赤い箱庭

日暮マルタ

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迷い人

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「サヤカ、夕食を捕りに行くぞ。供をせい」
 主様がそう言うので、魚釣りかと思って後をついていった。椿ちゃんは屋敷の掃除をし始めたようだった。二人きりだ。
釣り竿とか持ってないけど、元神の力で収納してるのかと思った。違った。
屋敷の裏はちょっとした森になっていて、紅葉した木々が美しかった。湖もある。魚はここで釣ったのだろう。この世界にも沢山の動植物がいて、鳥や虫の音がした。
がさがさ、と草むらで何かが跳ねた。ウサギだ! 野生のウサギは可愛いというより少しワイルドな見た目をしている。
遠くで鼻をひくつかせるウサギを横目に、主様が懐から何か取り出す。それを左手に持ち、右手で引いて、離した途端ウサギが吹っ飛んだ!
「えっパチンコ!?」
「今夜はウサギ鍋だな!」
 射出された玉はウサギを仕留めるだけの威力があったようで、ふわふわのウサギは動かなくなった。
「残酷……」
「今の人間は他人に豚を殺させて食べることだけをする。そっちの方が余程残酷ではないか? 食事とは、狩りとは楽しむものよ」
 主様は続けて鳥を射抜いた。命中率はかなり高いらしい。落ちてきた鳥と、落ちているウサギを懐から取り出した小さな袋に収納する。とても入りきらなさそうに見えたが、神様パワーで収納しているらしい。中には釣り竿も入っていそうだ。しかし今日はパチンコの気分らしく、次々と動く動物達を打ち落としてはしまっていた。
「サヤカもやってみるといい」
「えっ私は……」
 やはり直接生き物を殺すのは怖い。偽善と言われても、怖いものは怖い。
 無理矢理持たされたパチンコで空中を打つ。目標の鳥に当たらないように打った。もちろん外れる。
「下手だの」
 クツクツという笑い声が聞こえる。
「殺すのが怖いか。今までどれだけの生き物を食ってきたか、その全ては間接的な殺生よ。昨晩の魚もな。しかしその怯え、我は愛おしく思うぞ。矮小でな」
 主様がそっと私の頭を撫でる。言ってることはもっともだ。ちゃんと食べるなら、殺すのも……仕方がないのか。
「そうですね、残酷だなんて言って、ごめんなさい……」
「構わん。人間とはそういうものだ。自分勝手で、利己的で……我はな、サヤカ以外の人間は滅んでもいいと思っている」
「えっなっ、滅ぶって」
「滅びし神の戯言よ。寵愛の対象は一つでいい」
 彼の言葉は難しい。人間が嫌いなんだろうか。でもどこか寂しそうに、愛おしそうに人間を語る。その中でも特に、私に対する愛情が、その理由はわからないのにただまっすぐ伝わってくる。ただの気まぐれだろうか……そうかもしれない。妖って言ってたし、そういう存在は人を化かすものだ。そのうち取って食われるのは私かもしれない。ただ今は、紅葉のように赤くなる顔を隠した。

「今日はまた大量ですね。張り切りすぎですよ、主様」
「年甲斐もなくはしゃいでしまったわ」
 椿ちゃんが小さな袋を受け取って中を覗く。夕食はそれでジビエ鍋が出来上がった。ジビエというのは少し硬かったり生臭かったりするが、椿ちゃんの料理の腕のおかげか、美味しい。
「主様、美味しいです」
「そうだろうそうだろう」
 三人で食卓を囲んでいたら、屋敷のすぐ近くから大きな物音がした。メリメリ、ドスンと何かが破けて重いものが落ちた音。主様は露骨に嫌な顔をした。「見に行きます」と椿ちゃん。
 食べ終わってから、椿ちゃんが一人の男の子を連れてきた。
「主様、迷い人です」
 男の子は怯えた様子を見せていた。私と同じ、迷い込んだ人。ここに滞在するのだろうか、と少しワクワクして主様を見ると、とてつもなく嫌そうな顔をしていた。
「ようこそ、招かれざる客人よ。我は貴様を歓待せぬ。ここにお前の居場所はない」
「ここはどこなんですか……帰り道を……」
 男の子は戸惑っているようだ。そりゃそうだ。角生えた人が目の前にいるんだから怖いし、この場所に来た当初の私と一緒だ。
 それにしても、男の子のことは拒否するのに私のことは逃がしてくれないんだな……やっぱり、好かれているから? 少し、嬉しい。でも、私も家に帰りたい。
「どうせ同じことよ。貴様は死ぬ運命にある。帰り道は椿が教える」
「えっ」
 思わず声が漏れた。死ぬって、何?
 椿ちゃんが男の子を引っ張ってどこかに連れていく。
「そんなの、私、どういうことだかわかりません。死ぬ運命って何ですか? なんで私には帰り道教えてくれないのに……」
「我はサヤカ以外の人間を好かん。迷い込む方が悪い」
 主様は私を抱きすくめた。男の子は呆けた顔で、椿ちゃんについていく。
 主様が私の瞼を撫でる。言いたいことは沢山あったのに、それをされると途端に体が重くなった。口を開くことすらできない。
「今は眠るといい。起きた時には、いつも通りの日常だ」
 私の意識はどんどん遠のいていった。
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