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第1章 出会編
第4話 たのし、かったね
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翌日、保育園は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
まず、保育園側は美羽に謝罪をし、美玲にも謝罪をした。
そして、警察を呼び、臨時での休園をし、記者会見の準備もした。
柏原からの聞き取りによると、他にも被害に遭っている子がいて、そちらの対応、その他の保護者たちへの説明にも時間を取られていた。
「しばらくは、通常保育はできないみたいねぇ。美羽ちゃんと美奈ちゃんは保育園お休みしようね。ママもお休み取るからね」
「ママといっしょにいられるの?」
「ママいっしょ?」
「ええ、そうよ」
「「やったー」」
そこに美玲のスマホがなり、美玲が受ける。
電話の内容は、しばらく休むために引き継ぎをお願いしたものだった。
美玲はいつ子供が病気になってもいいように、普段から簡単に引き継ぎをできるようにしているのだが、どうしてもきて欲しいとのことだった。
「ごめんなさい、美羽ちゃん、美奈ちゃん。ちょっとだけ会社に行かないといけなくなったの。少し二人でお留守番していてもらえるかしら」
「パパ、くるかな?」
「大丈夫、今日は来ないはずよ」
「それなら、おうちでまってるよ」
「まってるー」
「ありがとうね。それじゃあ行ってくるわね。すぐ戻ってくるわ」
「あ、待ってママ」
そう言って、美羽は両手を広げる。
美玲は優しい笑顔で美奈と一緒に抱きしめてくれる。
二人のおでこにキスをしてくれて、離れる。
美羽と美奈はニコニコになった。
「ママ、だいすきだよ」
「ママ、だいすき」
「美羽ちゃん、美奈ちゃん私も大好きよ」
「うん、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って美玲は出て行った。
そして、この家に美玲は2度と帰ってこなかった。
「うわーーーーーん、ママーーーーー」
葬式の会場に美奈の鳴き声が響く。
美羽は美奈を黙って抱きしめるしかなかった。
美羽は美玲の訃報があった時から、一度も泣いていない。
自分がないてしまっては美奈を守れないと思ったからだ。
大人たちが、美玲のことを話している。
「仕事の帰りにスピード違反のトラックに突っ込まれたんですって」
「まあ、かわいそうに。お子さんもまだ小さいんでしょ」
「あの子達だけど、5歳と3歳ですって」
「まあ、かわいそうに」
美奈は泣いて泣き疲れて寝てしまったので、椅子を横に並べて寝かして、美羽は美奈の頭を撫でていた。
そこにある中年の夫婦がやってきた。
「美羽ちゃんかな?」
美羽は顔をあげ答える。
「うん」
「私はあなたのママの美玲のお母さんなのよ。名前は小桜弥生っていうの。こっちは美玲のお父さんで小桜幸太郎。
あなたのおじいちゃんとおばあちゃんよ」
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
「ええ、そうよ。初めまして美羽ちゃん」
「はじめまして、おおやまみうです」
「あら、ちゃんとご挨拶できてえらいわね」
「ありがとうございます」
「私たちね、二人にお話があったの。美奈ちゃんは寝ちゃってるけど、このまま話しちゃっていいかしら」
「はい」
「私たちは、あなたたち二人を引き取りたいと思っているのよ。うちに来ない?」
「おばあちゃんのうちにですか?」
「ええ、そうよ」
「みなちゃんもいっしょですか?」
「ええ、一緒に来て欲しいのよ」
「……いきたいです」
呟くようにそういうと、弥生はパァと顔を明るくさせた。
「ええ、ぜひ来てちょうだい。すぐに賢治さんに話を通してくるわね」
そう言われて、美羽は嬉しそうな顔をするが、次に聞こえてきた声に肩をびくっと震わせて硬くなる。
「その必要はない」
賢治だった。
