イリーナ

日暮マルタ

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オークション

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 闇オークションに出かける約束をしていた。ちょうどペット用の首輪も貰ったし、子フェンリルが扱われると噂の回に出かけた。もちろん目当ては子フェンリルだ。
 馬車の揺れでまた気分は悪くなったが、慣れるしかない。
 会場に入る前に、スヴェンから蝶の仮面を渡された。スヴェンもお揃いの仮面をつける。身元を隠すためらしく、会場内は怪しい仮面だらけだった。
「皆目当てのものがあるの?」
 スヴェンの名前を呼べなくて面倒だ。
「ある者もいるし、掘り出し物を探す者もいる」
 妾達はオークションの席に着いた。
 まず真っ先に、人形のように綺麗な少年がドレスを纏って現れた。虚ろな瞳を会場の客たちに向ける。拘束もなく椅子に腰かけている。
 熱狂的な声が値段を叫ぶ。綺麗な生き物は高い。臓物は皆同じように汚いくせに。
 ちょっと手を挙げてみたい、とスヴェンに小声でねだったら、フェンリルが出た時には手を挙げるように許可をもらった。やったぁ。
 山羊のような角の生えた魔人や、片翼の有翼人が大人気で売れていく。そんな中で、フェンリルの人気はそんなに大きくはないようだった。
「子供のフェンリル! まだ子供のフェンリルですよ!」
 司会者が高らかに言う。
 私はそっと手を挙げてみた。しかしまずい、値段の相場がわからない。
「助けてスヴェン……」
 スヴェンはケラケラと笑った。結局妾は挙手だけして、金額はスヴェンが言った。周囲の反応は一瞬ざわめいて、すぐに静かになる。それ以上の金額を提示した人はいなかったようだ。
「予算内に収まった?」
「ああ、可愛い妻への贈り物だからな」
「まあ! よく言うわ」
 唯一付き合った異性であるニコライが照れ屋だったので、可愛いとか、言われ慣れていない。大事にされる実感というのも、スヴェンといて初めて感じるようになった。
 妾達はオークション主から子フェンリルをお金と交換した。子フェンリルはひどく怯えている。
「大丈夫よ……」
 壊してしまいそうで触れるのが怖い。スヴェンがすぐさま服従の魔法をかけていた。スヴェンの命令で子フェンリルは妾にお腹を見せる。そのお腹を撫でながら、いつか魔法が無くても仲良しになれたらいいのになぁと思った。
 ふわふわの銀狼。まだチワワみたいな小型犬だけど、すぐに大きくなるらしい。前足が太くて、これから大きくなる体を支える足ですよ、といった感じだ。
「スヴェン、ありがとう。大事にするね」
 彼は優しく微笑んでいる。家族が増えたね。

 オークションから帰る途中、馬車の中でフェンリルに首輪をつけた。一目で高級品とわかる品だったが、愛くるしいフェンリルにはまだアンバランスだった。
「名前はどうする?」
 妾はつけたい名前があった。シンプルで覚えやすく、呼びやすい。
「フェンはどうかな」
「そのままだね」
「でも、とてもいい名前だと思うの」
 フェンー、と呼んでみる。フェンは少しこちらに顔を向けた。
「ほら、こっちを向いた。頭がいいね」
「いいんじゃない? フェン」
 スヴェンも同意する。二人でフェンに名前を覚えさせようと、フェン、フェン、と何度も呼びながらの帰路だった。

 スヴェンの屋敷の管理を少しずつするようになった。仕事を教えてくれる執事やメイドが、妾の顔色をうかがいながらなのが却って不快ではあったけれど、まあ、仕方ない。
 給与計算、掃除ができてるかどうかの確認、庭師の手配、手紙の開封、書庫の整理。仕事は沢山あったが、スヴェンはやらなくてもいいと何度も言った。それを無理矢理やっているのは妾だ。
 役に立ちたい。だって、元はといえば勘違いで巡り合った二人だから。
 スヴェン……妾は謝りたい。スヴェンがどういう噂を聞いたか知らないけど、妾には人や魔物を傷付けて悦ぶ趣味は本来なかったのだ。それを、勘違いさせて……本当に申し訳ない。でも、こんなこと今更言えない。噂の全ては本当だった、ということにしておけばいいのだろうか。
 スヴェンには良くしてもらっている。人生で一番充実しているのが今だと胸を張れる。時々、優しかったニコライを思い出すけど……。
「奥様に客人です」
「あら、誰かしら」
 妾は手鏡で自分の姿をチェックした。おかしいところは無いはずだ。しかし、こんなところまで一体誰だろう。友達もいないのに。
 応接間に着くと、頭を抱えたスヴェンともう一人、金髪の男が立っていた。
 見覚えがある。学園の入学式の日、来賓席に座っていた。この国の国王陛下ではないか……?
 妾は慌てて最敬礼をした。
「ああ、いい、いい。スヴェンの嫁さんだって? 今度の子は若いね。いつまでもつやら」
「もう本当に帰ってくれ……彼女だけは大丈夫だ」
 この国王陛下、王位継承権が六位だったにも関わらず上が次々病死変死しているキナ臭い人物だ。が、治世は平和。スヴェンと交流があったのか……ということは、魔人の血のことも知っているんだろうな。
「彼女だけは大丈夫ってさ、何でそう言えるわけ? 今までも似たようなこと言ってたよ? 俺にしとけって」
 何の話だかわからないが、まるで国王陛下がスヴェンを口説こうとしているかのようだ。
「彼女は私と同じものを好きになってくれる。お前とは違う」
「我慢して好きなふりしてるだけじゃないの」
 国王陛下が薄く笑う。そういう子、前にもいたじゃん、と。
 なんだか挑発的な目でこちらを見てくる国王が面白くて噴き出してしまった。だって、威厳なんてない、商売女みたいだったから。
「……肝が据わってるなぁ」
 商売女だと思われてるとはつゆとも知らず、国王は感心していた。
「イリーナだけは、大丈夫だ」
「ふーん……まあ、顔見れたから今回はこれだけでいいわ。スヴェンお前、もうちょっと行事来いよ! じゃあな」
 国王は忙しそうに帰っていった。
「今の人……影武者とかじゃなく?」
「国王陛下だな。影武者とかじゃなく……すまないイリーナ、巻き込んだな。あいつ昔から私の顔だけ好きなんだ」
「か、顔だけ?」
「そう、顔だけ。やめてほしいよ、全く……」
「そうなんだ……」
「その分、色々融通利かせてくれるけどな」
 スヴェンはぐったりと疲れたようだった。今日は二人、手をつないで眠る。お互いの存在を確かめるように。
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