・・ここで死にたくなければ爆弾をよこせ」
ヘルメット越しに見えるミグの目は本気だった。
☆
二人から爆弾のケースを渡されると、ミグは小さな声で「ありがとう」と礼を言った。
「二人は直ちにここから脱出してくれ。長いこと世話になったな。」
悲しげな表情でミグを見つめるデニスとバーニー。
目の前の彼らの心を満たしているのは、決して自分だけが助かるという罪悪感だけではないことを、ミグははっきりと感じていた。
――彼らは私との別れに胸を痛めてくれている。何年も共に仕事をしてきても、ろくに打ち解けようともせず、愛想のなかったこの私に・・・
この二人と一緒に仕事ができて幸せだったな。もう思い残すことはない――
ミグはかけがえのない仲間に背を向けた。
「ここからは私一人でやる。これは私が招いた戦いなのだから」
そう言うと、彼女は連絡通路の闇に消えていった。
☆
デッドラインまで残り4分。
ケルベロスに戻ったデニスとバーニーは、艦内で起こった出来事をハーシェルに伝えた。
ミグのことだから、遅かれ早かれこんなことは起きるだろう、悲観的なハーシェルは、任務の度にそう予感していた。
その時に備えて「彼女は冥王星の軍人として立派に戦死しました」と、記者会見で涙ながらに悔やむ練習もしていたくらいだ。
だが、いざ本当にミグを見捨てていくとなると、ハーシェルにも罪悪感があった。
この部隊の真の功労者が彼女であることを、ハーシェルは誰よりも知っていたからだ。
とはいえ――と彼は思った。
デニスとバーニーが説得しても無理だったとなれば、彼女の決意を尊重してやるしかない。
思い返せば、自分は彼女に同じセリフばかり言っていた。
“ミグ、無茶はするな”、と。
――結局ミグは、僕の命令に一度も従ってくれなかったな。
ハーシェルは、予定通り離陸準備を始めた。
☆
ミグは爆弾を抱えて、ヘルヘイムⅢのメインリアクターの前に立っていた。
――ここが中心部か。
彼女は辺りを見回した。
高さが50メートルはあろうという、巨大な円柱状の装置にダクトが複雑に取り付けられている。
リアクターは制御を失って暴走しているようで、振動が絶え間なく続いていた。
デッドラインまであとわずか。
作業は手早くやらなければならない。
早速ミグは、爆弾のケースをリアクターの中心部に設置すると、鼻歌を歌いながら、次々に時限装置を起動した。
ためらいなどはなかった。
♪笹ガレイの干物は~あと2時間くらい陰干し~
お早めに食べるなら~ここままでも食べれます~
彼女は最後の爆弾を起動させ、息をついた。
これでよし――
こんなことで自分の罪が償われるとは思わないが・・・でも・・・
突如、戦艦の後方で爆発が起きた。
メインブースター内で許容値を超えるガスが引火したのだ。
船が大きく揺らぎ、ミグはバランスを崩した。
そして――
リアクターから外れた巨大な鋼鉄製のフレームが、彼女に覆いかぶさるように倒れてきた。
ミグはフレームの下敷きになり、体中に経験したことのない激痛が走った。
仰向けになったまま、身動きが取れなくなった彼女は、しばらくの間もがいていたが、フレームは重く、彼女には持ち上がりそうにはない。
彼女はハッと気づいた。自分は命を捨てるはずではなかったのか?
それなのに体は反射的に死から逃れようとしている――
彼女は抵抗を諦めた。これでいいのだ。
ヘルメットの中で警報音が鳴り響く。背中に背負った生命維持装置が損傷したらしい。
ディスプレイで酸素濃度を表す棒グラフが徐々に低下していく。
――酸素が減ろうがもうどうでもいい・・・死んでいく私には必要ないもの・・・
そうか・・・自分はとうとう本当に死ぬんだ――
彼女はぼんやりと思った。
けたたましかった警報音は徐々に小さくなっていった。
☆
遠のく意識の中で、ミグは両親が生きていた頃を思い出していた。
――自分でも忘れていたけど、両親が生きていた頃、私はよく笑っていたっけ。
あの頃は楽しかったなあ・・・
ミグは目を細めた。
おとうさんとの釣り。
おかあさんとのお買い物。
家族三人でよくピクニックにも行ったな。
ピクニックの時、私はいつもお気に入りのリボンをしてたな・・・誕生日にお母さんが縫ってくれたんだ。嬉しかったなあ。
だが、優しかった両親が小惑星の解体であっけなく死んでしまってから、彼女は人が誰しも持つ感情のひとつをなくしてしまった。
そして無味乾燥な日々を繰り返した。
成人したミグは、毎晩ダイニングでビールを飲みながら、彼女と両親に対する誹謗中傷が録音された留守番電話を聞いていた。
生真面目な彼女はそのすべてを間に受けて反省していた。
「やい、記者会見テレビで見たぞこんにゃろう!
すかした顔しやがって、氷の心臓だかなんだが知らねえけど、ちょっと隕石ふっとばしたからっていい気になるなよ、あんなもんオレだって出来るんだバ~カ」
この手の酔っぱらいの悪口はさほど傷つかない。
彼も仕事や人間関係でなにかストレスがあるのだろう。
私に八つ当たりをして明日からまた仕事を頑張れるならば、それは国家の繁栄に貢献していることになる。
それよりもきついのは、両親への批判、さらにそれを理詰めでしてくるタイプだ。
「貴方は本当に血も涙もないようですね。
海王星で被災した方々の気持ちをあなたは考えたことがあるのですか?
