王様と籠の鳥

長澤直流

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第6章

選択の儀~第1世代~4 それぞれの開幕2【サラとサルメ】

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 (小さい手、小さい足、どうして私はこんなに小さく生まれてきたのだろう……)
 3歳の頃のサルメは自分の容姿をあまり好きではなかった。
(地味な髪色だし、瞳の色だって濁ってる……)
 サルメの瞳は父親の緋色だけではなく、母親の藍色が混ざっていた。
 故に彼女は緋色の瞳を持つ兄弟達に対して劣等感を抱いていたのだ。
 そんなある日――。

「サルメは肌が白くて綺麗だね」

 腹違いの兄、ユリアにそう言われてサルメははっとした。

 確かに少しだけだが……、他の人と比べて言われてみれば……という程度ではあるが、サルメはわずかに肌が白かった。
 この国で肌が白いことは美人の条件の1つに挙げられる。
 劣等感の塊であった彼女にとって、それは必然と自分を誇れる唯一の自信となった。
 しかし、その自信をくれたユリアは争い事を嫌い、おっとりとしていて、慈愛に満ちた笑みをよく浮かべ、この国ではとても生きにくい人種だろうことは明白だった。

(優しすぎるユリア、この国では不利な性格……でも私はそんな優しいユリアと一緒にいると心が温かくなる……。ずっと、ずうーっと一緒にいられたら――)

 サルメはユリアに、この国では貴重といえる癒しを求め、無自覚に恋心にも似た思いを抱きはじめていた。

「サルメ! 外に遊びにいきましょうよ!」

 腹違いの姉、サラが遊びと称して訓練へと誘うが、サルメが1つ返事で頷くことは滅多になかった。なぜなら活発なサラは外で遊ぶことが大半だったからだ。
「いやよ、日焼けしちゃう」
 サラはいつも明るく元気で、サルメとは対照的な性格をしていた。体躯に恵まれ、髪の色も瞳の色も鮮やかだった彼女は、サルメにとって頼りがいのあるお姉さんであると同時にやはり劣等感を抱く存在でもあった。
「日焼けくらいなによ! あんた、そのまま家に籠ってたらぷにぷにの豚になっちゃうんだから!」
「ぶ!? 豚はいやよ!」
 サルメはそんなサラの囃し立てにいつもつられてしまっていた。
 サラはケラケラと明るく笑う。
 その笑顔はどんな時でもキラキラと輝いていた。
「ねぇ、ユリアは?」
「ユリアはいないわ。誘っても断るばかりだし。だいたい、ジョアンナ様が許してくれないわよ」
「私、……ユリアを誘ってみる」
「はあ?」
「……ユリアは遊びたいかも知れないじゃない」
「だから、ユリアがどうでもジョアンナ様が――って、サルメ!?」
「私、……行ってくるっ」
「ちょっ――……。ほんとサルメはユリアに首ったけね」
 そう言ってジョアンナの私室に向かって駆け出すサルメをサラは苦笑いで見送った。


 何かと特別視される3人はまだ幼いため、注目されることによる優越感よりも期待されることによる重圧を感じていた。
 故に、歪んだ絆、執着、依存がそれぞれに構築されつつあったのだが、周りから見て明らかであっても当人達が気付く事は無かった。



 女児として生まれたサラとサルメは、母親は違うが同じ日に生を受けた。
 色の混じった瞳を持つサルメに対し、サラは曇り無い緋色の瞳をしていたため、彼女の母親は最強の王と謳われるライアナと同じ瞳の色だと言って大層喜んだ。
「同じ日に産まれたと言ってもサラは日の出と共に生まれ、サルメは夕暮れ時に無理矢理産み落とされた。サラ、あなたの方が上位の立場にあるのです」
 サラの母親はいつもそう彼女に言い聞かせていた。

 サルメは低出生体重児で生まれてきたため、世間ではサラが生まれる日に備えてサルメの母親が術師に頼み、その祈祷の力で出産日を早めたのでは……、という眉唾物の噂が広まってしまっていたのだ。

