黒い塔

日暮マルタ

文字の大きさ
25 / 27

彼女の隣

しおりを挟む
 悲鳴が止んだ頃、静かな足音だけが僕についてきた。不思議な感覚だ。振り返っても誰もいないのだが、確かにそこにいるということを知っている。
 このマルタは体が無いのに死ぬことがあるんだろうか。ユストゥスが触れていたということは、触れられるということはつまり死ぬこともあるのか。血は出るのか? 謎が多い少女だ。
「なんて名前だったっけ、あなた、そう、レネ。村を燃やしたのはレネ?」
 違う、と答えた。燃やした奴はさっき死んだと。
「なぁんだ、レネかと思った。そしたらもっと素敵だったのに」
 鈴のように綺麗な声が言う。どこか蠱惑的で、この子の興味の対象になれなかったことを残念に思った。そんな風に思う自分に気付き、目を見張る。
 僕は同行する誰かがいれば……誰でもいいのか? 一度はそうも思った。しかしそれだけではない。マルタにはどこか危ない魅力があって、それは言葉では言い表せない。
 話していると、気を惹きたくなる。彼女の気に入る言動をしたいと思う。不思議な魔力に浮かされた僕は、抗いがたい衝動に駆られて、村での出来事を話していた。きっと彼女の気に入るだろうと思うと、辛かった囚人生活も誇らしくすらあった。
 案の定マルタは花開くような笑い声を(魔物に気付かれない程度に抑えて)漏らしてくれた。
「酷い目に遭ったのね。でも自業自得! あなたって最低! わかってるんでしょう? まともな人間のすることじゃないもの。酷い人」
 彼女の言葉の一つ一つが甘美なものに思えた。なぜだろう。ユストゥスが心酔するのもわかる気がした。
「最後にこれ、貰ったんだ。随分錆びてるけど、大事な物」
 マルタにあの時餞別として貰った錆びたナイフを見せびらかした。戦利品のような物だ。僕はこれを気に入っている。
「錆びすぎて、使うのは難しそうね」
 僕の錆びたナイフを握る手に、暖かい少女の手が触れた。血の通った人間の手だ。僕はそう感じた。マルタの姿は見えないが、花のような香りがした。胸が高鳴る。これは何だ? こんなのはおかしい。
「マルタ、君はどうして姿が見えないの」
 姿さえ見えれば、もっと君に近付くことが出来るのに。おかしい、こんな感情は変だ。これじゃあまるで、まるで恋でもしたかのようじゃないか。
 マルタは硬質な声で言った。
「私はいないも同然だったのよ。とても酷いことがあったの。聞かないで」
 マルタのことをもっと知りたいと思ったけど、踏み込んで嫌われるのが怖い。僕は鼓動を抱えながら迷宮を歩いた。狭い道に入って、角が多かった。
 
「待たせたな!」
 不意に小声の少女の声がした。ここは音がとてもよく響くから、魔物を呼ばないように小声なのだと思う。振り返るとそこにはテラと、静かにたたずむロルフがいた。
 よく合流できたね、と感心した。そのまま言葉になって出た。
「だってここめちゃくちゃ音響くぜ、足音とか辿れる。後からユストゥスも来るだろ。今上で死んでる」
 テラは男の子みたいな喋り方をする。ロルフは少し伸びた髪を邪魔そうによけていた。
「心強い仲間が来たじゃない」
 マルタが言った。テラとロルフは魔物に対する対抗力を持っているようで、二人とも目一杯武装していた。それから、水と食料も持ち込んでいる。これなら女神の元へ辿り着くことが出来るかもしれない。
「皆で女神の所に行って、願いを叶えてもらおうね」
 テラの年相応の笑顔に、心がようやく落ち着いた。正直、ずっとマルタと二人だったら困ってしまっただろう。気が変になりそうだった。
「女神の場所、わかる?」
 ロルフが言う。見当も付かない、と言うと、迷宮の攻略法といえばこれしかないと彼は笑った。右手法。右手を壁につけたまま歩いていくといいらしい。本当はどうかはともかく、何の方針も持たない僕達はその通りに歩くことになった。
「皆で、女神の所に行って」
 そう、願いを叶えて貰うんだよ。
 マルタが呟いた言葉。テラとロルフは、アンネがここにいないことに一度も触れなかった。
 
 そこから迷宮の旅は順調に進んだ。というのもテラとロルフが強かったからだ。少しずつ会話をする余裕もあった。会話をしないと、白い壁の中を歩くのは辛かった。
 僕は前から気になっていたことがある。城の人達はなぜ村に行かずに四人だけで城に留まっていたのか。
「始まりは、迷宮から這い出てくる魔物を食い止めるためだった。テラが一人で最初に城に住み始めたんだ。次に僕、次にユストゥス。マルタはいつの間にか住み着いてたよね」
「そうそう、最初ユストゥスが壁と喋り始めたって焦ったよな」
 マルタが最初に接触したのはユストゥスだったらしい。壁と喋り始めた、というのは中々衝撃的に見えただろう。
「ユストゥスが来てから、村とは折り合いが悪くなった。あいつ生前の貴族生活の態度が抜けなくてな。魔物がわき出る経緯なんて知らない村人が増えて、城を独占してるとか言われてさ。城から人を追い出してるのはユストゥスだけで、私は自分が暮らせれば誰が住んでも良かった」
「僕もね」
 テラとロルフが交互に話してくれる。主にテラが饒舌だ。てっきり僕は二人がユストゥスに従っているのかと思っていたが、そうでもないようだ。それは二人の彼に対する物言いからもわかる。親しげで、困った奴だと許容していたのだ。
 そんな経緯を聞いた僕は、城の四人の絆の深さを強く感じた。マルタもなんだかんだ親しげだ。何も喋らないが、そんな空気を心地よく思っている、そんな気配がする。
 ユストゥスが戻ってきたら、マルタの隣は奪われてしまうのかもしれない。でも、それがあるべき姿なのだとも思った。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...