弥生が賢治に向き直りすぐに話し出す。
「賢治さん、美羽ちゃんと美奈ちゃんを引き取りたいのだけど」
「断る。こいつらは俺の娘だ。どこにもやるつもりはない」
「あなたが育てられるの? 仕事も辞めているっていう話じゃない。経済的にも精神的にも子育てをしながらは難しいと思うのよ」
「子育てなんか簡単だ。今までもやってきたんだからな」
嘘である。今まで賢治が子育てに加わったことはない。
美羽は下を向いてびくびく震えている。
賢治は美羽を見下ろして言う。
「お前、さっき行きたいとか言ってたよな」
「……」
賢治が美羽の顔に自分の顔を寄せ凄む。
「後で覚えておけよ」
「ひっ」
弥生がすかさず口を挟む。
「やめなさい! 子供に向かって脅すような真似なんて、恥ずかしくないの?」
「はは、俺の子供だからどうしようと俺の勝手だ」
「なんて人なの! 美玲に聞いていたわ。あなたのやっていたこと。あなたに子供を育てる資格なんかないわ」
「だから、どうした。どうもできないだろ。俺が親なんだから」
「そこまでにしなさい、賢治!」
そこへ、第3者が現れる。
賢治の母親で美羽の祖母の香奈美だった。
「あれ、母さんこっちにきてたのか?」
「当たり前でしょ。美玲さんのお葬式なんだから。それよりも美羽ちゃんに謝りなさい。親として最悪なことをしたわよ」
「それは、俺の親だからって強制される謂れはないなぁ。親子の問題だからな」
「あなた、美羽ちゃんのその怯えよう、ただ事じゃないわ。普段何してるの!」
「何もやってないよなぁ、美羽」
賢治は再び美羽の顔に近づき小声で言う。
「余計なこと言うんじゃねえぞ。言ったらわかってんな」
美羽が青い顔になる。
「なあ、美羽。どうなんだ? 俺は何かやったか?」
「……やって、ないです」
「ほら、何もやってない。本人が言ってるんだからやってないだろ」
賢治は弥生に向かって言う。
「親権は俺にあるんだから、何もしようがないんだよ」
それまで黙っていた、祖父の幸太郎が前に出た。
「いい加減にしないか。君が美羽ちゃんを脅して言わせているのは明らかなんだ。児童相談所に訴えるぞ」
「ははは、勝手にすればいい。俺は虐待なんかしてないけど、児童相談所に訴えても保護できるまでに時間がかかるんじゃないのか?」
賢治の物言いに、全員が絶句した。
暗に、余計なことをしたら、保護される前にひどい目に合わせてやるといっているのだ。
賢治に子供達を育てる気など全くなかった。
賢治は執念深い性格で、美玲に組み敷かれたことをいつかは復讐したいと考えていた。
しかし、美玲は亡くなってしまったので、その腹いせにその親に嫌がらせをし子供には虐待をしようとしているのだ。
(美玲、見てみろ。お前はもう守れないだろうが)
「美羽!」
美羽は肩をびくつかせる。
「ひっ」
「あはは、ひっ、だってよ。おい、お前どこにも行きたくないよなぁ」
賢治が凄む。
美羽は今まで見た賢治の酷薄な顔を見て恐怖に駆られた。
「どこ、にも、いきたく、ないです」
「そうだよなぁ。聞いたか? 美羽はどこにも行きたくないんだよ。諦めんだな」
賢治は愉快そうに、全員の顔を見ると離れていった。
残されたものたちは悔しそうに顔を歪める。
香奈美が弥生たちに頭を下げた。
「申し訳ありません。あんな男にしてしまったのは私の責任です」
「いえ、今はそれを言っている場合ではありません。美羽ちゃんを引き取るために手を貸していただけますか?」
「はい、夫は今、病気で動けませんが、私にできることならなんでもさせていただきます」
「それでは、何かあってからでは遅いので、早急に手を打ちましょう。まずは児童相談所に行ってみます」
そう言うと、弥生は美羽の前に膝をついて、目線を合わせた。
「美羽ちゃん、必ず助けるから、待っててね」
「……はい」
今度は香奈美が膝をついた。
「美羽ちゃん、遅れちゃったけど、私もあなたのおばあちゃんで香奈美っていうの。よろしくね。美羽ちゃんはスマホって持ってるかしら?」
「持ってます」
「じゃあ、連絡先交換しましょう」
「あ、私も交換してくれる?」
