君のいる世界

長澤直流

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前編

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「あっちゃん、また喧嘩したの?」
「あっちが絡んできたんだよ」
「あんまり、怪我して欲しくないな……」

 桜はそう言ってはすを尖らせた。
 桜の部屋でたわいも無い言葉を交わしながら俺は今、怪我の治療を受けている。
 いつものことだ。
 手際よく動く桜の手は俺と違って柔らかく、傷1つない。

 俺と桜は、いわゆる別世界を生きる人間だ。

「なあ、桜。生まれ変わっても一緒にいてくれる?」
「いいよ」

 そう問うと、桜は屈託もなく微笑んでそう返した。
 俺はうれしさ半分照れくささ半分で顔を逸らしてしまう。

「即答かよ! 馬鹿だな。俺から逃げられる唯一のチャンスなのに――」
「あっちゃんは僕がいないと泣いちゃうじゃん」

 そう言いきる桜に俺は息を止めて、桜の顔をまじまじと見た。
 桜は平和ボケしたようなふにゃけた笑顔を俺に向ける。

「泣かねぇよ」

 俺は、俺だけに見せるその緩みきった笑顔が大好きだった。

 桜は、鷹沢学園の悪童と言われる俺の裏隣の家に住む幼馴染みで、友達で、……今は恋人。
 俺とは真逆の平和主義で、喧嘩も弱く、びびりの虚弱体質。勉強はできたけどお人好しの馬鹿だった。
 

「俺は桜がいないと生きていけないだけ」
「もう、またそんなこと言って――」

 そう、俺は桜がいないとつまらなすぎて、この世界生きていけない。
 なんだか胸が締め付けられるような痛みを感じながら俺は桜の名を呼んだ。

「桜」
「ん?」
「大好きだよ」
「うん、僕も」

 桜は恥ずかしそうにそう言って笑った。

 桜は俺にとって唯一の闇で、唯一の光でもあった。

 だから、俺は大切な桜を傷つけないように2人の関係を世間に隠していた。
 隠しおおせていると思っていた。
 だけど――――ある日の下校中、桜は報復にあってしまった。



 その日、俺は暴行を受けてぼろぼろになった桜を発見した。
 俺は駆け寄り、声をかけてもピクリとも動かない桜に最悪を考えて一瞬頭が真っ白になったが、息があることを確認すると、震える手で救急車を呼んだ。



 相手は俺が潰したグループの1つだった。
 どっから桜の情報が漏れたのかわからない。
 俺は自分がまわりにどんな風に思われているか知っていたから、俺達は外で会うことはしなかったし、家だって槇に囲われた裏側の屋根伝いに遊びにいったくらいだった。
 ガキの頃はまだ、やんちゃくらいだったからよく連んでたけど、中学からは学校が離れたせいで俺も荒れてたから人目を忍んでいあっていた。
 かなり慎重に……警戒していたはずだった。
 それなのに――――

 報復を受けた桜は酷いありさまで、救急車で運ばれると、すぐさま集中治療室に送り込まれた。



「あっちゃん――、ごめ……ん」



 手術室の扉が閉まる前に聞こえたのは、一瞬だけ意識を取り戻した弱々しい桜の謝罪だった。



 なんでお前が謝るんだよ。悪いのはお前じゃない。





 悪いのは――――






「あんたがあたしをふるから悪いんじゃない!」



 桜の入院中に俺が桜に報復した奴らをのしていくと、恐くなったのか俺にふられた腹いせに俺に恨みのある奴らをけしかけたのだと、1人の女が叫んだ。

 何だそれ、それで俺のことストーカーしてたの?
 それで桜を逆恨みしたの?
 桜はまったく関係ないだろ!

 泣き叫ぶ女の声は、俺の心には1ミリも響かなかった。

 ただ、……やっぱり、俺のせいで桜が報復にあってしまったのだと深く気持ちが沈んだ。
 そして足取り重く独り家路についたその時、桜の訃報が家に届いた。

 桜は結局、その後1度も目を覚まさなかった。

 俺の両親も桜の両親も俺達が仲良くしていたことを知らず、桜の両親とは小学校卒業以来の再会だった。
 後にわかった死因が死因だけに、最初は拒絶されたが、俺は桜の両親に土下座して何とか桜の葬儀に家の外から参列することを許してもらった。

 雨の中、しっとりと桜の葬儀は行われた。

 まわりからみたら傘もささず雨に濡れる俺は不気味だっただろう。

 俺はただただ葬儀が終わるまで遺影を見つめ続け……桜の笑顔をその目に焼きつけた。




『あっちゃん――、ごめ……ん』




 葬儀が終わり、1人部屋に戻ると桜の最後の言葉が頭に響き、俺はその場に頽れた。

 違う、違うだろ……?
 お前が悪いんじゃない。
 お前が悪いんじゃないんだよ。
 悪いのはお前を巻き込んだ――――――




「俺だ。……俺がお前を殺した」




 感情が欠落しているのか、こんなに苦しいのに、涙は出ないものなのだと、自分のことなのにどこか他人行儀に感じてしまう。

「ああ、そうか。……俺もう――…………」

 そう悟ってようやく自嘲的な笑みがこぼれた。
 俺はいつものように桜の部屋へ屋根伝いに向かう。
 桜の部屋は桜がまだ生きていたときのまま維持されている。
 部屋の主がいなくなったことが嘘のようだった。
 生活感のあるその部屋がやけに胸に刺さる。
 この世界のどこへ行こうとも、もう2度と桜に会うことは叶わない。
 緩みきった……その春の木漏れ日のような笑顔を俺に向けながら……この窓が開かれることは、どんなに望もうともう2度とない。

 不意に、強風に煽られた。

 酷い喪失感にのみこまれていた俺は、体が宙に浮いてようやく屋根から足を踏み外したことに気付く。
 ただ、心境はとても落ち着いていた。

 焦ることは何もない。
 とっくに精神は死んでいる。
 肉体がそれを追うまでなのだ。
 俺が桜を喪って生きていられるはずがない。

 桜に……会いたい。

 桜は俺の全てなのだ。
 桜に会えるなら冥府でも地獄でもどこだっていい。
 同じ世にいるなら必ず見つけだす――

 俺は静かに――、穏やかに目を閉じた。





 最後の一瞬、遠くで……悲しげな桜の声が聞こえた気がした。
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