イマジンコード・オーバー・ザ・シンギュラリティ~少年は幻想魔剣の夢を見るか~

儀仗空論・紙一重

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少年は何を信じるべきか

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「おや、ほのかじゃないか」

 それは緊張感溢れる状況での束の間の和やかな会話だった。……はずだった。

 それなのに。

 オレ達の会話をぬるりと断ち切ったのは。

「え……?」

 こちらもさっぱり緊張感のない、まるで、偶然街で知り合いとばったり出会ったかのような気軽さで。

「し、しとり、どうしてこんなところに!?」

 だけど、それは不穏の声音。

 長い廊下の曲がり角から現れたのは、あのセクシー不審者お姉さん、しとりだった。

 しとりはジャンク屋跡地で出会った時と同じようなほとんど下着みたいな服装に、今は自身の身の丈ほどもありそうな長大な銃を右肩に担ぎ、そして、その手には拳銃を持っていた。この戦場にあまりにも不似合いな際どい格好と明らかな殺傷武器のミスマッチ、こんなかわいくないギャップ、ありがたくもなんともない。

 そして、その健康的な褐色の肌を汚すのは。

 オレもノルベルトさんも思わず後方に飛び退き、ほとんど反射的に武器を構える。

「う……」本能的な嫌悪、吐き気。

 どす黒い血の色。あるいは、生体潤滑油。

 どちらにせよ、この平穏の極致の世界ではほとんど垣間見ることのない異質な色。

 そのおぞましい色がしとりを汚す。艶めかしくも恐ろしいその現実が恐怖となって急に襲い掛かってくる。それなら、しとりは当局の誰かを……

 さっきまでのテロリストとも違った非現実的な光景。

「それはこっちのセリフ。せっかく苦労して送り込んだ小刀が行方不明になってさ、ようやく見つけたと思ったら機械油まみれで汚れてしまってるじゃないか」

「そ、それは……」

 言い淀むほのか。

 やっぱりほのかはしとりと繋がっていた。

 このテロの首謀者がその前段準備としてほのかを外殻へ送り込んでいた。

 こんなにもありきたりなシナリオ通りの展開になるなんて思いもしなかった。いや、どこかできっとほのかはオレの仲間だという幻想があったんだ。

「でもまあ、こうして私達の侵入の糸口を作ってくれたんだ。さすが、ほのかは偉いね」

「ち、違う、わたしは……」

 ああ、やっぱり野蛮なやつしかいない内殻なんて信用しちゃいけなかった。

 目の前の光景に頭が痺れてくる。

 最悪の犯罪者と話すのは仲間だったと信じていた者。

 信じられなくて信じたくない信じざるを得ない光景にぐるぐる頭が回って吐き気がしてくる。

(おほほ、裏切りとは格別の美味じゃ。それは長く醸した分だけ匂い立つ)