美羽は香奈美と弥生、幸太郎と連絡先を交換した。
これで、一安心という油断が香奈美と弥生にはあった。
しかし、事態は考えもしない最悪な方向へ向かっていった。
葬式から14日後
美羽と美奈は、賢治から家から出るなと厳命をされ、スマホも取り上げられて、家で放置されていた。
家にある食料は食べ尽くしてしまい、もう何日も何も口にしていない。
できるだけ動かないようにベッドで横になっている。
衰弱していく美奈を見て自分の無力さに手を握りしめようとするが、そんなことさえまともにできないくらい力が入らない。
美奈が口をひらく。
「お、ねえ、ちゃん」
「な、に」
「きんぎょ、およい、でる」
美玲がぶら下げてくれた金魚ちょうちんが開いた窓から入る風で揺れている。
「およい、でる、ね」
「たのし、かったね。おまつり」
「たのし、かったね」
「おねえ、ちゃん」
「なに?」
「みなね、もう、てんごく、いくの」
美羽は力を振り絞って、美奈の手を握る。
美奈の手には全く力が入っていない。
「みなちゃん、だいじょ、うぶ、だよ」
「ママに、あえる、かなぁ」
「みな、ちゃん、おばあちゃんが、たすけて、くれるから」
「たのし、み、だなぁ」
「みな、ちゃん、おいて、いかないで」
「おねえ、ちゃん」
「みな、ちゃん」
「あり、が、とう、ね」
美羽は美奈がもう逝くのだと、理解した。
美羽は精一杯の笑顔を作る。
「わた、し、も、ありが、とう」
美奈が薄く笑った。
美奈は眠るように目を閉じた。
美羽にも美奈が死んだことがわかった。
「みな、ちゃん、おや、すみ」
美羽はすでに涙も出ないし、泣く気力も残っていなかった。
だから、静かに送り出してあげた。
それから、さらに3日後に直接訪れた、弥生によって、家のドアがこじ開けられた。
この2週間あまり、児童相談所は複数回訪れていたが、賢治の言いつけを守っていた姉妹は開けなかった。
部屋の中では、美奈が変わり果てた姿になっていた。
しかし、美羽は確かにいた形跡はあるのだが、どこを探しても見つけることができなかった。
祖父母たちはもっと早く来るべきだったと後悔をした。
賢治は保護責任者遺棄致死の疑いで知人女性の家にいるところを逮捕された。
美羽の居場所についても厳しく追求されたが、ついに見つからなかった。
まず、保育園側は美羽に謝罪をし、美玲にも謝罪をした。
そして、警察を呼び、臨時での休園をし、記者会見の準備もした。
柏原からの聞き取りによると、他にも被害に遭っている子がいて、そちらの対応、その他の保護者たちへの説明にも時間を取られていた。
「しばらくは、通常保育はできないみたいねぇ。美羽ちゃんと美奈ちゃんは保育園お休みしようね。ママもお休み取るからね」
「ママといっしょにいられるの?」
「ママいっしょ?」
「ええ、そうよ」
「「やったー」」
そこに美玲のスマホがなり、美玲が受ける。
電話の内容は、しばらく休むために引き継ぎをお願いしたものだった。
美玲はいつ子供が病気になってもいいように、普段から簡単に引き継ぎをできるようにしているのだが、どうしてもきて欲しいとのことだった。
「ごめんなさい、美羽ちゃん、美奈ちゃん。ちょっとだけ会社に行かないといけなくなったの。少し二人でお留守番していてもらえるかしら」
「パパ、くるかな?」
「大丈夫、今日は来ないはずよ」
「それなら、おうちでまってるよ」
「まってるー」
「ありがとうね。それじゃあ行ってくるわね。すぐ戻ってくるわ」
「あ、待ってママ」
そう言って、美羽は両手を広げる。
美玲は優しい笑顔で美奈と一緒に抱きしめてくれる。
二人のおでこにキスをしてくれて、離れる。
美羽と美奈はニコニコになった。
「ママ、だいすきだよ」
「ママ、だいすき」
「美羽ちゃん、美奈ちゃん私も大好きよ」
「うん、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
そう言って美玲は出て行った。
そして、この家に美玲は2度と帰ってこなかった。
「うわーーーーーん、ママーーーーー」
