上 下
2 / 10

part2

しおりを挟む
 きっと蓮水千尋は、高校を卒業してからもマンドリンという楽器を続けるのだろう。
 平田を含め、千尋の周りにいる者は絶対的にそう信じていた。

 事実、彼女は大学卒業後、マンドリン・サークルに加入した。
 だが、一つの事故が起きた。
 そして、入部からわずか1ヶ月後、千尋はサークルを辞めていた。
 もちろんそれは彼女自身の選択であった。
 自ら音楽と距離を取って、周囲の人間からも距離を取る、それが彼女の選択だった。

 千尋がその選択をしてから、もう2年近くになる。
 スマホに表示されている日付を眺めながら、ああ、そんなに経ってしまっているのか、と平田はため息をついた。

 逆に言えば、2年近くの間、彼女と連絡が途切れなかったことそのものが奇跡的だったのかもしれない。
 千尋は音楽からは身を引いたけれど、当時の同級生や平田とは、完全に縁を切っていたわけではなかった。
 SNSの更新こそされていないものの、平田からの事務連絡には必ず返信をしていたし、千尋と同学年の朝木あさき入梨奈いりなとは、定期的に会っていたらしい。

 「音楽」という共通項が一つ欠けても、それだけで千尋との縁が切れるわけではない。
 平田も朝木も、そんな危うい前提条件からは目を背けながら、千尋との人間関係を続けていた。
 平田も朝木も、この不安定な人間関係の大元には向き合わず、避け続けていた。
 適当に世間話をして、平和な空気で場を濁す。
 平和的な解決方法はこれしか存在しない。
 朝木と目が会うたびに、心の中でそう納得させ合ってきた。

 けれども、こんなことを続ければ、やがて千尋が完全に連絡手段を絶って、いつか、どこかのタイミングで平田たちの前から完全に姿を消してしまうのは、今にして思えば、明白なことだったら、

 平田も、どこか心の中で、中途半端な準備をしてしまっていたせいで、バレンタインの日に朝木から「千尋、消えたの」と言われても、顔色を変えて、大袈裟に驚くようなことはしなかった。

 六ヶ原ろくがはらの冬は、雪国ほどには寒くならない。
 少し前に東北の寒さを身体で覚えていたはずなのに、朝木との会話を終え、一人で駅に向かう途中で、何故だろう、平田は酷い寒気と目眩めまいに襲われてしまった。

 駅に近い公園のベンチで、それらの不快な症状が過ぎ去るのをただ待ったが、いつまで経っても、脚に力が入らず、空が夕暮れてゆくのをただ見守るしかなかった。
しおりを挟む

処理中です...