終身雇用でお願いします

銭井

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 ジークベルト様が不能になった理由。

 それは、叔父に渡したという領地に関することだった。
 長い話になります、と沈痛な面持ちで語り始めるヤン。

 叔父である子爵の夫人の連れ子の娘に誘われて関係を持ったら無理やり襲われたと訴えられ責任を取って結婚するつもりが実は娘には婚約者がいて、その相手が伯爵家と仲の悪い貴族ですったもんだの末に伯爵家の領地を子爵に引き渡すことで手打ちとなった、と。
 それ以来ジークベルト様のジークベルト様が勃ち上がることはなくなった。

 ジークベルト様って馬鹿なのかな。
 こんなあからさまな美人局に引っかかる貴族がいるなんて。

「人が良すぎるのです。厄介ごとを押し付けられては損ばかりなさる」

 そう言いながらヤンが僕を見る。なんだ、何が言いたい。

「ヤン」

 地を這うような低い声が響く。
 ヤンが消えた。

「逃げ足だけは早い」

 ため息をついたジークベルト様が、僕の向かいの席に着いた。
 僕は慌てて立ち上がってお茶の用意をする。湯も沸かせるようになったし茶葉の量も覚えた。
 あとは一朝一夕でどうにかなるものではない。お茶を口に含んだジークベルト様の眉間にシワがよる。渋かったかな?どんまい。

「ヤンから聞いたんですけど色仕掛けで領地盗られて不能って本当ですか」

 三行もいらないくらいの話だった。
  
「身もふたもない言い方をしないでくれないか」

 ジークベルト様が頭を抱えた。
 理由はともかく不能は治したい。
 性の楽しみを失った人生なんて味気ないじゃないか。




 薄明かりの下、怠くなった顎をさすった僕はため息をつきたくなるのをグッとこらえて目の前の性器を見つめた。

「ノエル」

「まだこれからです」

「もういいんだ。私は特に困っていないからね。資産も領地もない、妻を娶る甲斐性もない。こんな私が勃たせたところで使いどころがないよ」

 なんて悲しいことを言うんだ。
 僕が今まで聞いた中で二番目くらいには悲しい話だ。
 見たところジークベルト様はまだまだお若い。枯れるには早い。性器は使ってなんぼだ。腐らせるには惜しいブツをお持ちだしこのまま引き下がるには僕のプライドが許さない。
 しかし、ジークベルト様の心の傷の根は深い。ただいたずらに性器を弄り倒してどうにかなるものでもなさそうだ。
 何か別の方法を考えないと。



【勃起不全(勃起障害)】

 ・心理的なものである場合。

 仕事のストレスや性行為の失敗などのトラウマが原因と考えられる。

【治療法】

 ・薬物治療が最も多く用いられる治療法である。

 効果の期待できる治療薬について下記のものが挙げられる。




 だめだ。薬に頼るなんて。
 僕は手にした本を勢いよく閉じた。
 心理的原因っていってもちょっと女に騙されて強姦魔呼ばわりされて領地奪われたくらいのこと。
 いや、結構な原因だな。そりゃ心もちんこも折れる。

 お屋敷の書庫で見つけた医学大全。
 他の医学書を探しても薬以外の治療法が載っている本が見つからない。困ったな。

 とにかくストレスは大敵。そしてトラウマ克服。
 貧乏だけど、たまにイノシシの出る森の中をうろつくだけの簡単なお仕事でのびのび生活してる様子はストレス面での心配はなさそうだ。
 問題はトラウマの方だ。
 女に騙された心の傷。これを男の僕が癒せるかどうか。
 直接的な刺激は効果がなかったわけだから……うーん。

 書庫の机に積み上げられた本を眺めた。もう家庭の医学百科だの伝説の民間療法だのの緩い本しかない。一番上の一冊を取ってペラペラと紙をめくる。
 そのうちの一節に目が止まった。読み込んで思わずニンマリと口角が上がる。これならいけるかもしれない。


「ジークベルト様、今日の目玉焼きは僕が焼きました。お口に合うといいんですけど……」

 パンと炙った干し肉と一緒に並ぶ白と黄色のコントラストが美しい一品。
 僕が朝一番に鶏小屋から取ってきた新鮮卵。僕は鶏と和解して彼女の卵をもらう許可を得た。そしてゆで卵と目玉焼きを作れるようになった。すごい。

「うん?……あ、ああ。うん悪くないが塩が有るともっとうまいかな」

「しお」

 忘れてた。持ってこようとする僕を止めて僕にも食べるよう促す。一緒に食事を取ると給仕の不手際のフォローができなくて不便だ。

「今日はこれでいい。焦がさなくなったのは進歩だな」

 褒められた。うれしい。
 改めて自作の目玉焼きを口にする。
 次は、塩忘れない。
 さっきから黙って食べていたヤンの皿に胡椒の粒が見えた。

 昼前にジークベルト様が街に出ると言うので僕もお供することにした。
 街の入り口で馬を預けて人混みの中をべったりくっついて歩いていたら手を握ってくれた。ちょっと保護者っぽいけど僕の作戦は順調だ。