葬式の会場に美奈の鳴き声が響く。
美羽は美奈を黙って抱きしめるしかなかった。
美羽は美玲の訃報があった時から、一度も泣いていない。
自分がないてしまっては美奈を守れないと思ったからだ。
大人たちが、美玲のことを話している。
「仕事の帰りにスピード違反のトラックに突っ込まれたんですって」
「まあ、かわいそうに。お子さんもまだ小さいんでしょ」
「あの子達だけど、5歳と3歳ですって」
「まあ、かわいそうに」
美奈は泣いて泣き疲れて寝てしまったので、椅子を横に並べて寝かして、美羽は美奈の頭を撫でていた。
そこにある中年の夫婦がやってきた。
「美羽ちゃんかな?」
美羽は顔をあげ答える。
「うん」
「私はあなたのママの美玲のお母さんなのよ。名前は小桜弥生っていうの。こっちは美玲のお父さんで小桜幸太郎。
あなたのおじいちゃんとおばあちゃんよ」
「おじいちゃんとおばあちゃん?」
「ええ、そうよ。初めまして美羽ちゃん」
「はじめまして、おおやまみうです」
「あら、ちゃんとご挨拶できてえらいわね」
「ありがとうございます」
「私たちね、二人にお話があったの。美奈ちゃんは寝ちゃってるけど、このまま話しちゃっていいかしら」
「はい」
「私たちは、あなたたち二人を引き取りたいと思っているのよ。うちに来ない?」
「おばあちゃんのうちにですか?」
「ええ、そうよ」
「みなちゃんもいっしょですか?」
「ええ、一緒に来て欲しいのよ」
「……いきたいです」
呟くようにそういうと、弥生はパァと顔を明るくさせた。
「ええ、ぜひ来てちょうだい。すぐに賢治さんに話を通してくるわね」
そう言われて、美羽は嬉しそうな顔をするが、次に聞こえてきた声に肩をびくっと震わせて硬くなる。
「その必要はない」
賢治だった。
弥生が賢治に向き直りすぐに話し出す。
「賢治さん、美羽ちゃんと美奈ちゃんを引き取りたいのだけど」
「断る。こいつらは俺の娘だ。どこにもやるつもりはない」
「あなたが育てられるの? 仕事も辞めているっていう話じゃない。経済的にも精神的にも子育てをしながらは難しいと思うのよ」
「子育てなんか簡単だ。今までもやってきたんだからな」
嘘である。今まで賢治が子育てに加わったことはない。
美羽は下を向いてびくびく震えている。
賢治は美羽を見下ろして言う。
「お前、さっき行きたいとか言ってたよな」
「……」
賢治が美羽の顔に自分の顔を寄せ凄む。
「後で覚えておけよ」
「ひっ」
弥生がすかさず口を挟む。
「やめなさい! 子供に向かって脅すような真似なんて、恥ずかしくないの?」
「はは、俺の子供だからどうしようと俺の勝手だ」
「なんて人なの! 美玲に聞いていたわ。あなたのやっていたこと。あなたに子供を育てる資格なんかないわ」
「だから、どうした。どうもできないだろ。俺が親なんだから」
「そこまでにしなさい、賢治!」
そこへ、第3者が現れる。
賢治の母親で美羽の祖母の香奈美だった。
「あれ、母さんこっちにきてたのか?」
「当たり前でしょ。美玲さんのお葬式なんだから。それよりも美羽ちゃんに謝りなさい。親として最悪なことをしたわよ」
「それは、俺の親だからって強制される謂れはないなぁ。親子の問題だからな」
「あなた、美羽ちゃんのその怯えよう、ただ事じゃないわ。普段何してるの!」
「何もやってないよなぁ、美羽」
賢治は再び美羽の顔に近づき小声で言う。
「余計なこと言うんじゃねえぞ。言ったらわかってんな」
美羽が青い顔になる。
「なあ、美羽。どうなんだ? 俺は何かやったか?」
「……やって、ないです」
「ほら、何もやってない。本人が言ってるんだからやってないだろ」
賢治は弥生に向かって言う。
「親権は俺にあるんだから、何もしようがないんだよ」
それまで黙っていた、祖父の幸太郎が前に出た。
「いい加減にしないか。君が美羽ちゃんを脅して言わせているのは明らかなんだ。児童相談所に訴えるぞ」
「ははは、勝手にすればいい。俺は虐待なんかしてないけど、児童相談所に訴えても保護できるまでに時間がかかるんじゃないのか?」
