赤い箱庭

日暮マルタ

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髪の毛

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 二日目。目を開けたらアップの主様の顔があった。睫毛が長い。見惚れそうな美形だが、まずは驚きが勝った。声を上げて距離を取る。主様は心外そうな顔で「朝から騒々しいなぁ」とぼやいた。
「なんでここにいるんですか!」
「ここは我が屋敷ぞ。どこにいようと我の勝手よ」
 まさかずっと添い寝してたんじゃ……。男の人と添い寝なんてしたことないのに! なんてことを……!
「朝餉の時間ぞ。寝坊助め。」
 ああ、朝食に呼びに来てくれたのか……いや、布団に入る必要はなかったよね。やっぱり添い寝してたんだ……。なんだか意識してしまう。だって異性だし! でも神様なら関係ないのかな。今はもう神様じゃないみたいだけど……。
「早く行くぞ。支度をしろ」
「え、寝間着でいいんですか……」
「……着替えは椿に持ってこさせる。我は先に行っているぞ」
 襖の隙間から覗き込んでいた椿ちゃんが部屋に入ってくる。と同時に主様は外へ出ていった。
「着物と、セーラー服、どっちがいい?」
「えっと……着物は、着方がわからないので、セーラー服で」
「そう」
 着物とセーラー服両方を持っていた椿ちゃんは、セーラー服だけを私に渡して「それ、似合うわよ」と言った。
「あ、ありがとう……」
 私は着替えて、主様のいる広間に向かった。

 朝食はなんと美味しそうなオムライスだった。まさかの洋食!
「洋食も出るんですね……!」
「サヤカが好きだからな」
「た、確かに私の好物ですが!」
 意外性が強いというか……。かなり融通が利くみたいだ。
 食後、さてどう過ごそうかと思っていると、主様がおもむろに髪をかき上げた。邪魔だな、と呟いて鋏で髪を切る。切っちゃうの!? 
「もったいない、綺麗な髪なのに!」
「別にいいだろう、邪魔なんだ」
 ざんばらに髪が切られてしまった。せっかくの髪が雑に扱われるのが我慢ならず、切らないでくださいとお願いする。面倒そうだった主様は急に目を輝かせて、「それなら、我の願いも聞いてくれるのであろうな?」と言う。椿ちゃんが黙々と主様の落ちた髪を拾い集めていた。

「なんでこんな……ゼロ距離に……」
 心臓がドキドキする。なぜか私は主様の膝の上にいた。硬くて逞しい胸筋が呼吸のたびに動くのを背中に感じる。主様は鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌だ。
「ようやくサヤカに触れられる。この時をどれだけ待ったか」
「主様は、どうして私を知っていたんですか……?」
「サヤカが我を見つけたのではないか。忘れてしまったか」
 主様は私の髪を撫でる。表情は見えないが、とても愉しそうな声色をしていた。
「結んでやろう。昔みたいに。おい、椿」
 私が髪を結んでいたのは、いつの頃だったか? 小学生の頃くらいには結んでいたような気がする。その頃から私を知っているのだろうか。
 椿ちゃんが緑の髪紐を持ってきた。膝から降ろされる。よかった……。ほっとした。心臓が持たないところだった。異性とこんなに接近することはなかったから。でも、髪をいじられるのも初めてだ。
髪紐はヘアゴムのように輪になっているのではないので、結ぶのは大変そうだと思ったが、案の定主様は不器用だった。
「難しいものだな……」
 触って確認しなくてもわかる。ぐしゃぐしゃにされた……。私は髪に癖があるから、結ぶのは余計に難しかったことだろう。いや、結ぶところまで行けていないかもしれない。
「髪の毛結ぶのは慣れですよ」
「我の髪も結べるか? 邪魔でかなわん」
「えっ……」
 主様の銀の髪。光に当たってキラキラ光る。たっぷりと質量があり、艶々で触り心地がよさそうだ。触れるのか、この髪を。ちょっと触ってみたい。左側だけ不格好に切られてはいるが、それでも十分の長さがある。
「三つ編みにしてもいいですか……」
「三つ編み? よかろう」
 私は嬉々として三つ編みに取り掛かった。
 絹のような触り心地、これが髪の毛……元神の毛……いや、つまらないことを考えてしまった。とにかく撫でるだけで気持ちが良い髪だった。束ねて、編み込んでいく。三つ編みなら邪魔にもならないだろう。
「おお、髪が落ちてこない」
 主様にも好評なようだった。指通り滑らかな髪は編みやすかった。
「楽しいな」
 主様はどことなく悪人面で笑っていた。
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