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第三章 銀河の歌姫――Galaxy Minerva
1969年
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芸術とは、この世で最も美しいまやかしのことである。
――ドビュッシー
歌いさえすれば、誰だって私のことを好きになってくれるわ。
――マリア・カラス
”情”報通信の「情」とは、人間の感情のことだととらえています。特に音楽というのは、人の感情を伝えていく非常にアトラクティブなインフラだと思いますね。
――伊藤博之
☆
ミグ・チオルコフスカヤの相棒であるライト・ケレリトゥスは、多くの才能に恵まれた人物ということもあって、その評価を客観的に試みるのは非常に難しい。
科学には強いが科学者といった雰囲気ではないし、生粋のエンジニアかといえば、それも当てはまらないようにも思える。
彼の物作りは、ストイックというよりは、どこか趣味的なのだ。
さらにライトは、冒険家でもある。
理論だけでなく、自分の目で見て経験することに価値を見出しているタイプであることは間違いないだろう。
彼は一体何者なのかーー
今回はそんな彼の人となりが分かるエピソードである。
☆
MP通信プレリリース
世界初の有人恒星間ロケットXー零今日打ち上げ
テストパイロット:アイザック・イエガー、アルファケンタウロスまで10年間の宇宙の旅
地球連邦は、恒星間ロケット「Xー零」の打ち上げを、本日実施した。
Xー零は全長320メートル、500万トンの核融合パルス式ロケット。
太陽系から最も近い恒星アルファケンタウルスの軌道上に、探査衛星ディスカバリーを投入することが主なミッションとなる。
この新型ロケットの最高速度は、秒速254万キロメートル(光速の85%)で、第三宇宙速度で太陽系から脱出した後は、ほぼ光の速さで4.4光年先のアルファケンタウルス星系まで向かう。
だが驚くのは、そのスピードだけではない。
ディスカバリー計画は、太陽系外の生命体の有無を、実際に人間を送り込んで確認させるという、まるでSF映画のような壮大なプロジェクトなのだ。
人類代表として選ばれたのは、ライトスタッフ空軍基地所属のアイザック・イエガー少佐(26)。
彼は、空軍基地きっての凄腕パイロットで、8ヶ月間に及ぶ厳しいテストを突破した。
イエガーは、記者からの「10年間の宇宙の旅は退屈じゃありませんか?」との質問に、「それは地球で待っている君たちであって、こっちは相対性理論の関係であっという間さ」と笑みをこぼした。
全世界の子どもたちの夢とロマンを乗せた大冒険の結末は、10年後に明らかになる。
☆
20年前――アイザック・イエガーは世界中の子どもたちの憧れの的であり、当時6歳のライト・ケレリトゥスにとっても、それは例外ではなかった。
いつか自分もイエガーのように広大な宇宙を旅したい・・・それが彼の夢だった。
リベラルな惑星――地球でライトは幼少時代を過ごした。
――まったく末恐ろしい子どもだった。
当時の彼を知る人はこぞってそう答えた。
――オレの家なんか、あいつに爆破された。
そんな信じられない証言もある。
ライトはこの頃から問題児だったらしい。
とはいえ当時の彼は、現在うかがえるような、大胆不敵で、チャレンジ精神旺盛、傲慢、無鉄砲――そういったアグレッシブな人物ではなく、どちらかというとおとなしい子どもで、家にこもっては黙々と工作をして遊んでいたと言う。
それと同時に小学生のライトは、とにかく「なぜ?」を連発する厄介な子どもで、人生最初の算数の授業では、「なぜ1+1=2になるかが、そもそもわからない」と、いきなり先生に食ってかかった。
彼に言わせれば、鉛筆やりんごがあるのはわかるけど、“1”や“2”なんてものはどこにあるの?ということらしい。
☆
また、ライトに限らず、機械が好きな人間の習性として、“とりあえず分解してみる”というものがある。
ある日、電気に興味を持ったライトは、学校中のコンセントの上蓋を、ねじ回しを使って外してしまった。
どうやら自分が作ったトランス(変圧器のこと)を試したかったらしい。
仮に家庭用の電気が交流ならば、それによって発生する磁界も瞬間的に切り替わるわけだから、二つの巻数の異なるコイルを使えば、レンツの法則(※1)を利用して電圧を変化させることができると、彼は考えたのだ。
そして、結果は彼の予想通りだった。
しかし、実験中にクラスメイトが悪ふざけをして120Vもの電圧がかかるコンセントに鉛筆の芯を差し込んでしまうことは、想定外だった。
彼は、ボビー・ダンカンくん7歳が感電した責任を問われ、危険人物というレッテルを教師たちに貼られた。
そんなわけで、彼は最初の年から義務教育につまづき、最悪の成績と、著しい授業妨害のため、早々と小学校を追い出されてしまった。
担任の評価はこうだった。
ーー彼には人の二倍頭脳があるが、協調性は半分しかない。
※1:コイルの中へ棒磁石を素早く出し入れすると、棒磁石の向きに逆らうように誘導電流が発生する現象。
その時の起電力の大きさはコイルの巻数に比例する。
☆
しかし、当のライトは小学校退学という処分を、むしろ肯定的に捉えたようだ。
実際、早熟な彼は、同世代の子どもと全く会話が噛み合わず、いつも孤立していた。
