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スヴェン
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揺れる馬車の中から外の景色を眺めていた。もうずっと長いこと馬車を走らせていて、お尻が痛い。そろそろ酔いそうだ。妾は窓を開け、御者に声をかけた。
「すみません、酔っちゃって。ちょっと、休ませてはもらえませんか」
「またかい」
御者はあからさまに嫌な顔をする。いいのか、そんな態度を獲るなら馬車内を吐瀉物で阿鼻叫喚にしてやるぞ。とは思ったものの、口には出さない。そんな事態になったら妾も辛い。
貴族のようなドレスは持っていないし、学園の制服も回収された。妾はみすぼらしい田舎娘の格好をしている。みっともなくて嫌だなぁ……馬鹿にされるんじゃないだろうか。そう思った。
止まった馬車から降りても、足元がぐるぐるする。一度吐いたらすっきりするかもしれない。
「こんなペースじゃ今日中に着かないよ」
「それは困りますね」
御者は妾のことを使用人か何かだと思っているのかもしれない。いや、きっとそうだ。でも、似たようなものだ。
スヴェンは四十代男性らしい。社交界にはほとんど顔を出さないそうだ。仮に頭が禿げ上がった中年太りであっても、文句を言える筋合いはない。妾に求愛する、その理由としては莫大な魔力を持つ子孫を作ることだろう。はぁ……妾の人生こんなものよ。消費されていくのだ。
「もう、いいかい?」
御者につつかれ、また馬車内に舞い戻る。揺れるの嫌だな。
ようやく、屋敷が見えてきた。よく手入れされた大きな庭が覗けた。腕の良い庭師がいるのかもしれない。
日が暮れてきてちょうど屋敷が赤から黒へと姿を変えた頃だった。屋敷の前に立っていたメイド服の人物から、御者は報酬を受け取って帰っていった。
「本当にあなたがイリーナ・グロ様で……?」
眼鏡をかけた冷たそうなメイドは、妾を訝しんでいる。間違いなく自分だと答えると、「本当に平民出身の方なんですね……」と呟き、怯えたようにハッと口を噤んだ。「いえ、すみません」
「こちらこそ、こんな田舎娘で……すみません……」
「スヴェン様がお待ちです。その恰好では何ですので……少々お手間取らせますが、こちらへ」
初っ端から肩身が狭い。
困り顔のメイド達に囲まれて、サイズのあった清楚なドレスを着せてもらい、髪は簡単に巻かれ、メイクをしてもらった。時間が押しているようで皆慌ただしく動いていた。
どういうメイクが好きですか? などと聞かれたが、普段は地味に目立たなくてマナー違反にならない程度のメイクをしている、なんて答えられなくて、ピンク系……とか、と、曖昧な表現をしていた。
「可愛い系ですね! きっと似合うと思います!」
メイクを担当してくれたメイドはまだ若くて、同い年くらいに見えた。眩しいほど白い歯を見せて笑って、魔法のように妾に化粧を施していった。
さて、着飾った妾を待つスヴェンという人物はどんな人間だろうか。会ってがっかりされることのないよう、せめて胸を張る。
もう夕食の時間だというので、食堂でスヴェンと対面することになった。せっかく塗った口紅が食事で落ちる気がしたが、気にしない。
食堂に案内されて、扉を開くと、既に一人食事を始めている人物がいた。
「スヴェン様、イリーナ・グロ嬢をお連れしました」
「……そこ座らせといて」
大きく頬張った肉を咀嚼している途中だったようで、雑な指示が飛んできた。妾は席に着き、メイド達が退散していく。
しかし、ハムスターのように頬を膨らませるその男性……確か四十代だと聞いていたはずだが、二十代にしか見えない。
頬張っていた分を飲み込んだスヴェンは、すっと通った鼻筋が異国の地を思わせる、大変な美丈夫だった。シルバーの髪に空色の瞳がよく似合う。
「いらっしゃい。遅かったから先に頂いていたけど、悪いね。君も好きなように食べるといい、我が婚約者殿」
ウインクをするその人に、聞きたいことは沢山あるけれど、茶目っ気のある人だな……という第一印象に流された。
それに、タイミングよく妾のお腹も鳴った。今の音がスヴェンに聞こえたかわからないが、恥ずかしい。
テーブルに用意されていた料理はかなり冷めていた。相当待たせてしまったんだな、と予想がつく。
「遅れて、申し訳ありませんでした」
いや待て、もしかして席に着く前に謝るべきだった? 自己紹介はどのタイミング? 今? 迷うな、やれ!
