イリーナ

日暮マルタ

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プロローグ

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 あたしは国で一番の魔法学校に通っていた。生徒のほとんどは貴族だが、妾は孤児院も兼ねる教会出身である。なぜ孤児がここに通っているのか、と突っかかられること早数十回、すっかり嫌われ者となった。
 仕方ないではないか。生まれつき莫大な魔力を宿していた。それも破壊を司る闇魔法だ。生まれる時の産声で両親は死んだ。この学校には魔法の制御方法を学びに来ている。
 魔法実践の場では対象を瓦解させたり蒸発させたり、と悪目立ちばかりしていた。そのせいか、不特定多数からの日常的な嫌がらせを受けている。
 やり返そうと思えば簡単だけど、そんなことをしてもさらに顰蹙を買うだけである。心の中ではやり返す。その方法は日に日に残忍になっていく。
 それでも妾は、良き人間になりたい。育ててくれたシスター達のように、神を愛するような人間に。何度ペンケースを隠されても。
 耐える日常の中で、いつしかただ一人ニコライという下級貴族の生徒が味方になってくれるようになった。彼は気弱なのに、勇気を出して庇ってくれた。
 妾はニコライに感謝し、ニコライは照れて頬をかいていた。そこから二人は惹かれ合い、妾が平民なのにも関わらず、ニコライは婚約を申し出てくれた。
 陰口は、多かった。しかしそのおかげで、表立った嫌がらせはなりを潜めたかのように見えた。

 属性魔法の実践試験で、妾は細心の注意を払っていたにも関わらず、爆発事故を起こした。用意された人形を破壊するだけでよかったのに、うっかりやりすぎた。
 ほとんどの生徒は無事だったが、よそ見をしていた一部の生徒が破片を避け損ねた。軽症である。しかし、最近嫌がらせを控えていた主犯格の女生徒マリアが、その爆発を故意に行ったものだと声高に主張した。取り巻きと怪我人が、結託してそう訴えるものだから、学園側も重く捉え、妾は謹慎処分となった。
「ごめんなさいね、あなたがわざとやっただなんて先生は信じてないけど……」
「いえ。ニコライが信じてくれるなら、それだけでいいんです」
「お熱いわねぇ」
 制御魔法担当教師はそうやって妾に微笑みかけた。
 好きな人が、ニコライが信じてくれるなら。そんな思いで謹慎明けの廊下を歩く。なんだかいつもより視線が冷たい気がしたが、気のせいだと思って。
 教室に入ると、少し丸まった背中がある。蜂蜜色の髪が素敵だ、と褒めたことのあるニコライだ。
「ニコライ!」
 謹慎明けたよ、と真っ先に言いに行った。しかしニコライは聞こえていないのか、返事をしない。
「ニコライ、妾謹慎……」
 彼の肩に手を置いた途端、強く振り払われる。
「もう関わらないでくれ、お前には幻滅した」

 学内ではすっかり、妾がマリアをいじめたことになっていた。
 ニコライはマリアから、潤んだ瞳で「イリーナは爵位が欲しくて婚約を受けたのよ」と吹き込まれている。これはマリア本人から聞いた。
 妾はマリアを直接呼び出して、なぜこんな嫌がらせをするのかと問い質した。あら、嫌がらせなんてしていませんわ、と優雅に笑う彼女はぬらりくらりと糾弾を避ける。
「妾は普通に暮らしたいだけなのに」
「では、分相応な振る舞いを身につけた方が良いのでは?」
 妾は我慢の限界だった。もうずっと、ずっとずっと我慢してきた。
 気付けばマリアは雑巾のように捻じられていた。悲鳴を上げるのも苦しそうで、蛙のような声が出た。愉快な見世物。このままもう少し力をこめれば……と、いうところに、怯えた男の声がした。怯えていても、正義感の強い男の声だ。大好きな人の声がした。
「イリーナ……お前、マリアに何をしているんだ!? すぐに彼女を離せ……!」
 妾は、この現場をニコライに見つかり、人生が終わったと思った。
 どさっと瞬時に解放されたマリアは、青い顔をしている。
「き、君との婚約は、破棄させてもらうっ! こんな、野蛮な……」
 ニコライの言葉に、妾は項垂れた。

 マリアもニコライも妾に怯え、学園には妾の悪評がひどく広まった。ただの噂だと思うけど、と懇意にしている制御魔法の先生が事実確認に来た時、マリアを殺しかけたことを正直に白状した。もう学校にはいられない。平民が貴族のお嬢さんを殺しかけたのだから。退学処分が決まり、元に住んでいた教会も、事情を話すと帰れないのでどうしようかと途方に暮れていた。
「あの……イリーナ? 嫌だったら断ってもいいんだけど、とある辺境伯から貴女に求婚状が来ているのだけど……勿論断ってもいいのよ! 先生から言っておいてあげるから……でも、あなたが決めてね」
 制御魔法の先生が妙なことを言い出した。こんな悪評が広まった上で求婚とは? しかも妾は平民なのに。辺境伯ということは、領土争いの最も外側を任されるほどの身分の高い者だろう。断ったら、先生の身が危ないのでは?
 身の置き場もないわけだし、断るという選択はイリーナにはできなかった。
「お受けしますわ……」
 スヴェン・チュディノフ、という名の辺境伯の元へ、退学した妾は婚約者という身分で身を寄せた。ニコライと離れてから、自棄になりつつある。
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