 2人が初めて顔を会わせたのは2歳の時だった。

 小さい小さいサルメ。
 すべてのサイズがサラの半分くらいのサルメに、サラが最初に抱いた感情は王位を争う競争心よりも庇護欲だった。
 サルメは自分よりも大きいサラをじっと見つめ、サラの手をとるとぎゅっと握って微笑んだ。その笑顔は儚げで、サラは稲妻のような衝撃を受けた。サラは瞬きも忘れてサルメを凝視し、ちょっと力加減を間違えれば折れてしまいそうな彼女のその手を払うことが出来なかった。
(小さい、……小さい私の妹)
 そしてその小さな手を優しく握り返して微笑む。
(私がこの小さなサルメを守らねば……)
 それは使命感や義務感というにはあまりにも純粋な感情だった。

 月日がたち、サルメが人並みの体躯になってもサラのその感情が途絶える事は無く、彼女の心の奥底でサルメは庇護対象のままだった。
 そしてそれはサルメがユリアに好意を抱いているとサラが気付いてからも続いてゆく。

(サルメは私のかわいい妹……、ユリアじゃちょっと心許ないけど鍛えればいいことだし、それで彼女が幸せになれるなら――)

 サラの胸に1本の見えない矢が刺さった。
 一瞬チクッとしたが、次の瞬間何も感じなくなった。
「……?」
 サラは無意識に自分の感情を圧し殺したのだ。
 サラはサルメやユリアに対する自分の感情をいつもぞんざいに扱ってきた。
 本能で避けていたのだ。考えるな、考えるな……と。
 私たちは同じ種から生まれた同胞なのだからと……。

 サラは自分の感情を見ないようにしていた。

 だが実際は、自分でも気が付かないほどの心の奥底で我慢していたのだ。
 本心では一途にただ1人を思うことに憧れ、それを成し遂げる父親、ライアナに敬意を感じていた。






 そしてとうとう選択の儀を迎えた。


 この国では5歳の時に人生の方向性が決まる。
 意志の強さが大切なのだ。
 この日を迎えるため、サラは厳しい訓練にも笑顔で乗り越えてきた。サラは初めから自分が乗り越えるだけで終わるものとは考えていなかったのだ。
 だからこそ崖の目前に立った今、サラは改めて彼女に問う。

「サルメ、あなたはユリアが好き? 手に入れたい? 例え誰を敵に回しても……」
「……何をいっているの?」
 唐突な質問にあっけにとられながらもサルメは訝しげな視線でサラを見た。
 サラの隣に立つサルメは初めて会った頃とは想像もつかないほど大きく成長し美しくなった。
 サラは一瞬微笑むと、真っ直ぐな目でサルメを見つめ、問いかける。

「好き? 欲しい?」

 サルメはサラのその真剣な瞳に息を飲んだ。
 その瞳は緋色に煌めいている。
 そしてサラから顔をそらすと小さく呟いた。


「……好き、欲しい」


 サラの胸に見えない矢が刺さる。しかし痛みは無い。
 サラは小さく息をはいた。

「そう、わかった」
 サラはサルメに微笑んだ。
 サラには、ユリアの先程の様子から彼には既に思い人がいて、その相手は選択の儀を1位通過位できなければ話にならないほど得難い人物であろうことは容易に想像出来た。そうしなければ得られない人物、つまりそれは既に誰かに属している人物であることを示唆していた。
 それほど執着している相手がいる時点で、ユリアの心にサルメが入る隙などはない。
(だったら――)
 サラの緋色の瞳がギラリと暗く煌めく。

「ちょっと何よ、何する気?」
「別に。少しだけ加勢してあげるだけよ」
「え?」

 サルメが聞き返した次の瞬間、選択の儀の開始の鐘が鳴り響いた。
 
「「熟考し、推察し、己の身の丈に合った道を選択せよ!」」
「「選択せよ!選択せよ!選択せよ!」」

 勇ましい大人たちの声が響きわたり、歓声が会場を覆う中、選択の儀の幕が開け、子供達が次々と崖下に落とされてゆく。

 
「さぁ、祭典の始まりよ!」
 サラはそう言って高らかに笑い、自ら崖下に飛び込んでいった。
「な! 待ってよ!」
 サルメは慌ててその後を追った。
 そして2人から1秒程遅れてユリアがまるで水面にでも飛び込むかのように崖下へと消えていった。

 
 孵化するのか腐り落ちるのか、己が感情、欲望の赴くまま……

 未成熟な卵達に絶対的結末など有り得ない、結果こそがすべてなのだから――
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