「妾、ご存知かもしれませんが、王都の学校で制御魔法を……」
途中で手のひらを見せるスヴェンに遮られる。
「食べなさい?」
声が冷たくてひやりとした。妾は慌てて食事を始めた。
冷めても美味しい食事を終えた。先に食べ始めていたスヴェンは早くに食べ終わったが、妾を急かすこともなく頬杖をついてぼーっとしていたようだ。
妾が食べ終えたのを見たスヴェンが、柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「扱いきれない闇魔法の使い手で、制御魔法が苦手なんだって?」
「は、はい……」
「たまたま、私も闇魔法の使い手で、制御魔法が得意だ。教えてあげられる。暴走すると辛いだろう?」
なんだ、いい人そうだ……。
「四十代の方だと聞いていたのですが……」
一番の疑問をぶつけてみる。
「……そうだね。妻になるものには知っておいてもらおうかな。私の見た目が若いのは、魔人の血が入っているからだよ」
「魔人……」
最近まで戦争していた種族だ。確か、魔族全体の内部争いが激化して、人間の国が有利な条件で和平を結んだとか。
「嫌かい?」
「いえ、とんでもない!」
まだまだ魔人との友好関係は築かれていないが、スヴェンはいい人そうだ。それに、このままいけば夫になる人なのだから、悪く思われたくない。この人もそう思っていることだろう。
「これから、よろしくお願いします」
「よろしくね」
彼はにっこりと笑った。
「すみません、酔っちゃって。ちょっと、休ませてはもらえませんか」
「またかい」
御者はあからさまに嫌な顔をする。いいのか、そんな態度を獲るなら馬車内を吐瀉物で阿鼻叫喚にしてやるぞ。とは思ったものの、口には出さない。そんな事態になったら妾も辛い。
貴族のようなドレスは持っていないし、学園の制服も回収された。妾はみすぼらしい田舎娘の格好をしている。みっともなくて嫌だなぁ……馬鹿にされるんじゃないだろうか。そう思った。
止まった馬車から降りても、足元がぐるぐるする。一度吐いたらすっきりするかもしれない。
「こんなペースじゃ今日中に着かないよ」
「それは困りますね」
御者は妾のことを使用人か何かだと思っているのかもしれない。いや、きっとそうだ。でも、似たようなものだ。
スヴェンは四十代男性らしい。社交界にはほとんど顔を出さないそうだ。仮に頭が禿げ上がった中年太りであっても、文句を言える筋合いはない。妾に求愛する、その理由としては莫大な魔力を持つ子孫を作ることだろう。はぁ……妾の人生こんなものよ。消費されていくのだ。
「もう、いいかい?」
御者につつかれ、また馬車内に舞い戻る。揺れるの嫌だな。
ようやく、屋敷が見えてきた。よく手入れされた大きな庭が覗けた。腕の良い庭師がいるのかもしれない。
日が暮れてきてちょうど屋敷が赤から黒へと姿を変えた頃だった。屋敷の前に立っていたメイド服の人物から、御者は報酬を受け取って帰っていった。
「本当にあなたがイリーナ・グロ様で……?」
眼鏡をかけた冷たそうなメイドは、妾を訝しんでいる。間違いなく自分だと答えると、「本当に平民出身の方なんですね……」と呟き、怯えたようにハッと口を噤んだ。「いえ、すみません」
「こちらこそ、こんな田舎娘で……すみません……」
「スヴェン様がお待ちです。その恰好では何ですので……少々お手間取らせますが、こちらへ」
初っ端から肩身が狭い。
困り顔のメイド達に囲まれて、サイズのあった清楚なドレスを着せてもらい、髪は簡単に巻かれ、メイクをしてもらった。時間が押しているようで皆慌ただしく動いていた。