 ――裏切り。

 アウラの声が耳に障る。いつもなら戯言だと無視していたはずの言葉が今はなぜか脳髄を突き破って冷鉄な心臓に突き刺さっているような気がする。

「ルジネ君はあの内殻人のことを知っているのかい?」

「……ちょっと話しただけです、この人がテロリストだとは知らなかったです」

 じとり、知られたくない秘密をばらされてしまうその瞬間のような焦燥。いや、大丈夫、どう考えてもこんなテロリストと仲良しであるはすがない。

「おや、ルジネくん、つれないなあ、一緒に探し物をした仲じゃないか」

「あれのどこに仲良くなれる要因があったんだよ」

 一方的に秘密を押し付けられただけ。

 そんな理不尽な共犯者に仕立て上げられただけ。

 だから、オレは関係ない。

 明らかに狼狽えてしまっているオレのことをにやりと一瞥すると、しとりはほのかをじとりと見つめた。

「それにしても、ほのかとルジネくんが知り合いだとはね、」

 びくんッと痙攣じみた動きで硬直するほのか。

「これもほのかがうまくやってくれたからかな、さすが我が忠実な部下だよ」

「ち、違う! ルジネ殿とは本当に偶然……」

 オレ達としとりの狭間で。

 少女は叫んでいた。その声はもう誰にも届きやしないのに。

「違う、違う違う、ちがう、ちがうちがうチガウチガウチガウ……」

 頭を抱えてガタガタと震え出すほのか。

 それでも、オレは壊れかけのほのかに手を差し伸べることができない。

 オレ達との接触がこいつらとの足掛かりになっていた。オレ達はほのかに完全に騙されていた。絶望と失望で全身の力が抜けてくる。

「そうだ、ルジネくんは【解放の樹教団】って知ってる? って、知ってるわけないよね。ほのか、説明してあげてよ」

 ふらふらと覚束ない足取りのほのかはもう瞳の輝きを失いかけていて、もはや立っているのすら精一杯なほどに追い詰められているようだった。この変わり様はなんだ、今までの全てが演技だとしてもこの憔悴しきっている様子はおかしい気がする。

 洗脳、もしくは、服従。あるいは、ほのかの潜在意識に植え付けられたトラウマか。

 いずれにせよ、ほのかはもうしとりの操り人形でしかなかった。

「美しき自然の秩序こそこの星が神によって創られたという証拠であって、自分達はそれを汚してはならない、そのための自然への回帰こそが【解放の樹教団】の信仰にして教義」

 淡々としたその口調はいつものほのかとは全然違っていた。

 身体の震えを無理やり抑えつけるように強く自身の身体を抱くその姿は。

 そこにいつもの破天荒な言動で空気を掻き乱す鬱陶しいウサ耳少女はいなかった。

 ここにいるのは、しとりの影にびくびくと怯えるか弱い道具のひとつだけだった。

「だけど、それは表向きの建前。本当の目的は、太陽を遮り、星を覆う外殻を破壊してこの星をありのままの姿に戻すこと」

 ほのかの口から告げられるは。

 あまりにも壮大で途方もない計画。

 こんなの、テロという範疇を越えている。

 この星の全てを巻き込んだ戦争じゃないか。

 外殻を壊すってことは、つまり、そのシステムを運営している箔殻や天殻すらも壊れてしまうってことだぞ。そうなったら内殻すらも壊れてしまう。

 本気か? 内殻はどこまで狂ってるんだ?

 いや、冗談で誰かが殺されたなんて信じられるか。そんな現実があってたまるか。

「……でも、」

 力なく俯いたほのかがぽつりと囁く。

「しとり達はただの狂信的なテロ組織」

 それは、必死の抵抗。

 だけど。

「おや、ほのかの口からそんなふうに言われるなんて悲しいなあ」

 それはしとりには届かなかった。

 どこまでも独善的で楽観的で狂信的。

 そのためにほのかを友情すら偽ることのできる傀儡へと育て上げた。 

「私達は仲間じゃないか」

「わたしは、わたしは……」

 一瞬灯った瞳の光が、それは一筋の涙とともにすぐに消えてしまった。抵抗なんて虚しく。

 しとりが優しくほのかを抱きしめる。無抵抗にその身体を預けるほのか。

 今この瞬間から見た者ならば感動的にすら思える光景かもしれない。

 だけど。

 オレからはどうしても我が子を喰らうおぞましい怪物にしか見えなかった。

「……なあ、あんたにとってほのかは何なんだ」

「ああ、そっか。ルジネくんはこういうの知らないんだね」

 まるで、踏み込んじゃいけない秘密の領域を教えるように。妖しく。

「私達は親子だ、私がお腹を痛めて産んであげたんだよ、ほのかはさ」

 親子? 親子ってこういうのだっけ? 

 オレには、家族、という概念はよくわからない。

「ふふ、外殻の人間は家族なんて概念をすっかり忘れちゃってるから、私とほのかが親子だって気付かなくて助かるよ」

 人間工房で産まれたオレに家族はいない。その意味もよくわかっていない。

 だけど。

 ごく近所から見てきたメグリの家族は絶対にこんなに抑圧的なものじゃなかったはずだ。

 みんな、お互いを認めあっていて、たまに喧嘩もしながらなんとなく馬が合う、そんな感じだった。

「家族なら、そんな風にほのかを扱うな、親子なんだろ?」

「おや、君には家族がわからないと思うけどさ、これが私達親子の形だよ」
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