それでもライトは全く気にしなかった。
彼にとっては、友だちなど一人もいなくても機械さえいじれれば、それでよかったのである。
だから、退屈な小学校に行かないで、一日中機械いじりをできるようになったことを、彼は素直に喜んだのだ。
程なくして彼は、家にあるたいていの電化製品は、自分で修理して組み立てなおすことができるようになった。
☆
この頃のライトの友達は、ガレージのガラクタと、隣の家に住む幼馴染の女の子だった。
その少女も、彼と同じように学校には通っていなかった。
重い病気を患っていて、通いたくても通えなかったのだ。
二人は、友だちが一人もいない者同士、友だちになった。
近所の男の子は、女の子と遊ぶ彼を馬鹿にしたが、少なくとも彼女はコンセントに鉛筆を突っ込むような愚かな子どもではなかった。
本と草花が好きなその子は、毎日決まった時間に、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを持って、自分の部屋からライトの家の庭にやってきた。
そして芝生の上にシートを敷き、家具や調度品に見立てた石や木の枝を乗せると、あどけないカップルは夫婦になった。
小学校を追い出されてしばらくは、ライトはこうして彼女とままごとをして遊ぶことが多かったが、アイザック・イエガーの冒険にのめり込むと、彼の興味はすぐさまロケットに移った。
ライトは、たったひとりの友だちとままごとをして遊んでいた庭を、自分だけのロケット打ち上げ場に改造してしまった。
冒険とは無縁の臆病な性格の少女は、変わり果てた庭を見て少し傷ついたようだが、彼の夢を応援することにした。
しかし、彼が自分から少しずつ離れていく寂しさを感じずにはいられなかった。
こうして、ライトは一日のほとんどをロケット作りに費やすようになった。
そして翌年――
病気が悪化した彼女は、最新の治療を受けるため、どこかへ引っ越してしまった。
☆
その後、空家となった少女の家には、土星から亡命してきたという家族がやって来た。
その夫婦には、一人の息子がいた。
年齢はライトと同じくらいで、彼もまた科学に強かった。
「はじめまして。ぼく、ヴィンセント・レイセオンっていうんだ、よろしくね」
小学生なのに度が強いメガネをかけた少年は、新しい星での生活になんとか慣れようと、必死で地球の友達を作ろうとした。
彼はなんとかライトに気に入られようと、彼が求める工具や材料を度々調達してきた。
ヴィンセントは、そこまで裕福な子こどではなかった。
故郷の土星では、壊れたおもちゃを何度も修理して遊んでいたものだ。
それでも地球でできた初めての友だちのために、彼はなけなしのお小遣いをはたいて、高価なパーツを買い集めたのだった。
革命が起きた土星では、夢を追うどころか、自分の身を守ることすらままならなかった。
そんな彼にとって、自分が好きなことにただひたすらのめり込むライトが、ことさら魅力的に見えたに違いない。
「ライトくん、ぼくたち、きっと一生の親友になれるよね」
☆
ライトが人生で最初に作ったロケットは、単純な作用反作用の法則を利用したペットボトルロケットだった。
しかし仲間にヴィンセントが加わってからは、それは次第にエスカレートし、黒色火薬を用いた小型のペンシルロケット、6000リットル入りのガスボンベを4つもくくりつけたエンジン式のロケットを経て、とうとう大掛かりな液体ロケットを開発するに至った。
普通の家庭ならば、小学生がすり鉢で危険な火薬を圧縮している時点で親が止めそうなものだが、ライトの家は片親で、さらに大学教授だった彼の母親は、仕事の関係で家を空けることが多かった。
ある時は、遠い木星にまで遺跡発掘に出かけたこともある。
とはいえ、ライトの母親が子育てに全く無関心だったわけではない。
彼女は、小学校に行っていないライトの教師役を代わりに引き受けた。
そして、学校の教師が眉をひそめるライトの質問に、一人の学術研究者としてガチンコで答えた。
ライトが
「なぜ1+1=2になるかが、そもそもわからない」
と尋ねれば、
「そもそも数をはじめとする抽象概念は、人間が作り出したある種のルールに過ぎない。
スポーツ・・・例えば野球をやっていて「なぜヒットを打って三塁から回ってはダメなのか」って疑問を持つ選手がいないのと同じね。
ゲーデルの不完全定理を踏まえるならば、どんなに単純な公理系でも、その公理系自身が、自らの公理系の論理的整合性を証明することはできないの。
つまり・・・論理とは、それを内包する別の論理によって正しさを担保されるようになっているわけ。
この議論で、興味深い点は・・・そのようなルールを想像する人間の意識、及び認識パターンはア・プリオリ・・・経験に先立って決定されている可能性があるということ。
でも、本当のところは私にも・・・誰にもわからないわ」
と、大人でも高度な学術的な回答を、手加減なしでお見舞いした。
彼女の専門は、社会を構成する人間にとって必要不可欠な、コミュニケーションの底板・・・言語だったのだ。
数学におけるこの不完全性の問題は、言語学では「自己言及のパラドクス」という有名な思考実験として知られ、それは紀元前から哲学者のあいだで取り沙汰されていたらしい。
そして母親は、息子をこうたしなめた。
