赤い箱庭

日暮マルタ

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3章山神編

里との交流

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 今日も神社の下まで降りる用事があった。神社の下にあった廃村はすっかり迷い人達の受け入れ先になり、もはや廃村とは呼べなくなっている。コッコッと首を動かす鶏がトコトコと散歩をする風景に、懐かしさを覚える。おじいちゃんの田舎と同じだ。おじいちゃん元気かな。
 真っ青な空の下、畑を耕すかつての退治屋に声をかけた。彼はここに来たばかりの頃と比べて、農作業のせいだろう、筋肉がつき、爽やかな汗をかいていた。
「退治屋さん」
「これはこれはサヤカ殿!」
 彼はクワを置いてタオルで汗を拭きながら寄ってくる。主様から預かった異次元ポケットをゆらゆらさせて、「森で獲れたお肉とキノコですよ」と言う。あれから増えた何人かの迷い人も、周囲に集まってきた。
「ありがたい。少ないですが、最近の収穫物と交換しましょう」
 ぱらぱらと歓声が聞こえてくる。動物の肉はこちらではご馳走らしい。少しずつ畜産も始めようという話にはなっているようだが。
 まばらな人々の群れの中に、一人背丈の低い少年を見つけた。伏し目がちな表情が庇護欲をそそる。盛り上がる大人達の輪にも入れていなくて、寂しそうにしているから、妙に印象に残った。
 子供でこの世界にいるなんて……。可哀想に。どうして死にかけてしまったのだろう? だけど、せめてここでは楽しく生きてほしい。そうだ、遊び相手になってあげよう。大人ばかり来るから、ここでは私が一番歳が近いはずだ。大人達の群れから離れて、そっと声をかけた。
「来たばかりの子?」
「……うん。そう」
 不思議な声色だと思った。ふらりとついていってしまいそうな魅力がある。彼は気恥ずかしそうにはにかんでいる。……可愛い。
「いつも少し寂しいけど、ここにいると気晴らしになるね……」
「名前はなんていうの?」
 肉に集まっていた大人の一人が「ああ、だめだめ!」と大声を上げた。この人、何を話すにも大声なのだ。
「そいつ名前聞いても答えねえんだよ! 答えたくないんだと!」
「……うん、そうなの」
 少年は薄く笑ってそう答えた。
 もしかしてあれだろうか、キラキラネームというやつなのかも……こんな世界に来てまで背負いたくないよね。よし、何も聞かないことにしよう。
「強く生きるんだよ……」
「うん? うん」
 どこからか藤の花の匂いがする。少年は控えめに笑っている。
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