赤い箱庭

日暮マルタ

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真実

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 目覚めるとそこは、空一面の桜景色だった。
「起きたか。綺麗だろう、今日は花見をしよう」
 頭がぼーっとする。私は主様に膝枕をされていた。距離が近いのにも慣れてきた。いつもの紅葉はどこにも見当たらず、はらはらと舞い落ちる桜が顔に落ちる。
 この世界は四季が入り乱れているようだ。
「ここは……あの人は?」
「ここから出た人は皆死ぬのよ。あの人もそう、サヤカも」
「椿」
「……申し訳ありません、主様」
 横に椿ちゃんがいる。まだ起きたばかりで寝ぼけている。ここから出た人は皆死ぬ……どういうこと?
「私も、死ぬんですか……」
「……サヤカ、お前はストーカーに刺されて死ぬ。我がそれを予知し、ここに連れてきた」
「そんな……あの人は? どうして死んで……もうここにはいないんですか?」
「なぜ死んだかなど知らぬ。この世界には死にかけた者だけが迷い込む。それを帰しただけよ……。桜は嫌いか? 団子もあるぞ」
 私は主様の膝から起き上がる。
「……なんで、私だけ特別なんですか……」
「我の孤独な日々に光を差してくれた。やはり覚えておらんか」
 主様は少し遠くを見つめ、微笑んでいるようだった。
 私の頭を撫でる手から、暖かな何かが流れ込んでくる。それは記憶だった。主様の、記憶。

 小さな祠に手を合わせる子供。あれは私だ。登下校の道を少し外れたところに、古びた祠があるのを知っていた。誰も通りがからない横道で、お供え物も何もない祠だった。きっと神様がいるんだ……寂しいんじゃないかな。そんな風に思って、私はよく寄り道をして手を合わせていた。
 主様はその私を見ていた。誰も来ない祠、そこに私が来るのをずっと待っていた。私しか来なかった。自分を忘れた人間達に対する冷え切った心に、私という熱が加わった。記憶と同時に、感情が流れ込んでくる……どこまでも、愛おしい。と。
 私のほんの気まぐれで、寄り道していたあの祠が、主様のものだったのだ。それを彼はずっと覚えていた。
 私を気にするようになって、ずっと意識していて、私がある日背中から刺される光景を見た。焦った主様は、私を呼び寄せた。
 それまでにも、何度も主様は私を呼び寄せようと考えていた。親に叱られて泣いていた時、学校で意地悪をされて泣いていた時……だけど私の生活を優先してくれていた。暖かな気持ちで見守り続けてくれていた。
 私の死が確定して、彼は私を救ってくれたのだ。
 目を開けると桜が見えた。主様は愛おし気に私を撫で、微笑んでいる。
「気持ちは、わかりました……」
 まっすぐに主様の顔が見られない。こんなにも真摯な愛情をぶつけられたのは生まれて初めてのことだった。
「でも、人が死ぬのをわかっていて、追い出すようなことは……もうしないでほしいんです……」
「皆で仲良しこよしでここで暮らせと? ……サヤカがそう言うならば、そうしようか」
「主様はサヤカに甘いですね」
 椿ちゃんがお弁当を作ってきてくれていた。お重に入った煮物や栗きんとんがとても美味しかった。
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