「あなたの問題点は、そういう誰もわかりえないような身も蓋もない質問を、周囲の空気も読まずに、大人たちに直接投げかけているところ」
ライトが落ち込むと、彼女はさらに続けた。
「結構じゃない。
ほとんどの大人は頭のいい“ふり”をしているだけで、あなたが疑問に思っている問いの答えなんて考えてもいないの。
覚えておきなさい。
なにかを疑問に思ったら、人に頼らず、まず自分の頭で考えること。
だから――あなたは間違っていない。もっと自分に自信を持っていいのよライト」
こうしてライトは、人に頼らず自分の頭脳だけで、ロケットの開発を続けた。
☆
ある夏の日だった。
8歳になったライトが、いつものように家の庭でヴィンセントとロケットを組み立てていると、柵の向こうから小学生の集団が、彼をからかいだした。
わざと彼に聞こえるように、必要以上に大きな声でしゃべっている。
「おい、あいつまたしょうもないもん作ってるで~」
最初にライトに絡んできたのは、入学早々コンセントで感電した、あのボビー・ダンカンだった。
ダンカンは進級するにつれ、他の子よりも大きくなり、今や横柄なガキ大将となっていた。
彼は、まだライトに因縁をつけていた。
――クラスでは、それこそ彼の天下だったが、彼が最も屈服させたい相手は、すでに学校を去っていた――彼にはそれも気に食わなかったらしい。
通学路を大きく迂回してまで、わざわざライトの家までやって来たのには、そういった事情がある。
「聞いたで、お前ロケット作って宇宙一周するんやって?」
「マジ!?お前知らんのか、ロケットはNASAのおっさんがたくさん集まって作ってんやで。
お前みたいな子どもが作れるはずないやろ!」
彼らは一生懸命ライトを罵倒し続けたが、ロケットの組立に夢中の彼にはほとんど聞こえていなかった。
金属板で囲まれたロケットの内部は、外の騒音をほとんど遮っていたのだ。
「いい気になりやがって、お前は笑われとるんや。わからんのか?」
自分たちの野次を無視し続けるライトに腹が立ったダンカンは、とうとう柵を乗り越え庭の敷地に入ってきた。
この一触即発の状況をおろおろしながら傍観していたヴィンセントは
「ライトくん・・・」
と囁いたが、ライトは
「ヴィンちゃんスパナ取って」
と、外のヴィンセントに手を出した。
するとダンカンは、
「こんなもんゴミと同じや!」
と、怒鳴り、ライトの大事なロケットを思い切り蹴飛ばした。
そしてダンカンとその仲間たちは、発射台から外れて地面に転がったロケットの本体を、体重をかけて踏みつけだした。
「なんてことするんや!」
ロケットから這い出したライトは、彼らの暴挙を慌てて止めようとしたが、ダンカンに勢いよく突きとばされた。
ヴィンセントは
「あわあわ」
と、だけ言うと、ロケットをあっさり見捨てて、庭から逃げ出した。
「ガキがこんなもん勝手に作ってええと思うとんのか!」
「そうや!法律で決まっとる!」
何ヶ月もかけて苦労して作ったロケットが、彼の宝物が、どんどん形を歪めていく。
「やめてくれ!やめてくれ!」
ライトは何度も叫んだが、彼らは踏みつけることをやめなかった。
その時――
☆
「おまえらやめんか~~!」
という怒鳴り声と共に、木でできた柵をぶち壊しマウンテンバイクが庭に突っ込んできた。
暴走するマウンテンバイクには、ブロンドのショートカットをフライトゴーグルでまとめた少年が乗っていて、全くブレーキをかけずにこちらに向かってくる。
ロケットから離れ、慌てて逃げ出す子ども達。
「うわ!レオナ・イヤハートや!」
取り巻きの一人が少年の名を叫んだ。
どうやらボビー・ダンカンを凌ぐ、近所じゃ有名な悪ガキらしい。
荒事に慣れた少年の体は、肘も、膝も、絆創膏だらけだ。
ライトは、マウンテンバイクの突然の襲撃に肝を潰した。
少年はマウンテンバイクを勢い任せに乗り捨てると、
「お前らなあ、よってたかって弱いものいじめて何が楽しいねん!
暴力ってのは絶対にアカンことなんや!」
と言いながら、ダンカンたちを持っていた木の棒でしばき倒した。
「くそ~覚えとれよ~~!!」
ダンカンが漫画のような捨て台詞を吐くと、いじめっ子たちはそそくさと庭から逃げ出していった。
少年は、鼻の下を指でこすりながら
「へっ口ほどにもないやっちゃ・・・」
と、ダンカンたちを見送ると、地面に膝をついたライトに手を差し伸べた。
「あんた大丈夫か?」
ライトは頷いた。
恩人の少年の手を借りて立ち上がると、少年だと思っていた彼は、ドキっとするほど美しい少女だったことに気がついた。
「あたしはレオナ・イヤハート!」
ライトは、思わず少女の顔を見つめ続けてしまった。
その真っ直ぐな瞳には、一切の迷いも、ためらいも、そして憎しみもない。
彼女は純粋そのものだった。
☆
レオナとライトはすぐに仲良くなった。
二人とも、あの冒険家アイザック・イエガーの熱烈なファンだったからだ。
レオナはライトの作ったロケットを嬉しそうに眺めた。
「この宇宙ロケット、あんたが一人で作ったの!?」
「ま、まあ・・・」
本当は、先ほど逃げ出したヴィンセントも手伝ったのだが・・・
「すげ~すげ~!!かっけ~!」
レオナは大声を出しながら飛び跳ね、はしゃぎだした。
まるで自分が褒められているようで、ライトは気恥ずかしかった。
「こんなん大したことないよ・・・
まだ宇宙にも届かへんし・・・それに、最終的には人が乗れるものを作りたいんや」
