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二人の王子
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セシリアは自分の部屋で過ごす時間以外は花壇で花の世話をしていた。
自分の部屋にいるときは、持ってきた詩集や説話集。さもなければ針仕事をしている。
常に普通の日々。
ただ逆に父がいらついている。
父の側近は深刻な顔をして父と話し合っている姿も見えた。
ふと思い出す。テオドールが生まれる前は、この国は大変なことがあったと。
もしかしたら、父は今その大変なことの渦中に巻き込まれているのかもしれない。
テオドールは家庭教師から聞いた、十数年前の政変のことを何とか思い出そうとして見た。
王都は遠い場所だ。たぶん馬車で十日ぐらいかかる。
そんな遠い場所で、自分が生まれる前に起きたことなどそれほど興味を持っていなかった。
漠然と二人の皇子の王位争いがあったと知っているだけだ。
結局、弟皇子が罪に問われ、自害、もしかしたら秘密裏に処刑されたのかもしれないけれど、それで終わったはずだ。
それくらいしか知らない。テオドールにそれ以上詳しい話を教えてくれる大人はいなかったし、テオドールもあえて知ろうとしなかった。
確か弟皇子に加担した貴族は最高で死罪、それ以外も領地没収や爵位剥奪等の処分をすべて受けていたはずだ。
父は領地も爵位も奪われていない、だから兄皇子についていたんだろうと漠然と思っていた。
今もしかしたら父は迷っているのかもしれない。兄と弟、どちらにつくべきか。
その判断が難しいことはテオドールにもわかる。内戦一歩手前までいったという話だ。
大丈夫、必ず父は正しいほうを選ぶ。でなければテオドールは生まれない。
だからテオドールはそれから視線を外してセシリアに向かう。
見知らぬ女中がセシリアにかしづいている。
「あの、お嬢様、いくらなんでも旦那様に穴掘りをやらせるなんて」
そう言って、赤毛でそばかすの浮いた女中がセシリアの出した詩集道具を片づけながらお小言を言っている。
「あら、あの時おっしゃったのはそう言う意味ではなかったのかしら」
セシリアは、縫い糸の始末をしながら呟く。
セシリアの手は土仕事のせいか少し荒れている。
そんなセシリアの手を見ながら女中は小箱から何やら白い軟膏の入ったガラス瓶を取り出した。
「お手の手入れをなさらなければ」
爵位もちの家に生まれた娘が、荒れた手をしているのは基本的にあり得ない。たとえどんなに落ちぶれていても、お嬢様つきの女中はつける。それが爵位つきの矜持だ。
この女中はセシリアが実家からともなってきた女中なのだろう。
そしてセシリアとともにいなくなった。だからテオドールは知らないのだ。
「でも、これからまた花畑に出るのよ」
そう言ってセシリアは首をかしげる。
「それはその後でもいいのではないかしら」
「こまめに、定期的に塗りこむことでその荒れた肌が治るかもしれないではありませんか」
「私は別に気にしていないけど」
セシリアの言葉に女中は眉を吊り上げる。
「淑女の自覚がないのですかお嬢様」
「カルミア、あの、私もう奥様なんだけど」
セシリアがおずおずと指摘する。
「奥さまと呼んでいただきたかったらもう少し自覚を持っていただきたいものです」
セシリアより少し燃焼に見える女中はずいぶんときつい物言いをする。
それでもセシリアは軟膏を拒否し、花畑に向かう。
小型の鏝で苗を植えている姿に父が声をかけた。
「あら、カーマイケル様、ここの土は本当によくて」
セシリアは微笑んで手の中のものを父に差し出した。
うじゃうじゃとうごめくミミズ。
金切り声をあげて逃走する父の姿にテオドールは初めて父の虫嫌いを知った。
自分の部屋にいるときは、持ってきた詩集や説話集。さもなければ針仕事をしている。
常に普通の日々。
ただ逆に父がいらついている。
父の側近は深刻な顔をして父と話し合っている姿も見えた。
ふと思い出す。テオドールが生まれる前は、この国は大変なことがあったと。
もしかしたら、父は今その大変なことの渦中に巻き込まれているのかもしれない。
テオドールは家庭教師から聞いた、十数年前の政変のことを何とか思い出そうとして見た。
王都は遠い場所だ。たぶん馬車で十日ぐらいかかる。
そんな遠い場所で、自分が生まれる前に起きたことなどそれほど興味を持っていなかった。
漠然と二人の皇子の王位争いがあったと知っているだけだ。
結局、弟皇子が罪に問われ、自害、もしかしたら秘密裏に処刑されたのかもしれないけれど、それで終わったはずだ。
それくらいしか知らない。テオドールにそれ以上詳しい話を教えてくれる大人はいなかったし、テオドールもあえて知ろうとしなかった。
確か弟皇子に加担した貴族は最高で死罪、それ以外も領地没収や爵位剥奪等の処分をすべて受けていたはずだ。
父は領地も爵位も奪われていない、だから兄皇子についていたんだろうと漠然と思っていた。
今もしかしたら父は迷っているのかもしれない。兄と弟、どちらにつくべきか。
その判断が難しいことはテオドールにもわかる。内戦一歩手前までいったという話だ。
大丈夫、必ず父は正しいほうを選ぶ。でなければテオドールは生まれない。
だからテオドールはそれから視線を外してセシリアに向かう。
見知らぬ女中がセシリアにかしづいている。
「あの、お嬢様、いくらなんでも旦那様に穴掘りをやらせるなんて」
そう言って、赤毛でそばかすの浮いた女中がセシリアの出した詩集道具を片づけながらお小言を言っている。
「あら、あの時おっしゃったのはそう言う意味ではなかったのかしら」
セシリアは、縫い糸の始末をしながら呟く。
セシリアの手は土仕事のせいか少し荒れている。
そんなセシリアの手を見ながら女中は小箱から何やら白い軟膏の入ったガラス瓶を取り出した。
「お手の手入れをなさらなければ」
爵位もちの家に生まれた娘が、荒れた手をしているのは基本的にあり得ない。たとえどんなに落ちぶれていても、お嬢様つきの女中はつける。それが爵位つきの矜持だ。
この女中はセシリアが実家からともなってきた女中なのだろう。
そしてセシリアとともにいなくなった。だからテオドールは知らないのだ。
「でも、これからまた花畑に出るのよ」
そう言ってセシリアは首をかしげる。
「それはその後でもいいのではないかしら」
「こまめに、定期的に塗りこむことでその荒れた肌が治るかもしれないではありませんか」
「私は別に気にしていないけど」
セシリアの言葉に女中は眉を吊り上げる。
「淑女の自覚がないのですかお嬢様」
「カルミア、あの、私もう奥様なんだけど」
セシリアがおずおずと指摘する。
「奥さまと呼んでいただきたかったらもう少し自覚を持っていただきたいものです」
セシリアより少し燃焼に見える女中はずいぶんときつい物言いをする。
それでもセシリアは軟膏を拒否し、花畑に向かう。
小型の鏝で苗を植えている姿に父が声をかけた。
「あら、カーマイケル様、ここの土は本当によくて」
セシリアは微笑んで手の中のものを父に差し出した。
うじゃうじゃとうごめくミミズ。
金切り声をあげて逃走する父の姿にテオドールは初めて父の虫嫌いを知った。
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