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しおりを挟む「穀潰しやないかーい」
スマホの画面越し、投げつけられた言葉に肩を揺らして笑っていた譲の動きが止まる。
お笑い芸人のコント動画だ。
言葉の意味はわからないが何か引っ掛かるものを感じ、思わず動画アプリを閉じた。
検索サイトに「ごくつぶし」と打ち込む。
一通り読み尽くすと、今度はそのまま求人サイトを検索し始めた。
穀潰し。
仕事もせず遊んで暮らす者。
無駄飯食い、など。
譲は混乱した。
譲のことを言っているわけではない。
家政婦として立派に雇われの身である。
それでも一度浮かんだ疑問は消えない。
本当に?
条件は蕎麦屋で働いていた時と同じ。
給料から諸経費と家賃を引かれて渡される。
その雇い主兼、家主の敬一はごく普通のサラリーマンである。
詳しく聞いてはいないが、失礼ながら人を雇うほどの収入があるようには思えなかった。
住居についてもそうだ。
間借りしている身で言えることではないが。
ダイニングキッチンと六畳と四畳半にユニットバスがついているとはいえ、古くてボロい。
場所も中心部から離れていて通勤に電車で三十分はかかっている。
大丈夫なのか。
無理をさせているのではないか。
掃除も洗濯も終えてはいるが、こんなふうに昼下がりの台所で一人、お笑いの動画を見ている場合ではないのではないか。
敬一は今頃必死になって働いていることだろう。
これから春にかけて、どんどん忙しくなるのだと言っていた。
譲はこの後、自室で昼寝をするつもりだった。寒いと言ったら敬一が電気毛布を買ってくれたのだ。
本当はこたつが欲しかったがそれは言わなかった。
言わなくてよかった。
恋人同士になることが最終目標であるが、なんの進展もない現時点では単なる同居人だ。
少し図々しすぎたかもしれない。
簡単な家事と世間話。時々、買い物に一緒に行く。
敬一は、その度に足りないものはないかと聞いて、あれこれ買おうとする。
このままでいいのだろうか。
まともに恋愛をしたことのない譲である。
何をどうすれば敬一と恋人になれるのか、行き詰まるどころか努力することすら忘れていた。
あまつさえ家政婦と呼ぶのも怪しいこの状況。
穀潰し。
その方がしっくりくる。
ほんの少しの家事で三食昼寝が許されているのは敬一の譲への好意があってのことである。
謎の焦燥感が譲を襲う。
条件の、高卒以上の文字を見つけるたびに閉じては検索をしなおした。
気がつけば無意識に出会い系のサイトを開いていた。
以前、関係のあった男の連絡先もまだ消していない。
暴力を振るわず、金払いのいい男だった。
譲は、勢いよく椅子から立ち上がると風呂場に向かった。
顔を洗って髭を剃り、ピアスを外して髪に櫛を入れる。寝癖がないか念入りに確かめた。襟足が長めなのは仕方がない。
鏡から垂れ気味の目がこちらを見つめ返す。
両頬をパチンと一つ、叩いて気合を入れた。
朝から着替えもしていないジャージの上にダウンを羽織り財布とスマホをポケットに入れて玄関を出た。
***
がちゃりとドアが開く音がして敬一が帰ってきた。
コートを脱ぎ、スーツ姿の敬一がまとう冷気が譲の頬を掠める。
寒かったのだろう。
「おかえり。早かったね」
敬一の帰宅時間はこのところ遅くなる一方で、すっかり油断していたのだった。
夕飯の用意は済んでいたが、配膳はまだのテーブルの上はひどく散らかっている。
白い紙に小冊子、ボールペン。
「ただいま。……なんですか、それ」
困惑したように敬一が問う。
「ごめん。すぐ片付ける」
譲は慌てたように広げられた用紙や冊子を集めだした。
「いや、いいんですけど。……これ、履歴書?」
