終身雇用でお願いします

銭井

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 旦那様の稚児として立派にお勤めを果たし、とうとうお役目を外されることになった僕は旦那様の紹介で新たな主人のもとで愛人として再出発することになった。
 銀の髪に菫色の瞳。白皙の美貌にスラリとした肢体を持つ僕のことだからさぞかし引く手数多だったことだろう。
 その中から旦那様が僕のためにお選びになった方なのだから間違いがあるはずがない。
 ランセル伯爵か。
 聞いたことがないが、どんな方なんだろう。


 王都の門を出てから半日、馬車に揺られてたどり着いた森と言うより雑木林に囲まれたその屋敷を見た僕の心中やいかに。

 ボロい。

 何かの間違いじゃないのか、本当にここか、ランセル伯爵の屋敷だ、こんなところのはずがない、引き返せ、旦那様に確かめる。
 そう言って暴れる僕を御者がなだめているうちにギィと嫌な音を立てて門が開いた。

 顔色の悪いひょろりとした男が顔を出し「ノエル様ですかね?」なんて雑な聞き方をしてくるもんだからつい頷いてしまった。
 違うって言えばよかった。


 中に入って通された部屋には座る場所だけ埃を払った跡のあるソファーとローテーブルがあった。
 ここに座れと。

「えー、主人は今ちょっと席を外してまして、もうくると思うんですがねー」

 出された紅茶は口をつける気にもならなかった。
 馬車は帰ってしまった。僕と荷物を置いて。



 ランセル伯爵は来なかった。
 僕は案内された私室で泣いた。僕の部屋は質素ながら意外にもきちんと整えられて清潔だったからベッドに伏せて泣いた。


 夕方、先ほどのヒョロい男が顔を出し夕食ですと気の抜けた声で知らせてきた。

「すいませんねー、今料理人がいなくて」

 食堂のテーブルの上に並ぶのは、パンとチーズと水、それから炙った干し肉らしき塊だった。ぱっと見味付けをされた様子がない。ここは野営地か。

 ひどい。ひどい。あんまりだ。何かの間違いだ。旦那様が、あの旦那様がこんなひどいところに僕をやるはずがない。


 ほとんど手をつけなかった食事はヒョロ男が片付けたようだ。
 そして僕は再びベッドに伏せて泣いていた。ひどいひどいと恨み節を布団に吸い込ませていたらまたヒョロ男が来た。

「伯爵がおかえりですけどどうされます?お会いになられます?」

 会うに決まってるだろ!文句言ってやる!



 ランセル伯爵は黒い髪に青い目、長身痩躯のたいそうな美男ではあったけど玄関を開けて出迎えた僕が見たのは血まみれでイノシシを引きずる野蛮人の姿だった。

 王都からそう離れてはいない森にイノシシが出るとは知らなかった。
 この辺りは農地が広がって住民もごくわずか、とてものどかに見えるのにこんな血まみれの人がうろついて居ていいのだろうか。

 馬は戻ってるか、とか血抜きは済んでる、とか皮を剥ぐとかヒョロ男と相談してるけど僕は彼に話があったんだ。
 そもそも挨拶もしてないのに僕を無視して獲物の解体に夢中なこの男はなんなんだ。

「ランセル伯爵様ですね?ご挨拶が遅れました。僕はノエルと申します。今日から伯爵様のお世話になるよう公爵様より仰せつかってまいりました」

 今にも解体小屋に向かおうとする伯爵を引き止めるように声を張り上げて言ってやった。

「ん?……………ああ!聞いてる聞いてる。新しい使用人だな!」

「しっ!使用人ではありません!僕は!」

「悪い、先に始末してくる。話は後にしてくれ」

 使用人……使用人だって?!




 湯を使ったのか血まみれではなくなった伯爵は見事な男ぶりで、一瞬見惚れてしまった。
 それはともかく。

「お話を。僕はここに使用人として来たのではありません」

「使用人なのか使用人じゃないのかは知らんが閣下から頼まれている以上、君を預かることには変わりない。すまんがここに居るからには働いてもらいたい」

 僕の仕事は愛人だ。閨のお相手と可愛いがお仕事だ。働けとは。一体、なにがどうなっている。

「僕に働けとは……何をすればよろしいのでしょうか」

「そうだな、君、えーと」

「ノエルです」

 一回で覚えろ。

「そう、ノエル。料理はできるか?」

「やったことがありませんが、やってやれないことはないでしょう」

「そうか、なら明日の朝食はノエルに任せよう」

 なに、楽勝だ。



 ***



「おお……食材が……」

「煙が、窓を開けてきます」

「……………」

 肉は消し炭に。煮込んでいた野菜は溶けてなくなった。塩、どれが塩だ。なぜ火が言うことを聞かない。
 伯爵と使用人のヒョロ男、ヤンに見守られながら作った朝食は見るも無残な姿になってしまった。

