赤い箱庭

日暮マルタ

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3章山神編

藤の花

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「サヤカ。また来てくれたんだ。僕に会いに来てくれたんだよね? ありがとう、とっても嬉しい」
 例の子供に、そんな歳で可哀想に……と同情心で花を摘んで贈った。それを皮切りに、贈り物合戦が勃発し、既に紅葉の里の植物は贈られ尽くしたといえる。途中から楽しくなっちゃって。
 彼は藤の花を最も好んだ。
 ちなみに主様は紅葉が好きだ。拾った紅葉でも綺麗そうだったらたまに持っていく。
 少年は順当に私に懐いた。私と話す時は他の大人には使わない甘え声になることもある。子供と接する機会は、現世ではなかったから、こんなふうに仲良くなれて嬉しい。
 彼は動物に優しい子供だった。贈り合う花についた虫にも、殺生をすることはなく、移動させて終わり。主様よりよっぽど大人で慈悲深い。そのくせして、主様のように狩りをすることにも寛容で、懐の広さが子供離れしていると感じた。
「サヤカ。サヤカも僕のこと好きだよね? 僕もサヤカが好き!」
「そんな断定的な……」
 しかし憎からず思っているのは確かだ。そうだよ好きだよと言ってあげればいいのかもしれない。どうせ子供の遊びだもの。
 そう思っていたのも束の間、少年は私の肩を掴んで頬に口付けた。
「好きだよ」
 ね、と囁かれる。
「ど、どういう意味で……!?」
 ちょっと動悸がする。よく見ればこの少年も顔が綺麗だ。長い睫毛がバサっと動いて大きな瞳で私を覗き込む。
「もちろん、そういう意味で」
 これはまずい。主様とのことも言いにくいし強く拒否するのも可哀想でできない。なぜって、私と一緒にいる時以外の彼は、歳の開きのせいかいつも寂しげにしている。独特な雰囲気のせいか、里に馴染めていない。そんな中私とも気まずくなってしまったら、この子の行き場がないではないか。

「参ったなぁ……」
「何がだ? サヤカ。お前を困らせるものは、何であろうと排除してやる」
 主様はまた自分の髪を切りながらこともなげに言う。過激思想の主様にも話せない。排除してほしいわけではないのだから。
「何ぞ、我に言えんことか」
 鴉天狗の時同様、お前は我を困らせるのが好きだな。主様は鋏を置いて、私の髪を一房手に取った。
「この髪も随分伸びた……」
 主様は髪を避けて首筋に顔を埋める。ちくんと小さな痛みが走った。
「主様、何を……?」
「虫除けよ」
 何かの呪術かもしれない。
 ……いや、キスマークだ。流石に知っている。ただ、私はそれをされたことを忘れていた。忘れたまま村に出かけてしまった。
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