20年経っても彼らの心の傷は決して癒えませんよ」
だが、ミグの心をもっとも深く傷つけたのは、被害者自身の肉声だった。
「私の親は海王星で死にました。人殺し」
そんな日課を繰り返しているうちに、ミグから表情がなくなった。
どんな不幸も耐性がつくのだ。感情さえ捨て去れば。
☆
ふと今度は、ライトが我が家に墜落したときのことを思い出していた。
プロペラに顔をぶつけた痛みは、まだ覚えている。
――そうだ、こんなこともあったな。
ある日のこと、留守番をしていたライトが、私を攻撃しようとかけてきた電話をとってしまったことがあった。
私が屋敷に帰ってくると、詳しい事情を知らないライトは、ただのいたずら電話だと思ったらしく、
「なんやねんなお前は、イジワルか!」
と、電話の相手に説教をしていた。
そしてメロンソーダを飲みながらこう言った。
「別にミグがその星に隕石落としたわけちゃうやろが!」
彼のその言葉を聞いて、私はデニスが言っていたことの意味がわかった。
「そうかしら。私は好きだなあ。あの子。
正直言うとね、うちの旦那に似てるんだ。
普段はノーテンキだけど、ひとつのことに夢中で取り組めて、なんだかんだで必ず私の味方でいてくれる・・・助けてくれる。」
彼は宇宙からの侵略者なんかではなく――私の味方だったんだ・・・
ライトは「これでもくらえ」と、受話器に自分のオナラをお見舞いして切ってしまった。
やっていることは小学二年生だったが――私は嬉しかった。
そして私が帰宅していることに気づくと、明るい笑顔で「おかえり」と言ってくれた。
私は答えた。
「ただいま。」
☆
今思い出した。
私がずっと忘れていた感情――それは希望だった。
皮肉なことにそれに気がついたのは、自分が死ぬ間際だったなんてね・・・
体にのしかかるフレームが重い。苦しい。
私は、いつも死を、まるで人ごとのように思っていた。
だが死は当事者意識にかかわらず、現実問題として自分自身で受け入れるしかないのだ。
――私をこれほどまでに縛っていたものは、一体なんだったのだろう?
社会?イデオロギー?不幸な過去?それともピカールやキャロット??
そうじゃない・・・私を縛っていたのは自分自身だった。
両親を失った私は、受け入れたくない現実からずっと逃げ続け、ニヒリストを気取っていた。
自分の弱さに向き合おうともせずに――
そんな自分の態度こそが大人で、ライトは自分勝手でわがままな子どもだと思っていた。
しかしそれは間違いだった。何よりも子どもなのは私だった。
・
・
・
死ぬ――
こんなところで、たったひとりで?私が?
押し殺していた感情がぐしゃぐしゃに絡まり合って一度に襲ってきた。
彼女は泣いた。
――怖い。
死にたくない。
おとうさん、おかあさん、助けて・・・
私がバカだった、私は――
・
・
・
☆
その時――メインリアクターの隔壁が吹き飛び、一人の宇宙飛行士が中に入ってくるのが見えた。
「やっぱ、これくらい威力無いとな~」
聞き覚えのある声だった。
――ライト?
どうやら神は、哀れで愚かな私に最後に夢を見せてくれたらしい。
彼はバーニーの講義で改造したEM銃を肩に担ぎ、まるで近所を散歩でもしているように、ひょこひょことこちらに歩いてきた。
そして「ちょっと待ってな。これどかしてやるから」と言うと、EM銃を躊躇なくフレームの隙間に差し込み、テコの原理と、信じられない馬鹿力で持ち上げた。
ライトによって投げ飛ばされたフレームは、EM銃ごと音を立てて作業ステップの下に落ちていった。
ライトはパンパンと手を叩いた。
フレームが外れてミグの体は軽くなった。
――そんな・・・
彼女は、まだ自分の身に起きていることが、夢か現実かわからないようだった。
「さあずらかろう。立てる?」
ライトが彼女に手を差し伸べた。
「な・・・なんでここに・・・」
「なんでって・・・お前を助けに来たんやないか」
――ありえない。
ライトフライヤー号は損傷が激しかったし、エンジンだって取り外されていたんだぞ。
もうわけがわからない。
ミグはすっかり動転していた。
「さあ頑張って立って。家に帰ろう、ミグ。」
なおも差し伸べられるライトの右手――
ミグは手を伸ばさなかった。
「わ、私はこの殺戮に加担したんだ。だから責任を取ってここで死ぬ・・・」
「ははは・・・何言うてんだかさっぱりわからん」
ライトは笑いながら、強引に彼女の手を取って体を起こした。
ミグはその手を払った。
「もうほっとてくれ!」
ライトを巻き込んでしまった――
その事実は、20年近く誰にも気づかれないように隠し続けた、彼女の感情の全てを爆発させた。
苦しみ、悲しみ、怒り、憎悪、困惑、嫉妬、後悔、恐怖、罪悪感――
ミグは大声を出してボロボロと泣いた。
「どうせデッドラインはとうに過ぎてしまった・・・今から脱出しても爆発に巻き込まれる・・・!」
そして力の限り叫んだ。
「もう逃げきれないんだよ!!」
「じゃかあしい!!!」
ライトが本気で怒った。
「なんでお前はすぐにそう諦めるんや!やってみなきゃわからんやんけ!!」
ミグは首を振る――世の中にはやらなくても分かることもあるんだ・・・!
「言っとくけどな!オレの船は宇宙で一番速いんじゃ!」
「無理だ!!」
ライトはミグの肩を力強く掴み、断言した。
「無理やない!オレを信じろ!!」
その目は彼女を真っ直ぐに見つめていた。
☆
一分後、ヘルヘイムの残骸は冥王星から10万キロの地点で、爆発四散した。
衝突予定時刻、冥王星はいつもの朝を迎えていた。
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