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彼女の隣
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悲鳴が止んだ頃、静かな足音だけが僕についてきた。不思議な感覚だ。振り返っても誰もいないのだが、確かにそこにいるということを知っている。
このマルタは体が無いのに死ぬことがあるんだろうか。ユストゥスが触れていたということは、触れられるということはつまり死ぬこともあるのか。血は出るのか? 謎が多い少女だ。
「なんて名前だったっけ、あなた、そう、レネ。村を燃やしたのはレネ?」
違う、と答えた。燃やした奴はさっき死んだと。
「なぁんだ、レネかと思った。そしたらもっと素敵だったのに」
鈴のように綺麗な声が言う。どこか蠱惑的で、この子の興味の対象になれなかったことを残念に思った。そんな風に思う自分に気付き、目を見張る。
僕は同行する誰かがいれば……誰でもいいのか? 一度はそうも思った。しかしそれだけではない。マルタにはどこか危ない魅力があって、それは言葉では言い表せない。
話していると、気を惹きたくなる。彼女の気に入る言動をしたいと思う。不思議な魔力に浮かされた僕は、抗いがたい衝動に駆られて、村での出来事を話していた。きっと彼女の気に入るだろうと思うと、辛かった囚人生活も誇らしくすらあった。
案の定マルタは花開くような笑い声を(魔物に気付かれない程度に抑えて)漏らしてくれた。
「酷い目に遭ったのね。でも自業自得! あなたって最低! わかってるんでしょう? まともな人間のすることじゃないもの。酷い人」
彼女の言葉の一つ一つが甘美なものに思えた。なぜだろう。ユストゥスが心酔するのもわかる気がした。
「最後にこれ、貰ったんだ。随分錆びてるけど、大事な物」
マルタにあの時餞別として貰った錆びたナイフを見せびらかした。戦利品のような物だ。僕はこれを気に入っている。
「錆びすぎて、使うのは難しそうね」
僕の錆びたナイフを握る手に、暖かい少女の手が触れた。血の通った人間の手だ。僕はそう感じた。マルタの姿は見えないが、花のような香りがした。胸が高鳴る。これは何だ? こんなのはおかしい。
「マルタ、君はどうして姿が見えないの」
姿さえ見えれば、もっと君に近付くことが出来るのに。おかしい、こんな感情は変だ。これじゃあまるで、まるで恋でもしたかのようじゃないか。
マルタは硬質な声で言った。
「私はいないも同然だったのよ。とても酷いことがあったの。聞かないで」
マルタのことをもっと知りたいと思ったけど、踏み込んで嫌われるのが怖い。僕は鼓動を抱えながら迷宮を歩いた。狭い道に入って、角が多かった。
「待たせたな!」
不意に小声の少女の声がした。ここは音がとてもよく響くから、魔物を呼ばないように小声なのだと思う。振り返るとそこにはテラと、静かにたたずむロルフがいた。
よく合流できたね、と感心した。そのまま言葉になって出た。
「だってここめちゃくちゃ音響くぜ、足音とか辿れる。後からユストゥスも来るだろ。今上で死んでる」
テラは男の子みたいな喋り方をする。ロルフは少し伸びた髪を邪魔そうによけていた。
「心強い仲間が来たじゃない」
マルタが言った。テラとロルフは魔物に対する対抗力を持っているようで、二人とも目一杯武装していた。それから、水と食料も持ち込んでいる。これなら女神の元へ辿り着くことが出来るかもしれない。
「皆で女神の所に行って、願いを叶えてもらおうね」
テラの年相応の笑顔に、心がようやく落ち着いた。正直、ずっとマルタと二人だったら困ってしまっただろう。気が変になりそうだった。
「女神の場所、わかる?」
ロルフが言う。見当も付かない、と言うと、迷宮の攻略法といえばこれしかないと彼は笑った。右手法。右手を壁につけたまま歩いていくといいらしい。本当はどうかはともかく、何の方針も持たない僕達はその通りに歩くことになった。
「皆で、女神の所に行って」
そう、願いを叶えて貰うんだよ。
マルタが呟いた言葉。テラとロルフは、アンネがここにいないことに一度も触れなかった。
そこから迷宮の旅は順調に進んだ。というのもテラとロルフが強かったからだ。少しずつ会話をする余裕もあった。会話をしないと、白い壁の中を歩くのは辛かった。
僕は前から気になっていたことがある。城の人達はなぜ村に行かずに四人だけで城に留まっていたのか。
「始まりは、迷宮から這い出てくる魔物を食い止めるためだった。テラが一人で最初に城に住み始めたんだ。次に僕、次にユストゥス。マルタはいつの間にか住み着いてたよね」
「そうそう、最初ユストゥスが壁と喋り始めたって焦ったよな」
マルタが最初に接触したのはユストゥスだったらしい。壁と喋り始めた、というのは中々衝撃的に見えただろう。
「ユストゥスが来てから、村とは折り合いが悪くなった。あいつ生前の貴族生活の態度が抜けなくてな。魔物がわき出る経緯なんて知らない村人が増えて、城を独占してるとか言われてさ。城から人を追い出してるのはユストゥスだけで、私は自分が暮らせれば誰が住んでも良かった」
「僕もね」
テラとロルフが交互に話してくれる。主にテラが饒舌だ。てっきり僕は二人がユストゥスに従っているのかと思っていたが、そうでもないようだ。それは二人の彼に対する物言いからもわかる。親しげで、困った奴だと許容していたのだ。
そんな経緯を聞いた僕は、城の四人の絆の深さを強く感じた。マルタもなんだかんだ親しげだ。何も喋らないが、そんな空気を心地よく思っている、そんな気配がする。