「ま・じ・で!?」
大きな目をさらに丸くして、レオナ。
「今はこんなちっぽけなものしか作れへんけど・・・いつかきっと・・・」
ライトが遠い空を見上げて目を細めると、レオナが突然、馬にでも乗るようにロケットに股がりだした。
「何しとるんや?」
ライトがギョッとした。
「なあ、これでも十分いけるんちゃうの?」
「え・・・?」
「だから・・・有人ロケット」
ライトは口を開けた。
――この子本気か。
イエガーは、ロケットに股がってアルファケンタウルスにまで行ったと思っているのだろうか。
ロケットが宇宙に到達するには、少なくとも秒速8キロメートルもの速度が必要で、そんな速さに彼女の騎乗スタイルは絶対に耐えられない。
「おい、ちょっとこれ発射してみようぜ」
――ムチャや、と言おうとした時には、彼女は導火線に火をつけていた。
☆
庭で大爆発が起こった。
勢いよく吹っ飛んだロケットは、上に股がっていたレオナを一瞬で振り落とし、天空へ発射された。
そしてヒュルヒュルと音を出しながら、放物線を描いて下降すると、どこか遠くの家の屋根に突き刺さった。
煙と悲鳴が上がった。
――ここからでは、よくわからないが、ボビー・ダンカンの家の方だ。
ストップウォッチで記録をとる間もなかった。
結局、あのロケットはガラクタになってしまう運命だったらしい。
ほどなくしてパトカーのサイレンが鳴り響き出した。
ロケットから振り落とされたレオナは、ケロッとした顔で立ち上がると、冷静につぶやいた。
「・・・逃げるで」
☆
レオナは自分のマウンテンバイクの後ろに、呆然とするライトを乗せると、ペダルを勢いよく漕いで、彼らが住む郊外の街を脱出した。
ギヤを切り替えながら、グングン加速し、風のように走るマウンテンバイク。
相当乗り慣れているらしい。
「にゃっはっは!あの悪ガキん家ふっとばしたで・・・!」
レオナが無邪気に笑った。
ライトは最初はキョトンとしていたが、つられて微笑んだ。
しばらく車道を走っていると、海が見えてきた。
レオナはペダルをこぐのをやめて、海岸沿いに坂をくだった。
レオナの後ろで立ち乗りをするライトは、初めて見る光景に胸を躍らせた。
彼は今まで一度も街を出たことがなかったのだ。
心地よい海風が頬を撫でる。
自分の家のすぐ近くに、こんな場所があったなんて・・・
「しかしあんなロケットを作れるなんて、おたくほんま天才発明家ちゃうんか?」
レオナは自転車を走らせながら、背中越しにライトに大声で話しかけた。
二人の乗るマウンテンバイクを自動車が追い越していく。
「いや~正直、煮詰まっとるんや。宇宙までロケットを届かせるには、やっぱり空になった燃料タンクを上昇の途中で切り離して捨ててかないとアカンらしいし・・・」
「だから、あたしもまっさきに切り離されたんか!にゃはにゃは」
ノーテンキなレオナとは対照的に、ライトは海から視線を逸らしうつむいた。
「やっぱり小学生には無理なのかもしれん・・・」
「そんなことないて。ごっつい夢やと思うで~」
「でも、こうも失敗続きやと・・・」
ライトがそう言うと、レオナはマウンテンバイクの速度を落とし、脇道へ曲がると、海の見える国道を後にした。
「どこ行くんや?」とライト。
「ええとこ」
☆
自転車を投げ出し、広大な茂みの中に入る二人。
“いいところ”とは、この農場だろうか。
「どこまでいくんや?」
ライトは、草をかき分けて進んでいくレオナに声をかけた。
彼女を見失ったらとてもじゃないが、この茂みからは脱出できそうにない。
「まあ、付いてこいって。今度はあたしの夢を見せたるから」
「なあ・・・いくらなんでも勝手に農作物かっぱらうのはアカンて」
「あたしの夢は野菜泥棒かい!」
レオナが笑う。
そして茂みの終点にたどり着くと、後ろのライトに振り返った。
「ええか、ここはあたしだけの秘密の場所なんや」
「秘密の場所?」
「キミだけに特別に教えたるんやからな。
誰にも言ったらあかんで。
約束できる?」
ライトは頷いた。
レオナはライトを茂みの向こうに案内した。
そこは――空軍の基地だった。
目の前には滑走路が広がり、戦闘機を間近に見る絶好のポイントとなっている。
二人は地面にうつ伏せになり、金網のフェンス越しに、勢いよく加速し離陸していく戦闘機を見つめた。
しかしものすごい音だ。
ライトは初めて見る実物の戦闘機に圧倒された。
想像よりずっと巨大だ。
そして――美しい。
「あたしの夢はあれに乗ること」
飛行機雲を見つめてレオナが口を開いた。
「え・・・でも確か戦闘機のパイロットって女の子は・・・」
ライトがそう言うと、レオナはニヤリと不敵に笑った。
「その通りや。だから、あたしが“初めての女パイロット”ってことになる。なんでも一番がええ。
そうやろ、相棒?」
「でも、なれるもんなんかなあ・・・」
「あんた面白いこと言うな。
誰もやってないからこそ、それは挑戦になるんや。
あんたのロケットといっしょや。
今はマウンテンバイクだけど・・・いつかきっと・・・」
そこまで言うと、レオナは何かを思いついてライトに向き直った。
思わず心臓をドキドキさせるライト。
「そや!そんときはウチに飛行機こさえてえな。
宇宙で一番速いヤツ。
それに乗ってあたしとお前で宇宙を旅するんや・・・どや?」
「え・・・?」
レオナは無邪気に微笑んで、ライトに顔を近づけた。
「はい、約束」
