赤い箱庭

日暮マルタ

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3章山神編

熱々な二人

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「コクトミ……どうやってここを」
 少年が低く冷たい声で主様の方へ振り返った。おかげで私は解放される。少年から距離を取ったら、どこか名残惜しげな視線が絡みついた。
「サヤカには我の神術で作った数珠を持たせてある……その気配を辿ってきた」
 あれか! 着けててよかった! デザイン気に食わなくても好きな人からもらったものは着けておくべきだね! しかし、そんな気配を辿れる機能付きだなんて、教えておいてくれればいいのに。
 主様は鬼のように赤黒い目をして、それでもとても丁寧に話し始めた。
「私よりも遥かに位の高い山神であるあなたが、なぜ私の妻にご無体を?」
 主様の口から煙が立ち上る。世界のヒビはすぐに修復されてしまった。
 こんな時だけど、妻? 妻って言った? 主様、何を言っているんですか……というか、鬼化が急速に進んでる!?
 山神はひどく落ち着いた声で「好きだから」と言った。どこかで聞いた台詞だ。私が退治屋騒動の時に必死に主張したのと同じ……。
 主様もそのことを思い出したのか、少し呆気に取られたようだ。その表情を見て、馬鹿にされたとでも思ったのか、山神は再度繰り返した。
「サヤカのことが好きなの! お前は邪魔!」
 先程までの落ち着きが嘘のようだ。駄々っ子になった山神は、圧倒的な力で主様の体をいとも簡単に吹き飛ばした。念動力だ。
 私は主様の方へ走った。背後から「僕のものになってよ、ねえ!」と声がするが、そんなものに未練はない。鳥居に叩きつけられた破片だらけの主様に触れる。大きな傷はないみたい。山神の方を向いて堂々と「私は主様が好きなの!」と宣言した。
 角が随分伸びた主様が、私を背中に隠してくれた。唸り声をあげている。
「……それが理由? あの世界から出たら神としての姿を保てない、だから閉じこもってるわけね。……ねえ、サヤカ、僕のこと嫌い? 身勝手な理由で閉じ込め続けるコクトミよりも?」
「そんな……嫌いなんかじゃ」
「好きなのか!?」
 主様が口を挟む。
「違います!」
 大きく否定した。そうしなければ主様の背中が小さくなってしまいそうで、哀れで見ていられない。
 山神と呼ばれた少年は、そんな私達を見て泣きそうな声になった。外見相応の子供らしい空気を纏う。
「僕のこと、嫌いにならないで……たまにまたあの村で構って……それが二人を無事に返す条件だ」
 願ってもない、それが叶うなら何も望むことはない。山神と判明した後でも、彼は私にとって花の交換をし続けた良き友人であった。主様も礼儀を持って感謝の意を伝えている。山神は顔を隠して、泣いているようだ。失恋でもしたように。
 神社の石の狐達がコンコンと鳴いた。鳥居の奥に、季節と生物の香りがする、私の大好きな空間が広がる。
「帰れるぞ、サヤカ」
 主様が私の手を引く。大きな手だった。暖かい手だった。いつだって私はこの腕に守られている。

「サヤカお前は厄介なものに好かれるな。我も含めて……」
 主様がしみじみと言う。私達は紅葉の鮮やかな主様の世界に無事帰還していた。主様は何事もなかったかのように、爪を研いでいる。鬼化も収まったらしい。
「もう二度と妙な輩の目に入らないように、閉じ込めてしまいたい……」
 おっと。主様が変なことを言い出した。私はすかさず、「それでも私の意思を尊重してくれる主様のことが好きですよ」と返す。主様は虚をつかれたようだ。
「主様、サヤカ、ご飯ができましたよ」
 山神との一件など何も知らない椿ちゃんが夕餉に呼びにくる。すっかりいつもの日常が戻ってきた。
 たまにトラブルもあるけれど、愛しい毎日だ。
 夕食の魚に舌鼓を打っていると、どこからか山神の声が降ってくる。
「結婚おめでとう」
 食事をむせた椿ちゃんが「いつの間に祝言を……!?」と動揺していた。
 今日も鮮やかな日々を紡いでいく。
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