 書庫で見つけた本の内容には、妻に反応しなくなった夫との夫婦仲を改善する方法が書かれていた。

『無理に性行為をしようとせず、一旦別の触れ合い方を試みるべし。デートや性交を伴わない添い寝などが有効』

 そう、これはデートだ。
 お金がないから屋台を冷やかして、あちこち歩き回るだけのデートだ。
 それにしてもジークベルト様は歩くのが早い。
 歩幅が違うのだから僕に合わせるべきだ。そんなことだから騙されるんだ。まったくもってなってない。
 息が切れそうな僕が必死に足を動かして着いて行くのに気が付きもしないでまるで犬の散歩みたいに手を引っ張って歩くジークベルト様が一軒の店に入った。
 服屋だ。

「ノエルの持ってきた服はどれもヒラヒラしていて動きにくそうだからな。私の服は寸法が合わないしここで見繕おうと思う」

 渾身の愛人服コレクションにダメ出し。
 飾り気のないお手頃価格のシャツを何枚か買ってもらい消耗品を何点か買い足して昼はその辺の屋台で肉と野菜の炒め物を挟んだ揚げパンとジュースを買ってもらってその辺のベンチに二人並んで座って食べた。
 不能に効果があるかはわからないけど僕とジークベルト様は終始和やかにお話などして主従の親睦は深まったと思う。
 次は夜だ。


「添い寝」

「はい、添い寝です。今日は何もしません。ただジークベルト様の隣で一緒に眠るだけです」

「ノエル、私はもう諦めているよ。君が私のために一生懸命なのはありがたいが本当に必要ないんだ」

「わかっております。しかし、試さずにはいられないのです。僕はジークベルト様に人と触れ合うことは気持ちがいいのだと知ってもらいたいのです。僕は……」

「ノエル?」

「いえ、もう寝ましょう!ほら、横になってください」

「あ?ああ、そうだな」

 ぴったりと体をくっつけてジークベルト様の背中を撫でる。
 手のひらを当てるとそこから気持ちが流れ込んでいくような気がする。伝わればいいと思う。
 人と触れ合うのは怖くない。気持ちいい、暖かい、安らぐ。体が馴染めば心もつられて寄り添おうとする。好きになる。
 僕は旦那様との生活でそう覚えた。
 ジークベルト様にも思い出してもらいたい。
 気持ちいいと、知っている筈だ。忘れてしまっただけだ。
 落ち着きなく身動いでいたジークベルト様が大人しくなって肩がゆっくりと上下し始める。聞こえてきた寝息に誘われて僕も眠りに落ちた。





 今日は森を見回りに行くというので僕もついて行くことにした。
 弓を担いで騎乗したジークベルト様の前に乗せてもらう。
 ぽこぽこ、ゆっくりと馬が歩みを進める。
 森は所々程よく光が入って下生えも豊かだ。焚き付けに使う枯れ枝も充分乾燥してあちこちに落ちている。
 リスが飛んだ。鳥が逃げた。目の端をよぎった影は鹿かな。
 ここはジークベルト様の領地でもなんでもなくて、王家の直轄地で今は誰も住んでいない宮の農園と森をジークベルト様が管理している。
 途中枝拾いの老人に会った。ジークベルト様を見て頭を下げていた。農園を任せている近くの村の者だという。

 何代か前の王様のたった一人の側室のためだけに作られた宮とその森。あるじの居なくなった宮とその周囲の環境は今だに当時そのままを保善することを義務付けられている。
 税金の無駄だな。
 でもその無駄のおかげでジークベルト様の仕事があるんだ。

 森の奥にその宮はあった。
 当時の王様に愛された側室という話だったのに随分と小さく、宮というよりタウンハウスに毛の生えたような建物だった。
 王様が亡くなったあとの側室様の扱いが良くなかったらしいことは聞いたことがあったのでそのせいかもしれない。
 ここも近所の村から手伝いを呼んで手を入れさせてジークベルト様が週に一度ここに来ては確認をしている。
 不遇の側室様のこの宮を残すことにしたのは次代の王で、噂では側室様に横恋慕して居たとかなんとか。ずっと昔の話だし尾ひれはひれがついてるだろうけどそういう話は結構好きだ。

 使われることのない宮の管理をしながら一人で生きて行くジークベルト様。誰も使わない宮の管理をこんなにも真面目に勤めている。
 いくら本人がそれでいいと言っても僕が嫌なのだ。ジークベルト様の人生に、気持ちのいい事を一つでも増やしていきたい。


「疲れたか。少し眠るといい」

 近くの農家で昼をよばれ一日中森の中をうろついて夕方やっと屋敷に戻る途中の馬上で僕はジークベルト様にもたれて半分眠って居た。
 腕一本で支えられてるのに落ちる心配が少しもない安定感。フラフラする頭を胸に預けて気持ちよく寝てしまった。


 夜、よーし今夜も添い寝だ、と張り切ってジークベルト様の元へやってきた。苦笑いでそれでもベッドに入れてくれるジークベルト様はヤンの言う通りどこまでも人が良い。
 僕の気がすむまで、と思っているのだろう。優しい、いい人だ。
 僕はジークベルト様を好ましく思うようになっていた。








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