赤い箱庭

日暮マルタ

文字の大きさ
14 / 15
3章山神編

誘拐

しおりを挟む
 背筋が冷たくなるほどに静かな場所だった。目を開けると、石の狐達が十……二十……数えきれないほど立ち並んでいる。異様な光景だった。それに少し寒い。あまりにも雰囲気が違うので戸惑ったが、ここも神社の境内のようだ。
「神様だったの、コクトミと同じ……」
「あんな弱小とは僕は違うよ」
 彼はきっぱり言い捨てた。その笑顔は今まで見慣れてきたものと同じ。変わったのは私。私が彼を見る目が変わった。
「ここはどこなの……?」
「僕の世界。コクトミとは違う。やっと出られたね、嬉しい?」
 彼はあどけない瞳で私を覗き込んだ。
 確かにコクトミの世界とは違うのだと、肌身で感じる。触れ合う紅葉のざわめきが聞こえない。どこからも生き物の気配がしない。季節感もない。
 嬉しいかどうか聞かれて、正直……この世界には、いたくない。世界の主の冷たさを表すようで……。
「どうして? わかった、僕の方がいいって思わせてあげる。僕なら閉じ込めたりしない。何があっても守ってあげる。見て!」
 少年はどこからか鏡を取り出した。いや、鏡の枠しかない。肝心な鏡の部分が欠けている。
 その枠を賽銭箱の上に置き、彼が服の裾に手を隠す。枠に隠した手を掲げると、どこからかさらさらと水が落ちてくる。
「水鏡……」
 思わず声が漏れ出た。
 吸い込まれるようにそれを覗き込む。そこには同じように覗き込んでいた少年と私がいたが、水面が揺らぎ、すぐ人が大勢いる豪華な境内が映された。懐かしい、人の群れ。ざわめきが聞こえてくる。無数の絵馬がカラコンコロンと音を立てて、一つ一つに人々の願いが書き込まれている――。
「年末年始はここから、サヤカの家族だって見ることができるよ。ね、魅力的でしょう?」
 水鏡に目が釘付けになった。胸がぎゅうと痛む。欲しかった、二度と手に入らない光景。あそこに私はいた。今はいない。
「それでも、私は主様が……例え家族を見れなくても、私が閉じ込められていたとしても!」
 決意の言葉だった。目頭が熱くなる。今、私は何を諦めた? いいや、元からそう決まっていたことだ。
 少年の目は冷たかった。水鏡のビジョンを手で振り払って消される。辺りはまた静けさに包まれた。
「僕も好きなんだ、サヤカって人間のことが……」
 彼は私の肩を押し、神社の壁に押しつけた。番の動物がするように、暴力的な愛情を押し付ける。
「や、やめて、何をするの……」
「コクトミともこういうことするんでしょ?」
「しない、そんなことまでしない……」
「あいつ不能なの、ふーん」
 違う違う、と強く抵抗する。彼は拘束を解こうともしないが、強行しようともしなかった。私よりも背丈が小さいのに、力は強い。そこらの大人よりもずっと。だって、びくともしない。
「山神!」
 その時、聞き慣れた主様の声がした。バリバリと世界のカーテンが破けて、暖かな植物達の匂いがなだれ込む。
「コクトミ……!」
 主様の声は酷く焦っている。来てくれたんだ……!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...