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しおりを挟む王都について三日。
片付けやら説明やらがひと通り済んで、いよいよ明日から新学期という日のこと。
ここまで付き添ってくれた僕付きのメイドのサラが領地へと帰ることになった。
三食の食事はきっちりと、おやつもこまめに摂ること、無理をしないこと、夜は早く寝ること。
くどくどと、まるでエルマ様みたいだ。
姉のように面倒を見てくれていた彼女は、馬車に乗り込むその時まで僕を案じてなんやかやと言い続けていた。
この学校は基本的に使用人や侍従を付き添わせることはできない。
身の回りのことはなんでも自分でやる。
僕が入った緑のひづめ寮は費用の安い平民向けの寮だ。
平民が多いということで、余計に自主性を重んじる傾向が強い。
設備も古いし人数も少ないから心配されたけど、僕がお願いしてこっちにしてもらった。
一応僕も今は子爵様の養子となって貴族の子供という扱いではあるけれど、書類上そうなってるだけで中身は農家の子供のままだ。
授業では仕方ないけど、貴族の子息と同じ部屋なんてちょっと辛い。
寮の自室に戻ると中に人影があった。
ブラムだ。
ブラムは僕の同室の生徒だ。
商家の三男で「お前は商売人には向いていない」と親に放り込まれた。
初めて会った日に笑いながら教えてくれた。
「おう。ネイト、お別れは済んだか?」
「うん。今見送って来たよ。……すごいね」
床に座り込んだブラムの周辺には大量の本がうず高く積まれている。
机と本棚とクローゼット。
奥には小さけれど窓がある。
それから部屋の両端にそれぞれのベッド。
その狭い二人部屋のブラム側のベッドの上や床に数えきれないほどの本が山積している。
「どうするの?それ、全部ここに置くの?」
「うーん。だよなあ。わかってんだけど、選べなかったんだよ。家に置いとくと、そのうち捨てられそうでさ。でも、どの本も手放したくないんだ」
ブラムは、そばかすの浮いた鼻の頭を掻きながら、困ったように本の山々を見下ろしている。
「僕の本棚にも置いていいよ。教科書以外の本はないから」
「ありがと。でもそれでもおっつかないんだよなあ」
僕は自分の机にひと抱えの紙の包みを置いた。
中身はクッキーだ。
サラが必ず食べるようにと渡してくれたものだった。
これから食べようと思っていたけど後にしよう。
「手伝うよ」
ひとまずこの本の山をなんとかしなければ。手近な山から数冊、手にとっては僕の方の本棚に収めていく。
「悪いな」
「気にしないで。僕も、これから助けてもらうことたくさんあると思うし」
ブラムには初めて会った時に、僕の体質について軽く教えておいた。
体力がないこと。突然、熱を出すことがあるかもしれないこと。
ブラムは「わかった」と言っただけだった。
あの時は、それ以上根掘り葉掘り聞かれずに済んでほっとしたものだった。
他人には、どう説明していいのか僕もまだわからなくて。
「なあ!ここに入れてもいい?」
ブラムが僕のベッドの下を指差して言った。
ブラムのベッドの下はすでにトランクが詰め込まれている。あの中も全部本なのだろうか。
この部屋が一階でよかった。
「いいよ」
いそいそと、ブラムは出したばかりの本をまたトランクに詰め直し、僕のベットの下に詰め込んでいく。
床の上は、それでもまだ溢れた本でいっぱいだった。
***
前期の授業が始まった。
一般教養の授業は午前だけで、午後からは選択授業になる。
騎士科。行政学科。魔法学科。
どれを選ぶかで将来の仕事がほぼ決まる。
僕はブラムと一緒にまず、行政学科を見学することにした。二人とも役人になるつもりだから当然のことだった。
行政学科の授業は全て座学だ。
一般教養ではさわり程度しかやらない法律と経済と外国語の勉強が中心となっている。
僕たちの他にも沢山来ていて、教室の後ろでぴよぴよの一年生達が、ぎゅうぎゅうになって立ち並んでいた。
深緑の制服の襟元には真新しい校章が光っている。
そういう僕もぴよぴよのうちの一人で先輩たちからすれば、さぞかし幼く見えることだろう。
今年の新入生はおよそ八十人。
ざっと見たところ、ここに集まっているのは二十人ほど。
見学しないでも初めから学科を決めている生徒もいるから、実際はもっと増えるだろう。
授業はそう面白いものでは無いし退席も自由なのに皆熱心に見学を続けている。
人が多いせいかなんだか息苦しいような気がしてきた。
気になることもあったし部屋を出ることにした。
「ねえ、ブラム」
僕は小声で話しかけた。
「僕、他の学科も見に行ってくるよ」
「そっか。じゃあ俺も行く」
「あ……うん」
予想外の返事に思わず言葉が詰まる。
「なに?」
「ううん。行こう」
そっと教室を抜け出した。
「他の学科って魔法学のことだったのか。それで変な顔してたんだな」
行き先が魔法学科だと知ったブラムがこう言った。
「変なって。……興味ないだろうから悪いと思って」
「興味ないってわけじゃ。まあ、てっきり騎士科に行くもんだとは思ってたけど」
高等教育学校の花形は騎士科で、魔法学科は不人気学科だ。
本気で魔法を学びたいなら王族も通う高位貴族御用達の王立アカデミーに行くべきだと言われている。
もちろん行きたいから、で行けるところではないけれど。
それに僕だってそこまで魔法に興味があるわけじゃない。
才能ないって言われたし。
「ちょっと、覗く、だけだから」
「ふうん。ま、授業見てるだけってつまんなかったから全然いいよ」
「そう?」
ブラムの足の速さについて行こうとして息が上がる。
そう言えば今日は間食をとっていない。
朝も昼も慌ただしくていつもの半分くらいの量になっていた。
メイドのサラがあれだけ言っていたのに帰った途端に早速これだ。
もっとしっかりしないと、心配をかけてしまう。
魔法学科の見学が終わったらすぐに何か食べよう。
ブラムに「もっとゆっくり」と言おうとしたところで目的地に着いた。
「あ、ほら。ネイト。あそこだ」
ブラムが突き当たりの教室を指差して言った。
ドアから中を覗くと、大きな教室に上級生が三人。教師が一人。見学の新入生が一人。
思った通りの閑古鳥っぷりである。
「すげえ、人いねえ」
ブラムのつぶやきに、中の人たちの視線が一斉にこちらを向いた。
金髪の上級生が手招きしなが「入って!」と嬉しそうに笑う。
困った。
本当に覗くだけのつもりでいたのに、長くなったらどうしよう。
「しゃーない。入ろうぜ」
さっさと入って行くブラムに僕も覚悟を決めてついて行く。
その時。
くらり、と視界が歪んで足元が崩れた。
そこからの記憶は無い。
どうやら僕は倒れてしまったみたいだ。
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