敬一が紙を一枚、手に取って首を傾げる。
「と、就職情報誌」
テーブルの上に目をやる。よく見れば顔写真も散らばっている。
「うん。えーと、うん」
譲は、笑って履歴書の用紙を敬一から取り返した。
気恥ずかしさを誤魔化すように頬を掻く。
「バイト、かなんか探そうと思って」
「バイト」
呆然と繰り返すと、見る間に顔を青くした敬一が譲の肩を掴む。
「え、なんでですか。なん、欲しいものがあるんですか?か、僕が買い」
「葉山さん、ちょっと」
落ち着いて、と敬一を椅子に座らせる。
熱い茶を淹れたマグカップを差し出して、譲も向かいに腰掛けた。
「えっとね、葉山さん。聞きたいことがあるんだけど」
「はい」
俯いて沙汰を待つ敬一がなにか悪い想像をしていることは譲にもわかった。
長引かせてはいけない 。
「俺の給料ってどこから出てます?」
「……はい?」
何を言われたのかわからないといった顔で敬一が譲を見た。
「ごめん。失礼なのわかってんだけど葉山さん……俺のこと雇える給料もらってんのかなって。無理してない?」
「そ、れは」
マグカップを握りしめて言い淀んだ。
「葉山さん。俺、ここを出て行く気は全然ない。今のところは。でも本当のこと言ってくれなかったら、考えるかも」
思った通りこれが一番効く。
敬一が再び口を開いたのだ。
「僕の給料で足りなければ保険の、解約をするつもりでいました」
案の定だった。
「まだ、大丈夫なんです。真野さんに不自由な思いは」
譲の手が、敬一の震える手をカップごと包みこむ。
「無理はしてほしくない」
「でも、そうでもしなかったら、あの時の真野さんはきっと他の男のところに行ってました」
それは否定できなかった。
いよいよとなればその可能性もなくはなかった選択肢だ。
「早い者勝ちだと、焦りました」
譲には無償で宿を提供してくれる友人はいない。
居るのは客だけだ。宿代の替わりに体を求めるだけの彼らの間で譲の争奪戦など起こるはずもなかった。
相手は譲でなくても誰でもいいからだ。
「葉山さん、俺と恋愛したいんだよね?」
敬一が、のろのろと顔を上げ小さな声で「はい」と頷く。
「俺も。俺も恋愛がいい。お金じゃなくて。部屋を貸してもらう代わりとかじゃなくて葉山さんとだけセックスしたい」
「真野さん……」
「恋愛って、そう言うことで合ってる?」
「わかりません」
また下を向く。
「でも、そうだといいな、と思います」
はっきりしない。
が、とりあえず、それはそれでよしとする。
暇を持て余していた日々の中、ドラマや漫画にリアリティーショー。
恋愛に関するものはなんでも見た。
これまで興味もなかったジャンルだ。
言葉の意味まで調べた。
恋愛。
特定の人に特別な愛情を持つこと。
特別な愛情はまだわからないが、特定の相手ならわかる。
葉山敬一の他にはいない。
譲を好きだと、恋がしたいのだとそう言ってくれたのは敬一だけだ。
ちゃんと恋愛だと言えるようになること。
それから敬一とセックスをする。
今度はちゃんと恋人同士として、だ。
「俺、働くよ」
ごくつぶしじゃないし、と独りごちる。
「……出て行かないですよね」
頼りない声。縋るように譲を窺い見る敬一がかわいい。
「うん。一緒にがんばろう」
握ったままだった両手を引き寄せて、指先に口づける。
真っ赤な顔で振り払われるのはもはや、お約束だ。
「そういうのは、まだ先だと……」
笑う譲を不本意そうに眺めていた敬一が、つられたように唇の端を持ち上げた。
今はこれで充分。
なかなか収まらない笑いの発作の中で、いつか敬一の全開の笑顔が見れたらいいなと譲は思った。
了。
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