時の魔法

karon

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セシリアの花

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 セシリアが、鍬を持って庭を耕していた。
「何をしているんだ?」
 父が、やけに平坦な声で尋ねた。
 その不自然なまでの平たんさに気づかないのか、セシリアはほのぼのとした笑顔で答えた。
「耕しております」
 地味なモスグリーンのドレスにマッチした麦わら帽子をかしげたその姿は、手の鍬さえなければ可憐だったろう。
「私、お花が好きなんです、それで庭に好きな花を植えていいとおっしゃったでしょう」
「いや、俺は貴方に自分で植えろと言った覚えは」
「家でもいつもこうしてましたから」
 どれほどやっていたのか、かなりの面積耕された土の傍らに、いくつかの植木鉢が並べられている。
「家から、こちらで植えようと持ってきたのですが」
 何の疑問も持っていない笑顔に、父はさらに困惑する。
「貴女はここの女主人だ、わざわざ土にまみれずとも」
 そうした言葉をセシリアは途中で切った。
「まあ、カーマイケル様、手伝ってくださるの」
 父の顔色が変わるのをテオドールは初めて見た。
「じゃあ、その鍬で、そちらに深めの穴を掘っていただける」
 ずいっと音がしそうな勢いで、鍬を差し出す。
 なんとなく迫力負けしたのか、そのまま鍬を受け取っておとなしく穴を掘りはじめた。
「だいたい膝くらいの深さでよろしいですわよ」
 そんなことを言いながら、セシリアは植木鉢から苗木を外している。
「四つに分けて、春夏秋冬それぞれに花が咲く木を植えますの」
 セシリアはそう言って、枝を剪定された木をよっこらしょっと持ち上げて、掘られた穴を覗き込む。
「ああ、それくらいでよろしいですわよ、次はあそこに同じくらいの穴を掘っていただけまして?」
 そう言って反対側の隅を指差す。
 セシリアは、植木鉢の脇に置いておいた袋を取り出す。
「その袋は何です?」
「牛糞ですわ」
 その言葉を聞いて、父が数歩分一気に飛びのいた。
 袋から小型鏝で牛糞をすくいだして、穴の底に落とす。
「春薔薇には、牛糞が一番なんですのよ」
 テオドールは初めて、青ざめて怯える父を見た。
「あの、他には?」
「そうですね、骨粉や臓物を藁と発酵させたものとか、後馬糞をいただけますか?」
 じりじりと父が、後ずさっていく。
「あの、穴掘りよろしいですか?」
 こくこくと頷いて言われた場所に穴を掘りはじめた。
 他のことを言いつけられないように慌てて穴を掘りはじめる。
「そちらは秋の木を。金木犀と銀木犀を植えますの」
 この殺風景な裏庭は、テオドールの記憶によれば、この館で今は唯一の彩りとなっている花壇だ。
 母がここで家に飾る花を摘んでいた。
 あちらに春薔薇、あちらに金木犀と銀木犀、その向こうは椿。こっちには夾竹桃と石榴。そして宿根草で毎年のように芽を出して、咲く芍薬。薔薇の近くには牡丹も咲いていた。
 そして計算されたように小さな花が一面埋めつくしていた。
 あれが、セシリアの作った花壇だと初めて知った。

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