たとえるならばそれは嵐

karon

文字の大きさ
36 / 73

皇后

しおりを挟む
 皇帝と皇后のもとに貴妃ならびに賢妃が暗殺されかけたという知らせが入ったのは早朝の出立直前のことだった。朝食を皇后と採り二人連れだって馬車に乗り込もうとした時だった。
 皇帝は直ちに連れてきた兵の一団をそちらに向かわせた。そしてこちらに待機し、貴妃ならびに賢妃は皇帝とともに行動させるようにと命じた。
 そして半日待ったのち、二人の妃が現れた。
 青い衣装を着た貴妃翡翠と黒い模様の入った衣装を着た賢妃黒曜。
 二人は両手を前に重ねて膝をついて一礼した。
 二人の妃が跪いているのを皇后はただ見つめていた。
 皇帝は二人をねぎらうような言葉をかけていたが、妃達はただ頷くだけだ。
 貴妃を見るとき何やら気まずそうな顔をしていた気がする。
 この男の表情を初めてみた気がした。
 皇帝は皇后といるときはいつも無表情でろくに言葉を交わしたことすらない。
 皇帝より十も年上でやむを得ずめとった妃ならそれも仕方がないが。
 幼いころは自分の先行きが暗いものだと知らなかった。
 それでも病を得て子を望めない身体になったと言われた時、それがどういう意味を持つのか理解できなかった。
 ただ父母が泣き崩れるのを不思議そうに見ていただけだ。
 両親に子供は自分だけだった。王族といってもさして有力でもなく、裕福でもなかったのだ。
 そして唯一生まれた子供は子供を持つことができない不具の身になった。先行きなどない家だった。
 そして皮肉なことに先行きのない家だからこそ、皇后黄玉の家は持ちこたえた。
 先帝の気まぐれともいえる無茶な人事や粛清、そして自分の肉親に対する徹底した攻撃。
 何故そこまでと何度も思った。だが、そんな理由など何もなかったのかもしれない。ただ目についただけ。
 何かを考えていると考えてはいけなかったのかもしれない。
 先帝崩御に続く混乱もまた、皇后を避けて通った。
 小さいものは小さいものなりに利点もあるということか。
 だが、いきなり皇帝に正妃として求められた時には仰天した。しかし、それもすぐに納得した。
 適当な皇后になれそうな身分の独身の女性がただ一人もいなかったのだ。
 国外から皇后を迎えるのも時勢上難しいと判断された結果だった。
 夜を過ごしたのも一度だけ、それとて何があったとも言い難い。
 子供に恵まれない自分の相手をするのも無駄とさっさと妃達をめとり、さっさと一人懐妊させた。
 すべてはわかっていたはずのことだ。
「黒曜と翡翠は常に同じ行動をとるように、与える部屋も隣り合わせにする」
 そう言われて、慌てたのは黒曜のほうだ。
「あの、私がどうして」
「どちらが狙われたのかわからない、ならば二人まとめていたほうが合理的だ」
「あの、私が構いませんが、部屋の手配ですが」
「自炊のできる部屋か、竈の付いた別室のある一階だ、それは用意してある、そういえば黒曜は自炊するのか?」
「自炊って何ですか?」
 賢妃は真顔で聞いた。
 どれだけ箱入りなのだろう。黄玉ですら知っている。
「まあいい、話はそれだけだ、二人とも馬車に乗れ」
 どうやら同じ馬車に相乗りすることになるらしい。そして大型の馬車に侍女たちがまとめて積み込まれた。
 黄玉はそれに先立ち皇帝と同じ馬車に並んで座る。
 会話は一切ない。
 ため息はつかない。ため息などついて、相手に気取られるのはごめんだ。
 弱みは見せない、それが最後の矜持だった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

処理中です...