「……………まあ、他にする事は沢山ある。ノエルにも何かできることはあるだろう。焦らなくていい」

「焦ってなんかいません。そもそも僕は、僕の仕事は」

「とりあえずパンとチーズでいいですかね旦那様」

 どきりとした。
 旦那様はここでは伯爵のことだ。
 僕はもう、僕の旦那様を卒業したんだ。


 一つテーブルでパンとチーズと水の食卓を囲む伯爵と僕とヤン。
 使用人と同じ席で食事するのかこの人。

「伯爵様、他に使用人はいないのでしょうか」

「ジークベルトでかまわん。この屋敷に居るのは俺とヤンだけだ」

 どういうことだ。

「うん、叔父にな、領地を譲ったんだ。それでその、収入が無くなったわけだな。だから人を雇えない。君の場合は君の主人から頼まれていて少し援助もしてもらっているから君の生活に関しては最低限、保証はできると思う。ただ、ここに居る限り遊んで暮らすわけにもいかないからヤンと分担して君にもできることをしてもらいたい」

 収入がない。

「ああ、無くなったのは領地の税収だからな。今はこの森の管理をして国から少しだが給金が出てる。生活には問題ない」

 倒れそうだ。旦那様。
 なんで、どうして、僕をここへ?
 美しいバラの庭で優雅に紅茶を口にする僕の幻影が霧散していった。




 その日から僕は屋敷の仕事を覚えるためにヤンについて回ることになった。

 薪割り。もう少し鍛えてからということになった。
 鶏と馬の世話。怖かった。
 掃除および皿洗い。これ以上この屋敷の資産を減らしてはならないと思った。
 洗濯。たらいに水を張り、汚れものを入れて足で踏んで、絞って干す。できた。
 ちょっと絞りが足りなくて水が滴り落ちてるけど、できた。
 この屋敷で魔法が使えるのはジークベルト様だけだしジークベルト様は普段の生活のためには魔法は使わない。
 よって全てが人力の手作業。

 僕の仕事は洗濯係ということになった。
 頑張るぞー!



 じゃなくて!

 違う!僕の仕事は愛人だ!閨の相手だ!セックスだ!
 一週間も真面目に洗濯係をしてしまった。僕は一体何をやっているんだ。


「お話があります!!」

 その夜、寝支度を済ませて床につこうとするジークベルト様の寝室に突撃した。

 枕の高さを調節していたジークベルト様のベッドに乗り上げて正座。この際、僕の存在理由をとことん教えて差し上げよう。

「いいですか、ジークベルト様。僕は、旦那様、公爵様の元で閨のお相手を勤めること六年。精通も始まらぬ十の歳からこのお役目を果たしてきたのです。その僕が、今ジークベルト様の元にやってきたその意味を、ジークベルト様はわかっておられないご様子!今夜こそは僕の本来の勤めを果たすまでここを一歩も退かぬつもりです!」

 興奮のあまり、ふん!と鼻息が出てしまった。美少年にあるまじき失態。

「はあ……」

 ぽかんと口を開けた間抜け面のジークベルト様。これはちっともわかってないな。こうなったら実力行使だ。脱げ、さっさと脱げ。

「ちょっ、ノッ……おい!」

 ジークベルト様の寝間着のシャツを捲り上げズボンを下着ごと下ろして性器を取り出す。
 どうした。元気がないな。しっかりしろ。待ってろ、今僕が。そっと持ち上げてぱくり、と咥えた。
 ジークベルト様が息を飲むのを感じた。
 よしよし、怖がらなくてもいいからな。優しくしてやる。壊れ物を扱う気持ちで丁寧に舐めたり擦ったり玉を揉んだり先の割れ目に舌を這わせ親指と人差し指の輪で根元を擦る。
 ……おかしい。一向に反応がない。

 僕の頭の上からため息が聞こえた。

「ノエル、もういい」

 ジークベルト様の手が肩を押して体を起こされた。諦めたら、ほら、あれだ。

「そうだなノエル、君は閣下の稚児だったな。忘れていたよ。けれど私の愛人になる必要はないんだ」

「なぜです、あ!男はダメでしたか?」

 根本的な確認を怠っていた。

「そうじゃない」

 よかった。もしそうだったら僕がここに来た意味がわからなくなるとこだった。

「勃たないんだ」

「……え?」

「その、勃起しない」

 言い方変えても同じだ。

「ふのー……」

「そうはっきり言われると傷つく」

「あっ」

「ちょっと昔……あってね。勃たなくなった。君が私の愛人として来ていたとは知らなかったから済まないことをしたね。閣下に手紙を書くから迎えに来てもらうといい」

「いいえ!僕は帰りません!」

 その時、僕の頭に天啓のごとく鐘が鳴り響いた。
 これだ!! 
 旦那様が僕にさせたかったこと。何のために僕がここにつかわされたのか、今やっとわかった。
 そう!この方の不能を治すことこそが僕に与えられた使命!

「一緒に頑張りましょう。僕に任せてくだされば必ずやジークベルト様の性器をバキバキに勃起させてご覧に入れます!」

 拳を振り上げて宣言する僕にジークベルト様は若干引いていた気がする。







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