「約束て・・・」
「キミはつくれ。あたしは乗る」
――なんて、自由な女の子なんだろう・・・
気づくとライトは彼女に魅了されていた。
これが彼の初恋だった。
――ドビュッシー
歌いさえすれば、誰だって私のことを好きになってくれるわ。
――マリア・カラス
”情”報通信の「情」とは、人間の感情のことだととらえています。特に音楽というのは、人の感情を伝えていく非常にアトラクティブなインフラだと思いますね。
――伊藤博之
☆
ミグ・チオルコフスカヤの相棒であるライト・ケレリトゥスは、多くの才能に恵まれた人物ということもあって、その評価を客観的に試みるのは非常に難しい。
科学には強いが科学者といった雰囲気ではないし、生粋のエンジニアかといえば、それも当てはまらないようにも思える。
彼の物作りは、ストイックというよりは、どこか趣味的なのだ。
さらにライトは、冒険家でもある。
理論だけでなく、自分の目で見て経験することに価値を見出しているタイプであることは間違いないだろう。
彼は一体何者なのかーー
今回はそんな彼の人となりが分かるエピソードである。
☆
MP通信プレリリース
世界初の有人恒星間ロケットXー零今日打ち上げ
テストパイロット:アイザック・イエガー、アルファケンタウロスまで10年間の宇宙の旅
地球連邦は、恒星間ロケット「Xー零」の打ち上げを、本日実施した。
Xー零は全長320メートル、500万トンの核融合パルス式ロケット。
太陽系から最も近い恒星アルファケンタウルスの軌道上に、探査衛星ディスカバリーを投入することが主なミッションとなる。
この新型ロケットの最高速度は、秒速254万キロメートル(光速の85%)で、第三宇宙速度で太陽系から脱出した後は、ほぼ光の速さで4.4光年先のアルファケンタウルス星系まで向かう。
だが驚くのは、そのスピードだけではない。
ディスカバリー計画は、太陽系外の生命体の有無を、実際に人間を送り込んで確認させるという、まるでSF映画のような壮大なプロジェクトなのだ。
人類代表として選ばれたのは、ライトスタッフ空軍基地所属のアイザック・イエガー少佐(26)。
彼は、空軍基地きっての凄腕パイロットで、8ヶ月間に及ぶ厳しいテストを突破した。
イエガーは、記者からの「10年間の宇宙の旅は退屈じゃありませんか?」との質問に、「それは地球で待っている君たちであって、こっちは相対性理論の関係であっという間さ」と笑みをこぼした。
全世界の子どもたちの夢とロマンを乗せた大冒険の結末は、10年後に明らかになる。
☆
20年前――アイザック・イエガーは世界中の子どもたちの憧れの的であり、当時6歳のライト・ケレリトゥスにとっても、それは例外ではなかった。
いつか自分もイエガーのように広大な宇宙を旅したい・・・それが彼の夢だった。
リベラルな惑星――地球でライトは幼少時代を過ごした。
――まったく末恐ろしい子どもだった。
当時の彼を知る人はこぞってそう答えた。
――オレの家なんか、あいつに爆破された。
そんな信じられない証言もある。
ライトはこの頃から問題児だったらしい。
とはいえ当時の彼は、現在うかがえるような、大胆不敵で、チャレンジ精神旺盛、傲慢、無鉄砲――そういったアグレッシブな人物ではなく、どちらかというとおとなしい子どもで、家にこもっては黙々と工作をして遊んでいたと言う。
それと同時に小学生のライトは、とにかく「なぜ?」を連発する厄介な子どもで、人生最初の算数の授業では、「なぜ1+1=2になるかが、そもそもわからない」と、いきなり先生に食ってかかった。
彼に言わせれば、鉛筆やりんごがあるのはわかるけど、“1”や“2”なんてものはどこにあるの?ということらしい。
☆
また、ライトに限らず、機械が好きな人間の習性として、“とりあえず分解してみる”というものがある。
ある日、電気に興味を持ったライトは、学校中のコンセントの上蓋を、ねじ回しを使って外してしまった。
どうやら自分が作ったトランス(変圧器のこと)を試したかったらしい。
仮に家庭用の電気が交流ならば、それによって発生する磁界も瞬間的に切り替わるわけだから、二つの巻数の異なるコイルを使えば、レンツの法則(※1)を利用して電圧を変化させることができると、彼は考えたのだ。
そして、結果は彼の予想通りだった。
しかし、実験中にクラスメイトが悪ふざけをして120Vもの電圧がかかるコンセントに鉛筆の芯を差し込んでしまうことは、想定外だった。
彼は、ボビー・ダンカンくん7歳が感電した責任を問われ、危険人物というレッテルを教師たちに貼られた。
そんなわけで、彼は最初の年から義務教育につまづき、最悪の成績と、著しい授業妨害のため、早々と小学校を追い出されてしまった。
担任の評価はこうだった。
ーー彼には人の二倍頭脳があるが、協調性は半分しかない。
※1:コイルの中へ棒磁石を素早く出し入れすると、棒磁石の向きに逆らうように誘導電流が発生する現象。
その時の起電力の大きさはコイルの巻数に比例する。
☆
しかし、当のライトは小学校退学という処分を、むしろ肯定的に捉えたようだ。
実際、早熟な彼は、同世代の子どもと全く会話が噛み合わず、いつも孤立していた。
それでもライトは全く気にしなかった。
彼にとっては、友だちなど一人もいなくても機械さえいじれれば、それでよかったのである。
