たとえるならばそれは嵐

karon

文字の大きさ
65 / 73

殺せ

しおりを挟む
 眼下に間抜けな死に顔があった。
 目をむき、その目と鼻と口と耳、東部にあるすべての穴から、血を噴出している。
 小柄な少女とはいえ、その全体重を込めた一撃を頭部に食らったのだ、助かるはずはなかった。
 月姫は再び武器を構える。
 元が鉈の食い込んだ死体を蹴り飛ばして鉈を外す。死体は小刻みに痙攣していたがやがて止まった。
 ぬかるむほどの血が地面を汚した。
 まともに戦うなと老師は言った。相手は訓練した軍人。ちょっと鍛えただけの民間人が勝てる相手ではない。
 勝機を狙うなら不意打ちしかない。
 その通りだった。上から飛び降りて攻撃してくるとは誰も思わなかったのだろう。あっさりと殺すことができた。だが、それ以上は無理だろう。
 そっと目を伏せた。これから自分たちは殺されるだろう、そして今から考えることは、どれほど道連れを作れるかだ。
 仲間が笛を吹いた。作戦成功を知らせる笛だ。
 首謀者と思しいものを殺したらその時は笛を吹くとあらかじめ決めていた。
 そして、再び武器をうならせた。
 呆気にとられていたのだろう、あっさりと当たった、しかしそこまでだ。
 斬りかかってきた、何とか武器の鉈で応戦しているが、力負けしそうになっている。
 しょせんは体格が違いすぎる。
 できれば慰み者に使用などと考えず、あっさりと殺してほしいな。そう思いつつ武器を振り回す。
 それなりに距離を置ける武器だ。若い娘だから、近寄られたら終わりだ。
 そのため娘達は遠距離から攻撃できるような武器を重点的に訓練された。
 ついに一人、斬り伏せられた。
 このまま崩れていくのか。月姫は小さく舌打ちした。
 それでも、一人でも多く道連れにすることはあきらめない。
 弟を生き延びさせるたった一つの方法だからだ。 
 身を伏せて突っ込んできたやつがいた。とっさの対処が遅れた。
 身体を掴まれ地面に叩きつけられる。
 まるで人形のように地面に激突した。木の枝が折れるような音がしたが、折れたのはたぶん自分の骨だろう。
「月姫」
 仲間の悲鳴のような声。
 月姫は地にに伏せながらのたうつ。腕は折れていない。
 のたうちながら態勢を整え、短剣を何本か隠し持っていたそれを投げた。
 毒はきちんと塗ってある。一人でも多く殺す。そのための準備は怠らない。
 何も言葉を発しない月姫に不気味さを感じたようだった。敵が遠巻きにざわめく。
 月姫としては、言葉など不要だ、解りたいことも、解ってほしいこともない、あるのはただ殺すということ。
 短剣はまだある。とにかく、一人でも多く。
 立つことはできない、足がいびつに曲がっている。それでも殺す。
 月姫は乾いた眼で短剣と敵の位置を目測で測っていた。
 仲間もそれぞれ傷つき、すでに地に付しピクリとも動かない者もいる。
 最後は近い。そう思った。
 地鳴りが起きた。
 地震かと思ったが違う。
 とどろくそれは人の言葉、人の叫びだった。
 それは先ほどから月姫が心の中で叫んでいた言葉。
「殺せ」
 押し寄せてきたのは都の住人達。
 怯えていたはずの住人たちが、反撃に移ったのだ。
 それは嵐のように、地震のように、ありとあらゆる災厄のように無秩序に。
 まだ動けている仲間が引きずって物陰に隠してくれなければ月姫は踏みつぶされていたかもしれない。
 それほどの群衆が押し寄せてきたのだ。
 もとより数で劣り、頭目を殺され士気が崩れた反乱軍が持ちこたえることはなかった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...