赤い箱庭

日暮マルタ

文字の大きさ
1 / 15

紅葉

しおりを挟む
 いつも通りの学校からの帰り道、急に吐き気がした。というのも、突然ピークの車酔いのような気持ち悪さに襲われたからだ。平衡感覚が狂い、その場に倒れてしまう。私はどうしてしまったんだろう、と思いながらコンクリートの冷たさを感じていた。次第に意識が重くなる。遠のいていく。まずい、救急車、と思いながら、そんな思考も霧散していった。
 
 目が覚めるとそこは赤い紅葉の美しい神社の境内だった。鳥居の内側で起き上がる。見覚えは全くない。
「ここは……」
 呟く声に返答がある。
「ここは主様の庭」
 幼い声のする方に目を向けると、現代には似つかわしくない鮮やかな和装の子供がいた。
「庭……?」
「サヤカ。あなたは招待された。あなたはここで生活する権利を得たのよ。光栄に思うがいいわ」
 言われた言葉の半分も理解できない。私は家に帰ろうとしていたのだ。
「どうして名前を? お嬢ちゃん、何かの冗談? 私、帰り道がわからないの。人がいるところを教えてくれない?」
「ここに人はいない。さあ、こちらへ」
 私は強引な少女に手を引かれ、神社の中へと連れていかれた。混乱していて、とにかく大人の誰かに会いたかった。

「主様、サヤカです」
 神社の境内の奥に屋敷があった。古びてはいるが、立派な造りをしている。その屋敷の縁側に、奇抜な格好の白い長髪の男性が座っている。少女はその彼に主様と呼びかけた。彼は煙管を口にしている。紫の煙がゆるゆると立ち上る。彼は私を見るとにやりと笑った。
「ようこそ、我が庭へ。貴様は二度とここから出られない」
 よく見るとその彼の頭には大きな角が生えている。
(この人……人間じゃない!)
 彼は異様な雰囲気を纏っており、心の奥底が怯えて震えるような感覚が私に流れた。足がすくんで動けない。
「どうした。何か言うことでもあるかと思ったが。それか聞きたいことでもあれば、今なら特別に答えてやろう」
 内にある恐怖を何とかこらえ、唾を飲み込んだ。
「……二度とここから出られないって……なんでですか」
「ふむ。その問いには答えられない」
 答えてくれるって言ったのに! 男は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべている。
「じゃあじゃあ、ここはどこなんですか。あなたは誰……なんで私の名前を?」
「ここは我が庭。サヤカ、これからの貴様の居住地にもなるな。我は……かつては人に祀られし時もあったが、今ではただの妖よ。もう我に名はない。好きに呼ぶことを許す。そして最後の質問だな……サヤカのことは何でも知っている。これでも元神だ。ずっとお前を見ていた」
「どうして……」
 情報量の多さにまた混乱が強くなる。
「ずっと見てたって……」
「ああ。見ていたぞ」
 この話には触れない方がいいかもしれない。なんだか怖い。
「私! 帰らなきゃ。親が家で待ってるし、学校にも行かなきゃいけないんです」
「却下だ。お前は二度と現世には帰れない。我がサヤカに飽きたら、別の話だがな」
 そろそろ連れていけ、椿。と男が少女に指示をした。静かに控えていた椿と呼ばれた少女は、私の腕を掴む。暖かな体温が伝わる。
「この屋敷を案内するわ」
「それは……えっ私本当にここで暮らすの!?」
「ええ。主様の命令は絶対。あなたの暮らす部屋ももう用意してある」
「もう用意されてるの!? なんで!」
「なんでって。主様が歓迎してくださってるのよ。あなたが来るのをずっと待ってたの」
「……怖いよ……」
「慣れればここもいいところよ。主様のご機嫌を損ねなければね」
 こうして私の異界暮らしは始まった。
 広い屋敷の中を歩き回って、疲れた頃にお風呂に呼ばれた。こういう異界で食事をとってはいけないと聞いていたけど、お風呂の良い匂いを嗅いでいたら頭がぼーっとして、気が付いたら出された食事を残さず食べてしまった。
 主様と呼ばれる男と共に囲んだ食卓は、魚がメインの和食で、とても美味しかった。
「美味いだろう。我が釣った魚だ」
「……魚釣りとか……するんですね……」
 そんな会話をしたのをぼんやり覚えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...