だから、退屈な小学校に行かないで、一日中機械いじりをできるようになったことを、彼は素直に喜んだのだ。
程なくして彼は、家にあるたいていの電化製品は、自分で修理して組み立てなおすことができるようになった。
☆
この頃のライトの友達は、ガレージのガラクタと、隣の家に住む幼馴染の女の子だった。
その少女も、彼と同じように学校には通っていなかった。
重い病気を患っていて、通いたくても通えなかったのだ。
二人は、友だちが一人もいない者同士、友だちになった。
近所の男の子は、女の子と遊ぶ彼を馬鹿にしたが、少なくとも彼女はコンセントに鉛筆を突っ込むような愚かな子どもではなかった。
本と草花が好きなその子は、毎日決まった時間に、お気に入りのうさぎのぬいぐるみを持って、自分の部屋からライトの家の庭にやってきた。
そして芝生の上にシートを敷き、家具や調度品に見立てた石や木の枝を乗せると、あどけないカップルは夫婦になった。
小学校を追い出されてしばらくは、ライトはこうして彼女とままごとをして遊ぶことが多かったが、アイザック・イエガーの冒険にのめり込むと、彼の興味はすぐさまロケットに移った。
ライトは、たったひとりの友だちとままごとをして遊んでいた庭を、自分だけのロケット打ち上げ場に改造してしまった。
冒険とは無縁の臆病な性格の少女は、変わり果てた庭を見て少し傷ついたようだが、彼の夢を応援することにした。
しかし、彼が自分から少しずつ離れていく寂しさを感じずにはいられなかった。
こうして、ライトは一日のほとんどをロケット作りに費やすようになった。
そして翌年――
病気が悪化した彼女は、最新の治療を受けるため、どこかへ引っ越してしまった。
☆
その後、空家となった少女の家には、土星から亡命してきたという家族がやって来た。
その夫婦には、一人の息子がいた。
年齢はライトと同じくらいで、彼もまた科学に強かった。
「はじめまして。ぼく、ヴィンセント・レイセオンっていうんだ、よろしくね」
小学生なのに度が強いメガネをかけた少年は、新しい星での生活になんとか慣れようと、必死で地球の友達を作ろうとした。
彼はなんとかライトに気に入られようと、彼が求める工具や材料を度々調達してきた。
ヴィンセントは、そこまで裕福な子こどではなかった。
故郷の土星では、壊れたおもちゃを何度も修理して遊んでいたものだ。
それでも地球でできた初めての友だちのために、彼はなけなしのお小遣いをはたいて、高価なパーツを買い集めたのだった。
革命が起きた土星では、夢を追うどころか、自分の身を守ることすらままならなかった。
そんな彼にとって、自分が好きなことにただひたすらのめり込むライトが、ことさら魅力的に見えたに違いない。
「ライトくん、ぼくたち、きっと一生の親友になれるよね」
☆
ライトが人生で最初に作ったロケットは、単純な作用反作用の法則を利用したペットボトルロケットだった。
しかし仲間にヴィンセントが加わってからは、それは次第にエスカレートし、黒色火薬を用いた小型のペンシルロケット、6000リットル入りのガスボンベを4つもくくりつけたエンジン式のロケットを経て、とうとう大掛かりな液体ロケットを開発するに至った。
普通の家庭ならば、小学生がすり鉢で危険な火薬を圧縮している時点で親が止めそうなものだが、ライトの家は片親で、さらに大学教授だった彼の母親は、仕事の関係で家を空けることが多かった。
ある時は、遠い木星にまで遺跡発掘に出かけたこともある。
とはいえ、ライトの母親が子育てに全く無関心だったわけではない。
彼女は、小学校に行っていないライトの教師役を代わりに引き受けた。
そして、学校の教師が眉をひそめるライトの質問に、一人の学術研究者としてガチンコで答えた。
ライトが
「なぜ1+1=2になるかが、そもそもわからない」
と尋ねれば、
「そもそも数をはじめとする抽象概念は、人間が作り出したある種のルールに過ぎない。
スポーツ・・・例えば野球をやっていて「なぜヒットを打って三塁から回ってはダメなのか」って疑問を持つ選手がいないのと同じね。
ゲーデルの不完全定理を踏まえるならば、どんなに単純な公理系でも、その公理系自身が、自らの公理系の論理的整合性を証明することはできないの。
つまり・・・論理とは、それを内包する別の論理によって正しさを担保されるようになっているわけ。
この議論で、興味深い点は・・・そのようなルールを想像する人間の意識、及び認識パターンはア・プリオリ・・・経験に先立って決定されている可能性があるということ。
でも、本当のところは私にも・・・誰にもわからないわ」
と、大人でも高度な学術的な回答を、手加減なしでお見舞いした。
彼女の専門は、社会を構成する人間にとって必要不可欠な、コミュニケーションの底板・・・言語だったのだ。
数学におけるこの不完全性の問題は、言語学では「自己言及のパラドクス」という有名な思考実験として知られ、それは紀元前から哲学者のあいだで取り沙汰されていたらしい。
そして母親は、息子をこうたしなめた。
「あなたの問題点は、そういう誰もわかりえないような身も蓋もない質問を、周囲の空気も読まずに、大人たちに直接投げかけているところ」
ライトが落ち込むと、彼女はさらに続けた。
「結構じゃない。
ほとんどの大人は頭のいい“ふり”をしているだけで、あなたが疑問に思っている問いの答えなんて考えてもいないの。
