赤い箱庭

日暮マルタ

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3章山神編

キスマーク

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 主様は私の髪をいじるのが好きだ。初めは四苦八苦してぐちゃぐちゃにされていたものだが、今ではすっかり綺麗な飾り紐でハーフアップもツインテールもお手のものだ。(小さい子供がするようなツインテールにされた時はやった本人が大笑いしていた……)
「今日はポニーテールでうなじ見せ、というやつだな!」
 たまにというか結構な頻度で俗物らしさを出してくるのが主様だ。そういう文言をどこで見聞きしてくるのか。
 私は前夜にキスマークをつけられていたことを忘れていた。
「今日も村に降りるのか」
「はい」
「気をつけてな」
 主様はニヤニヤしていた。いつも私が少しでも離れようとすると不機嫌になるのに。でもまあ気紛れな神だからな。と思った。

 村に降りて、あの子に椿の花を茎ごと渡した。花だけだと不吉だからね。茎から切り取って持ってきた。
 いいお天気で、村には作りかけの柵が放置されており、放し飼いの牛が闊歩する。他の村人はちょうど見当たらない。
 あの子は花のような笑顔で喜んで、私に抱擁を交わしてきた。サヤカ、ありがとう、と。
「今日はいつもと、髪型が……」
 違うね、と続くはずの言葉が途切れた。そこで彼は私の首筋の跡に気が付いたらしい。急に寒気がした。
「サヤカ……? サヤカだったの?」
 どこからか藤の花の香りがしてきた。椿の花が落ちる。首が落ちるように。
「コクトミとそういう仲なのはサヤカだったんだ……」
 驚くのはこっちだ。なぜ、なぜコクトミという名を知っているのか? 村の人は知らないのだ。
「あなたは誰……?」
「僕?」
 体感温度が明らかに低い。こんなに寒い気温はここに来てから初めてのことだ。それなのに背中だけじっとりと嫌な汗をかいている。気持ち悪い……。
 少年は感情をなくしたような顔でただ一言、呟くように、言い聞かせるように、ただぽつりと言った。
「神様だよ」
 後ずさる私に少年は「どこへ行くの?」と声をかける。コクトミのところに帰るの? と。
「コクトミとそういう仲だって、なんで教えてくれなかったの……サヤカなんて、サヤカなんて……」
 感情の見えなかった少年はしかし、今は目の端を吊り上げて何かに耐えるような顔をしている。嫌いだ、と続くはずだ。なのにそうは続かなかった。
 そして、彼は諦めたように吹っ切れて笑う。
「こんな死に損ない共の世界、一緒に逃げ出そうよ」
 強引に手を掴まれる。何事もなかったかのようにいつもの通りの行動だ。両手を繋がれ、輪になったところで、私達の足元は宇宙になった。無数の光の中に落ちていく。
 神様。少年じゃない、この力は、コクトミと同じもの。いや、それよりも強い。だってこんなにも、身が凍えそうだ。
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