間違いの悲喜劇

第五幕 進展

　ホテルの喫茶室で、また、マンドリンは客を迎えていた。
 　アンドレアがいつどこでハットン氏が偽マンドリンとデートをしていたかという情報を用意してくれたらしい。
 　何枚ものメモ用紙をテーブルに並べ、マンドリンが自分の思い出せる限りのスケジュールを描いたノートと照らし合わせている。
 「この日付、ハットン氏がレストランで二人で食事をしたという日よね。そしてマンドリンも全く別のレストランで食事をしていることになるわ」
 　アンドレアが、興奮した口調で言う。
 　そのレストランは通りの端と端にあり、結構歩く距離、そしてそれぞれがコース料理を食べているので、それなりに時間がかかっている。
 　つまりハットン氏がデートをした人物とマンドリンは同一人物ではないという証明になる可能性がある。
 「それじゃあ、この日レストランの従業員に証言してもらえないか頼めば」
 「予約したわ、だからまだその予約の書付が残っていたらそれも物証になるわね」
 　一件でもハットン氏と一緒にいたのはマンドリンでないと証明できれば、それですべては終わるはずだ。
 「今日、早速行ってみるわ」
 　マンドリンが大き目の帽子に髪を押し込みながら言った。
 「私も付き添おうか？」
 「いいえ、完全に私の無実が証明されてから出ないと、貴女にも類が及ぶ可能性があるわ、ここまで協力してくれただけでありがたいのよ」
 　マンドリンはそう言って、アンドレアの分のお茶代も出してあげていた。
 「マンドリン」
 　私はマンドリンに話しかけた。
 「これでいいのか」
 「うん、まあ、これで無実が確定したら、元に戻れるとは思っていない。戻れることも期待していないしね」
 「そっか」
 「いざという時は家を出ることも考える。実際お金はあるし」
 　メアリアンが給料の半額で何とかやっているのを見て、自分もなんとかやれるのではないかと思ったらしい。
 　いろいろと家事スキルなどもあるし、そうそう一人暮らしができると思えないが、いろいろと考えているようだ。

 　レストランで、マンドリンの主張はあらかた裏付けられた。
 　唐突な頼みごとに驚いていたようだが事情が事情なため同情的な目で見られていた。
 　予約の書類も残っていたし、間違いなく来たと証言する給仕もいた。
 　若い男性給仕は、マンドリンの飲み物を間違いなくサーブしたと証言した。
 「本当に、お気の毒なことです」
 　支配人と思われる初老の男性は、マンドリンにサービスのお茶を出しながらレストランとして全面的に協力すると約束してくれた。
 「それではこちらで、お父様のほうに連絡させていただきます」
 　それなりの格式のあるレストランの支配人の言葉なら、伯父様も話を聞く耳を持つかもしれない。
 　メアリアンの証言が受け入れられなかった背景には、メアリアンがマンドリンを堕落させたという偏見からくる誤解があったのではないかと思われる。
 　くだんのハットン氏の評価は地に落ちている。
 　マンドリンの言うように、ハットン氏が愛人を守るためにまったく関係のない女性を生贄として、ハットン夫人に差し出すのは十分あり得る話だとその給仕以外の従業員もひそひそと話し合っている。
 　このままレストラン関係にハットン氏の悪行が広まっていくかもしれない。
 　結構客筋のよさそうなレストランだ。
 　女癖が悪いという評判だが、今度のこれは悪質さが違う。
 　約束を取り付けて、マンドリンはレストランを後にした。
 　そのマンドリンに近づいてきた人影を見て、私はその場で固まった。
 「なんであいつが」
 　私が逃げてきた相手がそこにいた。