覚えておきなさい。
なにかを疑問に思ったら、人に頼らず、まず自分の頭で考えること。
だから――あなたは間違っていない。もっと自分に自信を持っていいのよライト」
こうしてライトは、人に頼らず自分の頭脳だけで、ロケットの開発を続けた。
☆
ある夏の日だった。
8歳になったライトが、いつものように家の庭でヴィンセントとロケットを組み立てていると、柵の向こうから小学生の集団が、彼をからかいだした。
わざと彼に聞こえるように、必要以上に大きな声でしゃべっている。
「おい、あいつまたしょうもないもん作ってるで~」
最初にライトに絡んできたのは、入学早々コンセントで感電した、あのボビー・ダンカンだった。
ダンカンは進級するにつれ、他の子よりも大きくなり、今や横柄なガキ大将となっていた。
彼は、まだライトに因縁をつけていた。
――クラスでは、それこそ彼の天下だったが、彼が最も屈服させたい相手は、すでに学校を去っていた――彼にはそれも気に食わなかったらしい。
通学路を大きく迂回してまで、わざわざライトの家までやって来たのには、そういった事情がある。
「聞いたで、お前ロケット作って宇宙一周するんやって?」
「マジ!?お前知らんのか、ロケットはNASAのおっさんがたくさん集まって作ってんやで。
お前みたいな子どもが作れるはずないやろ!」
彼らは一生懸命ライトを罵倒し続けたが、ロケットの組立に夢中の彼にはほとんど聞こえていなかった。
金属板で囲まれたロケットの内部は、外の騒音をほとんど遮っていたのだ。
「いい気になりやがって、お前は笑われとるんや。わからんのか?」
自分たちの野次を無視し続けるライトに腹が立ったダンカンは、とうとう柵を乗り越え庭の敷地に入ってきた。
この一触即発の状況をおろおろしながら傍観していたヴィンセントは
「ライトくん・・・」
と囁いたが、ライトは
「ヴィンちゃんスパナ取って」
と、外のヴィンセントに手を出した。
するとダンカンは、
「こんなもんゴミと同じや!」
と、怒鳴り、ライトの大事なロケットを思い切り蹴飛ばした。
そしてダンカンとその仲間たちは、発射台から外れて地面に転がったロケットの本体を、体重をかけて踏みつけだした。
「なんてことするんや!」
ロケットから這い出したライトは、彼らの暴挙を慌てて止めようとしたが、ダンカンに勢いよく突きとばされた。
ヴィンセントは
「あわあわ」
と、だけ言うと、ロケットをあっさり見捨てて、庭から逃げ出した。
「ガキがこんなもん勝手に作ってええと思うとんのか!」
「そうや!法律で決まっとる!」
何ヶ月もかけて苦労して作ったロケットが、彼の宝物が、どんどん形を歪めていく。
「やめてくれ!やめてくれ!」
ライトは何度も叫んだが、彼らは踏みつけることをやめなかった。
その時――
☆
「おまえらやめんか~~!」
という怒鳴り声と共に、木でできた柵をぶち壊しマウンテンバイクが庭に突っ込んできた。
暴走するマウンテンバイクには、ブロンドのショートカットをフライトゴーグルでまとめた少年が乗っていて、全くブレーキをかけずにこちらに向かってくる。
ロケットから離れ、慌てて逃げ出す子ども達。
「うわ!レオナ・イヤハートや!」
取り巻きの一人が少年の名を叫んだ。
どうやらボビー・ダンカンを凌ぐ、近所じゃ有名な悪ガキらしい。
荒事に慣れた少年の体は、肘も、膝も、絆創膏だらけだ。
ライトは、マウンテンバイクの突然の襲撃に肝を潰した。
少年はマウンテンバイクを勢い任せに乗り捨てると、
「お前らなあ、よってたかって弱いものいじめて何が楽しいねん!
暴力ってのは絶対にアカンことなんや!」
と言いながら、ダンカンたちを持っていた木の棒でしばき倒した。
「くそ~覚えとれよ~~!!」
ダンカンが漫画のような捨て台詞を吐くと、いじめっ子たちはそそくさと庭から逃げ出していった。
少年は、鼻の下を指でこすりながら
「へっ口ほどにもないやっちゃ・・・」
と、ダンカンたちを見送ると、地面に膝をついたライトに手を差し伸べた。
「あんた大丈夫か?」
ライトは頷いた。
恩人の少年の手を借りて立ち上がると、少年だと思っていた彼は、ドキっとするほど美しい少女だったことに気がついた。
「あたしはレオナ・イヤハート!」
ライトは、思わず少女の顔を見つめ続けてしまった。
その真っ直ぐな瞳には、一切の迷いも、ためらいも、そして憎しみもない。
彼女は純粋そのものだった。
☆
レオナとライトはすぐに仲良くなった。
二人とも、あの冒険家アイザック・イエガーの熱烈なファンだったからだ。
レオナはライトの作ったロケットを嬉しそうに眺めた。
「この宇宙ロケット、あんたが一人で作ったの!?」
「ま、まあ・・・」
本当は、先ほど逃げ出したヴィンセントも手伝ったのだが・・・
「すげ~すげ~!!かっけ~!」
レオナは大声を出しながら飛び跳ね、はしゃぎだした。
まるで自分が褒められているようで、ライトは気恥ずかしかった。
「こんなん大したことないよ・・・
まだ宇宙にも届かへんし・・・それに、最終的には人が乗れるものを作りたいんや」
「ま・じ・で!?」
大きな目をさらに丸くして、レオナ。
「今はこんなちっぽけなものしか作れへんけど・・・いつかきっと・・・」
ライトが遠い空を見上げて目を細めると、レオナが突然、馬にでも乗るようにロケットに股がりだした。
「何しとるんや?」
ライトがギョッとした。