どういうメイクが好きですか? などと聞かれたが、普段は地味に目立たなくてマナー違反にならない程度のメイクをしている、なんて答えられなくて、ピンク系……とか、と、曖昧な表現をしていた。
「可愛い系ですね! きっと似合うと思います!」
メイクを担当してくれたメイドはまだ若くて、同い年くらいに見えた。眩しいほど白い歯を見せて笑って、魔法のように妾に化粧を施していった。
さて、着飾った妾を待つスヴェンという人物はどんな人間だろうか。会ってがっかりされることのないよう、せめて胸を張る。
もう夕食の時間だというので、食堂でスヴェンと対面することになった。せっかく塗った口紅が食事で落ちる気がしたが、気にしない。
食堂に案内されて、扉を開くと、既に一人食事を始めている人物がいた。
「スヴェン様、イリーナ・グロ嬢をお連れしました」
「……そこ座らせといて」
大きく頬張った肉を咀嚼している途中だったようで、雑な指示が飛んできた。妾は席に着き、メイド達が退散していく。
しかし、ハムスターのように頬を膨らませるその男性……確か四十代だと聞いていたはずだが、二十代にしか見えない。
頬張っていた分を飲み込んだスヴェンは、すっと通った鼻筋が異国の地を思わせる、大変な美丈夫だった。シルバーの髪に空色の瞳がよく似合う。
「いらっしゃい。遅かったから先に頂いていたけど、悪いね。君も好きなように食べるといい、我が婚約者殿」
ウインクをするその人に、聞きたいことは沢山あるけれど、茶目っ気のある人だな……という第一印象に流された。
それに、タイミングよく妾のお腹も鳴った。今の音がスヴェンに聞こえたかわからないが、恥ずかしい。
テーブルに用意されていた料理はかなり冷めていた。相当待たせてしまったんだな、と予想がつく。
「遅れて、申し訳ありませんでした」
いや待て、もしかして席に着く前に謝るべきだった? 自己紹介はどのタイミング? 今? 迷うな、やれ!
「妾、ご存知かもしれませんが、王都の学校で制御魔法を……」
途中で手のひらを見せるスヴェンに遮られる。
「食べなさい?」
声が冷たくてひやりとした。妾は慌てて食事を始めた。
冷めても美味しい食事を終えた。先に食べ始めていたスヴェンは早くに食べ終わったが、妾を急かすこともなく頬杖をついてぼーっとしていたようだ。
妾が食べ終えたのを見たスヴェンが、柔和な笑みを浮かべてこちらを見ている。
「扱いきれない闇魔法の使い手で、制御魔法が苦手なんだって?」
「は、はい……」
「たまたま、私も闇魔法の使い手で、制御魔法が得意だ。教えてあげられる。暴走すると辛いだろう?」
なんだ、いい人そうだ……。
「四十代の方だと聞いていたのですが……」
一番の疑問をぶつけてみる。
「……そうだね。妻になるものには知っておいてもらおうかな。私の見た目が若いのは、魔人の血が入っているからだよ」
「魔人……」
最近まで戦争していた種族だ。確か、魔族全体の内部争いが激化して、人間の国が有利な条件で和平を結んだとか。
「嫌かい?」
「いえ、とんでもない!」
まだまだ魔人との友好関係は築かれていないが、スヴェンはいい人そうだ。それに、このままいけば夫になる人なのだから、悪く思われたくない。この人もそう思っていることだろう。
「これから、よろしくお願いします」
「よろしくね」
彼はにっこりと笑った。
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