賢治の物言いに、全員が絶句した。
暗に、余計なことをしたら、保護される前にひどい目に合わせてやるといっているのだ。
賢治に子供達を育てる気など全くなかった。
賢治は執念深い性格で、美玲に組み敷かれたことをいつかは復讐したいと考えていた。
しかし、美玲は亡くなってしまったので、その腹いせにその親に嫌がらせをし子供には虐待をしようとしているのだ。
(美玲、見てみろ。お前はもう守れないだろうが)
「美羽!」
美羽は肩をびくつかせる。
「ひっ」
「あはは、ひっ、だってよ。おい、お前どこにも行きたくないよなぁ」
賢治が凄む。
美羽は今まで見た賢治の酷薄な顔を見て恐怖に駆られた。
「どこ、にも、いきたく、ないです」
「そうだよなぁ。聞いたか? 美羽はどこにも行きたくないんだよ。諦めんだな」
賢治は愉快そうに、全員の顔を見ると離れていった。
残されたものたちは悔しそうに顔を歪める。
香奈美が弥生たちに頭を下げた。
「申し訳ありません。あんな男にしてしまったのは私の責任です」
「いえ、今はそれを言っている場合ではありません。美羽ちゃんを引き取るために手を貸していただけますか?」
「はい、夫は今、病気で動けませんが、私にできることならなんでもさせていただきます」
「それでは、何かあってからでは遅いので、早急に手を打ちましょう。まずは児童相談所に行ってみます」
そう言うと、弥生は美羽の前に膝をついて、目線を合わせた。
「美羽ちゃん、必ず助けるから、待っててね」
「……はい」
今度は香奈美が膝をついた。
「美羽ちゃん、遅れちゃったけど、私もあなたのおばあちゃんで香奈美っていうの。よろしくね。美羽ちゃんはスマホって持ってるかしら?」
「持ってます」
「じゃあ、連絡先交換しましょう」
「あ、私も交換してくれる?」
美羽は香奈美と弥生、幸太郎と連絡先を交換した。
これで、一安心という油断が香奈美と弥生にはあった。
しかし、事態は考えもしない最悪な方向へ向かっていった。
葬式から14日後
美羽と美奈は、賢治から家から出るなと厳命をされ、スマホも取り上げられて、家で放置されていた。
家にある食料は食べ尽くしてしまい、もう何日も何も口にしていない。
できるだけ動かないようにベッドで横になっている。
衰弱していく美奈を見て自分の無力さに手を握りしめようとするが、そんなことさえまともにできないくらい力が入らない。
美奈が口をひらく。
「お、ねえ、ちゃん」
「な、に」
「きんぎょ、およい、でる」
美玲がぶら下げてくれた金魚ちょうちんが開いた窓から入る風で揺れている。
「およい、でる、ね」
「たのし、かったね。おまつり」
「たのし、かったね」
「おねえ、ちゃん」
「なに?」
「みなね、もう、てんごく、いくの」
美羽は力を振り絞って、美奈の手を握る。
美奈の手には全く力が入っていない。
「みなちゃん、だいじょ、うぶ、だよ」
「ママに、あえる、かなぁ」
「みな、ちゃん、おばあちゃんが、たすけて、くれるから」
「たのし、み、だなぁ」
「みな、ちゃん、おいて、いかないで」
「おねえ、ちゃん」
「みな、ちゃん」
「あり、が、とう、ね」
美羽は美奈がもう逝くのだと、理解した。
美羽は精一杯の笑顔を作る。
「わた、し、も、ありが、とう」
美奈が薄く笑った。
美奈は眠るように目を閉じた。
美羽にも美奈が死んだことがわかった。
「みな、ちゃん、おや、すみ」
美羽はすでに涙も出ないし、泣く気力も残っていなかった。
だから、静かに送り出してあげた。
それから、さらに3日後に直接訪れた、弥生によって、家のドアがこじ開けられた。
この2週間あまり、児童相談所は複数回訪れていたが、賢治の言いつけを守っていた姉妹は開けなかった。
部屋の中では、美奈が変わり果てた姿になっていた。
しかし、美羽は確かにいた形跡はあるのだが、どこを探しても見つけることができなかった。
祖父母たちはもっと早く来るべきだったと後悔をした。
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