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part5

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 はてさて、どうすべきか。
 ため息混じりに音楽室を半周すると、コツコツと足音が響いた。
 本校舎と違って木造の作りだから、こういう日常の音がこの音楽室ではよく響く。

 雨のカタカタ音。
 靴のこつこつ音。
 そして、音楽室に2回響くコンコンとした音。

 あれ?
 平田は首をひねった。

 コンコンって、これ、ノックの音じゃないか?
 平田はハッとして、音楽室の扉の方に振り返った。

 今の音は気のせいか?
 でも、この第二音楽室にノックしてから入る人なんて、そんなにいないはずだ。
 マンドリン部の面々は、鍵さえ合えていれば、やや無神経に扉を開けて、元気よく入ってくる。
 平田がじっと扉を見つめていると、今度は確実にコンコンコンと三連符のようにノックの音が聞こえてきた。

「空いてますよ」
 平田は緊張がバレないように、なるべく穏やかな声を出した。
 その声に安心したのか、ゆっくりと扉が開く。

 乱暴にならないように、でも、慎重にもなりすぎないように、そんな緩やかな扉の開き方。

 そして、扉の向こう側に見えた顔に、平田は思わず息をのんだ。
 もし、今日が晴れていて、陽光が窓から差し込んでいたのなら、扉の先の彼の目は、太陽のような黄色の輝きに満ちていただろう。
 それほどまでに、薄暗くて古臭い音楽室の中から、彼の黄色の目は際立っているのが見えたのだ。

 相変わらず、日本人としては珍しい方の黄色の目。
 その目の持ち主は、平田の姿を捉えると、遠慮がちに笑った。
「お久しぶりです」
 太陽のように、暖かくてカラッとした声。
 日枯ひがらしの声は、水の波紋のように、静かに音楽室に響いた。

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