「なあ、これでも十分いけるんちゃうの?」
「え・・・?」
「だから・・・有人ロケット」
ライトは口を開けた。
――この子本気か。
イエガーは、ロケットに股がってアルファケンタウルスにまで行ったと思っているのだろうか。
ロケットが宇宙に到達するには、少なくとも秒速8キロメートルもの速度が必要で、そんな速さに彼女の騎乗スタイルは絶対に耐えられない。
「おい、ちょっとこれ発射してみようぜ」
――ムチャや、と言おうとした時には、彼女は導火線に火をつけていた。
☆
庭で大爆発が起こった。
勢いよく吹っ飛んだロケットは、上に股がっていたレオナを一瞬で振り落とし、天空へ発射された。
そしてヒュルヒュルと音を出しながら、放物線を描いて下降すると、どこか遠くの家の屋根に突き刺さった。
煙と悲鳴が上がった。
――ここからでは、よくわからないが、ボビー・ダンカンの家の方だ。
ストップウォッチで記録をとる間もなかった。
結局、あのロケットはガラクタになってしまう運命だったらしい。
ほどなくしてパトカーのサイレンが鳴り響き出した。
ロケットから振り落とされたレオナは、ケロッとした顔で立ち上がると、冷静につぶやいた。
「・・・逃げるで」
☆
レオナは自分のマウンテンバイクの後ろに、呆然とするライトを乗せると、ペダルを勢いよく漕いで、彼らが住む郊外の街を脱出した。
ギヤを切り替えながら、グングン加速し、風のように走るマウンテンバイク。
相当乗り慣れているらしい。
「にゃっはっは!あの悪ガキん家ふっとばしたで・・・!」
レオナが無邪気に笑った。
ライトは最初はキョトンとしていたが、つられて微笑んだ。
しばらく車道を走っていると、海が見えてきた。
レオナはペダルをこぐのをやめて、海岸沿いに坂をくだった。
レオナの後ろで立ち乗りをするライトは、初めて見る光景に胸を躍らせた。
彼は今まで一度も街を出たことがなかったのだ。
心地よい海風が頬を撫でる。
自分の家のすぐ近くに、こんな場所があったなんて・・・
「しかしあんなロケットを作れるなんて、おたくほんま天才発明家ちゃうんか?」
レオナは自転車を走らせながら、背中越しにライトに大声で話しかけた。
二人の乗るマウンテンバイクを自動車が追い越していく。
「いや~正直、煮詰まっとるんや。宇宙までロケットを届かせるには、やっぱり空になった燃料タンクを上昇の途中で切り離して捨ててかないとアカンらしいし・・・」
「だから、あたしもまっさきに切り離されたんか!にゃはにゃは」
ノーテンキなレオナとは対照的に、ライトは海から視線を逸らしうつむいた。
「やっぱり小学生には無理なのかもしれん・・・」
「そんなことないて。ごっつい夢やと思うで~」
「でも、こうも失敗続きやと・・・」
ライトがそう言うと、レオナはマウンテンバイクの速度を落とし、脇道へ曲がると、海の見える国道を後にした。
「どこ行くんや?」とライト。
「ええとこ」
☆
自転車を投げ出し、広大な茂みの中に入る二人。
“いいところ”とは、この農場だろうか。
「どこまでいくんや?」
ライトは、草をかき分けて進んでいくレオナに声をかけた。
彼女を見失ったらとてもじゃないが、この茂みからは脱出できそうにない。
「まあ、付いてこいって。今度はあたしの夢を見せたるから」
「なあ・・・いくらなんでも勝手に農作物かっぱらうのはアカンて」
「あたしの夢は野菜泥棒かい!」
レオナが笑う。
そして茂みの終点にたどり着くと、後ろのライトに振り返った。
「ええか、ここはあたしだけの秘密の場所なんや」
「秘密の場所?」
「キミだけに特別に教えたるんやからな。
誰にも言ったらあかんで。
約束できる?」
ライトは頷いた。
レオナはライトを茂みの向こうに案内した。
そこは――空軍の基地だった。
目の前には滑走路が広がり、戦闘機を間近に見る絶好のポイントとなっている。
二人は地面にうつ伏せになり、金網のフェンス越しに、勢いよく加速し離陸していく戦闘機を見つめた。
しかしものすごい音だ。
ライトは初めて見る実物の戦闘機に圧倒された。
想像よりずっと巨大だ。
そして――美しい。
「あたしの夢はあれに乗ること」
飛行機雲を見つめてレオナが口を開いた。
「え・・・でも確か戦闘機のパイロットって女の子は・・・」
ライトがそう言うと、レオナはニヤリと不敵に笑った。
「その通りや。だから、あたしが“初めての女パイロット”ってことになる。なんでも一番がええ。
そうやろ、相棒?」
「でも、なれるもんなんかなあ・・・」
「あんた面白いこと言うな。
誰もやってないからこそ、それは挑戦になるんや。
あんたのロケットといっしょや。
今はマウンテンバイクだけど・・・いつかきっと・・・」
そこまで言うと、レオナは何かを思いついてライトに向き直った。
思わず心臓をドキドキさせるライト。
「そや!そんときはウチに飛行機こさえてえな。
宇宙で一番速いヤツ。
それに乗ってあたしとお前で宇宙を旅するんや・・・どや?」
「え・・・?」
レオナは無邪気に微笑んで、ライトに顔を近づけた。
「はい、約束」
「約束て・・・」
「キミはつくれ。あたしは乗る」
――なんて、自由な女の子なんだろう・・・
気づくとライトは彼女に魅了されていた。
これが彼の初恋だった。
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