ユストゥスが戻ってきたら、マルタの隣は奪われてしまうのかもしれない。でも、それがあるべき姿なのだとも思った。
このマルタは体が無いのに死ぬことがあるんだろうか。ユストゥスが触れていたということは、触れられるということはつまり死ぬこともあるのか。血は出るのか? 謎が多い少女だ。
「なんて名前だったっけ、あなた、そう、レネ。村を燃やしたのはレネ?」
違う、と答えた。燃やした奴はさっき死んだと。
「なぁんだ、レネかと思った。そしたらもっと素敵だったのに」
鈴のように綺麗な声が言う。どこか蠱惑的で、この子の興味の対象になれなかったことを残念に思った。そんな風に思う自分に気付き、目を見張る。
僕は同行する誰かがいれば……誰でもいいのか? 一度はそうも思った。しかしそれだけではない。マルタにはどこか危ない魅力があって、それは言葉では言い表せない。
話していると、気を惹きたくなる。彼女の気に入る言動をしたいと思う。不思議な魔力に浮かされた僕は、抗いがたい衝動に駆られて、村での出来事を話していた。きっと彼女の気に入るだろうと思うと、辛かった囚人生活も誇らしくすらあった。
案の定マルタは花開くような笑い声を(魔物に気付かれない程度に抑えて)漏らしてくれた。
「酷い目に遭ったのね。でも自業自得! あなたって最低! わかってるんでしょう? まともな人間のすることじゃないもの。酷い人」
彼女の言葉の一つ一つが甘美なものに思えた。なぜだろう。ユストゥスが心酔するのもわかる気がした。
「最後にこれ、貰ったんだ。随分錆びてるけど、大事な物」
マルタにあの時餞別として貰った錆びたナイフを見せびらかした。戦利品のような物だ。僕はこれを気に入っている。
「錆びすぎて、使うのは難しそうね」
僕の錆びたナイフを握る手に、暖かい少女の手が触れた。血の通った人間の手だ。僕はそう感じた。マルタの姿は見えないが、花のような香りがした。胸が高鳴る。これは何だ? こんなのはおかしい。
「マルタ、君はどうして姿が見えないの」
姿さえ見えれば、もっと君に近付くことが出来るのに。おかしい、こんな感情は変だ。これじゃあまるで、まるで恋でもしたかのようじゃないか。
マルタは硬質な声で言った。
「私はいないも同然だったのよ。とても酷いことがあったの。聞かないで」
マルタのことをもっと知りたいと思ったけど、踏み込んで嫌われるのが怖い。僕は鼓動を抱えながら迷宮を歩いた。狭い道に入って、角が多かった。
「待たせたな!」
不意に小声の少女の声がした。ここは音がとてもよく響くから、魔物を呼ばないように小声なのだと思う。振り返るとそこにはテラと、静かにたたずむロルフがいた。
よく合流できたね、と感心した。そのまま言葉になって出た。
「だってここめちゃくちゃ音響くぜ、足音とか辿れる。後からユストゥスも来るだろ。今上で死んでる」
テラは男の子みたいな喋り方をする。ロルフは少し伸びた髪を邪魔そうによけていた。
「心強い仲間が来たじゃない」
マルタが言った。テラとロルフは魔物に対する対抗力を持っているようで、二人とも目一杯武装していた。それから、水と食料も持ち込んでいる。これなら女神の元へ辿り着くことが出来るかもしれない。
「皆で女神の所に行って、願いを叶えてもらおうね」
テラの年相応の笑顔に、心がようやく落ち着いた。正直、ずっとマルタと二人だったら困ってしまっただろう。気が変になりそうだった。
「女神の場所、わかる?」
ロルフが言う。見当も付かない、と言うと、迷宮の攻略法といえばこれしかないと彼は笑った。右手法。右手を壁につけたまま歩いていくといいらしい。本当はどうかはともかく、何の方針も持たない僕達はその通りに歩くことになった。
「皆で、女神の所に行って」
そう、願いを叶えて貰うんだよ。
マルタが呟いた言葉。テラとロルフは、アンネがここにいないことに一度も触れなかった。
そこから迷宮の旅は順調に進んだ。というのもテラとロルフが強かったからだ。少しずつ会話をする余裕もあった。会話をしないと、白い壁の中を歩くのは辛かった。
僕は前から気になっていたことがある。城の人達はなぜ村に行かずに四人だけで城に留まっていたのか。
「始まりは、迷宮から這い出てくる魔物を食い止めるためだった。テラが一人で最初に城に住み始めたんだ。次に僕、次にユストゥス。マルタはいつの間にか住み着いてたよね」
「そうそう、最初ユストゥスが壁と喋り始めたって焦ったよな」
マルタが最初に接触したのはユストゥスだったらしい。壁と喋り始めた、というのは中々衝撃的に見えただろう。
「ユストゥスが来てから、村とは折り合いが悪くなった。あいつ生前の貴族生活の態度が抜けなくてな。魔物がわき出る経緯なんて知らない村人が増えて、城を独占してるとか言われてさ。城から人を追い出してるのはユストゥスだけで、私は自分が暮らせれば誰が住んでも良かった」
「僕もね」
テラとロルフが交互に話してくれる。主にテラが饒舌だ。てっきり僕は二人がユストゥスに従っているのかと思っていたが、そうでもないようだ。それは二人の彼に対する物言いからもわかる。親しげで、困った奴だと許容していたのだ。
そんな経緯を聞いた僕は、城の四人の絆の深さを強く感じた。マルタもなんだかんだ親しげだ。何も喋らないが、そんな空気を心地よく思っている、そんな気配がする。
ユストゥスが戻ってきたら、マルタの隣は奪われてしまうのかもしれない。でも、それがあるべき姿なのだとも思った。
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