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しおりを挟む精霊に自分の魔力を提供して魔法という対価を得る。
それが大陸の魔法の始まりだった。
いつしか人は精霊の姿を見ることができなくなり精霊への依頼の文言が呪文として受け継がれていった。
そのうち気配すら感じなくなった人間たちは精霊の存在を神話の時代の御伽噺と思うようになった。
近世まで存在を信じていた人たちも大陸から去って新しい地へ移動したのだろう、と諦めてしまった。
そして、魔法は自らの魔力のみで発動できる。
そう考えるようになった。
見えないし感じないのに魔法が使えるのだから当然ともいえる。
でも、それは本当に?
いつだったか。
空き教室でベル先輩と勉強していた時のことを思い出す。
「うん。俺も考えたことはあるよ。居なくなったわけじゃないんじゃないかって。もしも、いるのにわからなくなってるだけなら魔法の発動に精霊の力を借りているのは昔も今も変わりないことになると思ってるんだ」
精霊については、ノアのように信じている人もいるにはいるけど子供っぽい夢想家として扱われることが多い。
魔法の知識を学び始める前の僕だったら更に現実離れした考えだと思ってたに違いない。
でも今は。
声も出せず、ただそれを見ていた。
ベル先輩がオーステルゼン先生と一緒に地面に落ちていく。
先生を庇うように抱きかかえ背中を丸めた先輩が。
落下していく先輩の動きは不思議とゆっくりとして見えた。
先生の眼鏡が吹き飛ぶ様子も先輩のシャツが汚れていることも結えたえんじ色の髪紐のはためきも全部がはっきりと。
落ちた高さは平均的な家屋の二階ほど。
ただ落ちただけなら怪我はするかもしれないけど命にかかわるほどのことはないだろう。
でも、下には硬い地面とごろごろと転がる石の塊。
もし、落ちた場所にあの石が。尖った硬い石が頭に当たったら。
ベル先輩の。頭。
このままではだめだということはわかった。
頭の中にいくつもの魔法陣や術式が流れては消えていく。
魔法なんていまだに使えもしないのに。
どうにかしてあの石をなくす方法を、岩盤のように硬い地面を柔らかくする方法を。
一つの効果をもたらす魔法の、長々とした呪文。精霊への賛辞を詩に編んだ呪文はまるで恋文のようで、その意味を知ったときひどく拍子抜けしたことを思い出した。
こんな時に何でこんなことを思い出すのだろう。
ほんの瞬き一つの間のことだ。
ベル先輩がでこぼこの、石だらけの、硬い硬い地面に叩きつけられようとしている一瞬の間に濁流のように頭の中を駆け巡る思考。
そんなことを考えている暇なんてないのに。
僕に魔法が使えたら。
見えなくても精霊がいるというなら。
僕の魔力は対価にならないだろうか。
欲しければいくらでも持っていってくれて構わないから。
どうか。
『砕け』
真っ白になった。
いつかの日に、子爵邸の窓越し、すぐ近くの丘の木に雷が落ちた時みたいな。
それとも昼まで眠っていた窓をのカーテンを開けられた時ような。
音が消えて閃光で目が眩んだ。
ぶわり、と風が吹きつけた。
びちゃり、と水音がして口々に叫ぶ人の声がうわっと僕の耳になだれ込む。
どよめきに、そろそろと目を開ける。
そこには想像していた恐ろしい光景は何もなかった。硬い地面も転がる石ころも消えている。
水浸しの砂の上。
オーステルゼン先生を抱え込んだベル先輩が横たわっていた。
研究室の人たちが慌てたように駆け寄っていく。
顔色をなくして立ち尽くして居るサラの姿が目に入った。
ベル先輩の肩が揺れた。
オーステルゼン先生も、もぞもぞと動き出す。
生きてる。
「ったあ……もう、先生は。だから言ったでしょう。年なんだから気をつけてくださいよ。どこもぶつけてないですよね?」
「いや、はは……すまん。濡れた以外は何ともない。いやはや。さすが大したもんだなベルノルトよ」
「おだてても誤魔化されませんからね」
上半身を起き上がらせ、開いた口から繰り出される小言に、オーステルゼン先生は参ったとでも言いたげに笑って、先輩からそろそろと離れていった。
「先生!!」
二人の周りに、次々と研究室の人たちが集まって来た。
「大丈夫ですか」
「立てますかオーステルゼン先生」
立ち上がるために二人に手を貸す人や背中をさする人。
怪我はないかと検分する人。
ざわめく声に心配と安堵と、ほんの少しの怒りが入り混じる。
その中から飛び出すように聞こえてきたベル先輩の声。
「リードさん。ありがとうございます。助かりました」
「いやいや。俺がやらなくてもお前だけで十分だったろ。浮かせるつもりが飛び散らせただけで余計なことをした」
「とんでもないです。おかげでどこもぶつけてないですから。俺の水魔法だけじゃ打ち身の一つ二つあってもおかしくなかったですからね。俺はともかく、先生には必要でしたよ」
「そう言ってもらえると、魔法を使った甲斐があったよ。……それにしても、この砂は……」
先輩が、リードさんと呼ばれた人と二人して周囲を見渡した。
「ここ、たしか石ころだらけだったよなあ?」
「はい。地盤ももっと硬かったですね。砂ではなかったです」
「俺とお前と、ありゃ誰のだ?」
先輩はそれには答えず僕の方を見上げた。
気がつけば崖の上には誰もおらず、僕一人が取り残されていた。
僕も行かなきゃ。
と、踏み出した足が震えてへなへなと力が抜け、崖の上で座り込んでしまった。
「ベル先輩……」
先輩はリードさんに何か声をかけ、砂と水でドロドロになった地面を足を取られることなく危なげなく渡り、階段代わりの傾斜を登ってきた。
「ネイト」
「う、あの。先輩。だ、だい、大丈夫……」
土砂降りにでもあったみたいにずぶ濡れのベル先輩。
「うん。ほら。どこも何ともない」
手を広げ、踊るみたいにくるりと一回りして首を傾げて笑う。
すぐそばに来てしゃがみ、覗き込むように顔を寄せた。
「びっくりさせたね」
「こ、怖かった、ですっ」
「うん。ごめん」
「髪、髪に砂が。ここも、泥、砂だらけで」
ぱたぱたと頬や髪やシャツについた砂を払う。
濡れて張り付いて取れにくい。
それでもはたけば砂はぼろぼろとこぼれ落ちていく。
怪我はない。大丈夫。先輩は無事。先生も無事。
何ともない。大丈夫。
「ネイトこそ大丈夫?」
「僕は、驚いただけで。何とも」
腰は抜けてるけども。
気遣わし気な顔の先輩が僕を撫でようとして、砂だらけなことに気がついて手を引っ込めた。
それからとても嬉しそうに笑って、
「ネイト。魔法、使えるようになったんだね」
と言った。
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