乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

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38 目覚めてびっくり

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 重いまぶたを無理やり開ける。
 目に入ったのは、聖女わたしの部屋。
 私……生きてる? 夢じゃない?
 あれ、まだ背中が温か、い……?

 まず、自分がベッドの上で何かにもたれかかって上半身を起こしている状態だということに気づいた。
 視線を落として、私のお腹あたりを押さえている“誰か”の腕にぎょっとする。
 私の脚の両脇にも、あ、脚が。
 おそるおそる振り返ると。
 すぐ近くに、ルシアンのきれいな顔が。

「!?」

「オリヴィア……目覚めたんですね。よかった……」

 ひどくかすれた声で彼が言う。
 この状況。
 ベッドの上で、彼に後ろから抱きしめられていたってことだよね……?
 じゃあ、あの白い世界での感覚は、全部本当だったの!?
 そんな場合じゃない、そんな場合じゃないけど!

「えっと……。あの女性は、どうなりました、か?」

 動揺しすぎてしどろもどろになってしまう。
 彼が腕を離した。
 私は、彼から少し離れてベッドの上で彼の方に向き直る。

「捕らえました」

 そう言って、彼が手のひらサイズの水晶玉を差し出す。
 これは……大神殿のお土産にもらったタッチセンサーライト?
 口を開きかけた私を止めるように彼が片手を上げ、ベッドサイドの衝立ついたてに視線をやる。

「アルバート卿」

 ルシアンがそう言うと、アルバートが衝立の陰から出てきた。
 その手には……抜身の剣。
 剣を手にしている彼はいつもの優しげな雰囲気ではなく、緊張感があるというか、ちょっと怖い。
 私の視線に気づいたアルバートは、剣を収めて頭を下げた。

「もう大丈夫です。ご協力ありがとうございました、アルバート卿」

「承知いたしました」

 何が大丈夫で、何の協力をしていたんだろう?
 そう思いながらアルバートを見ると、彼は優しい微笑を浮かべた。

「聖女様。こと、心よりお喜び申し上げます」

「ええ……ありがとう」

 いつから部屋にいたのかわからないけど、色々と察したんだな、と思った。
 でも、そうなることを承知の上でルシアンは彼を部屋に入れていたはず。
 アルバートの口の堅さを信用しているんだろう。

「では、私は失礼いたします」

 そう言って、アルバートが静かに部屋から出ていく。
 ルシアンはため息をつきながら気だるげに髪をかき上げた。
 なんだかひどく疲れた様子。
 彼の額や首筋は汗で濡れていて、いつもはかっちりと閉めている神官服の襟も開いている。
 私を助けるために、無理をしてくれたんだろうか。

「ルシアン、大丈夫ですか?」

「ええ、私は心配いりません」

「あの人は……捕らえたと言っていましたけど、そのライトの中に、ですか?」

「はい。ただし、これはただの灯かりではありません。神殿に伝わる神具、女神の宝珠です。灯かりとしての機能はただのおまけです」

「え、そうだったんですか!」

 よくよく見ると、中に黒いものがうごめいている。
 これが……あの人の魂?

「また魂だけで逃げられてはたまりませんから、宝珠の中に閉じ込めました」

 そんなものをライトとしてベッドサイドに置かせていたってことは……この事態を想定していたっていうこと……?
 ううん、今はそれよりも。

「ルシアンが、私を助けてくれたんですよね。ありがとうございました」

「私は手助けしただけで、あの女に勝ったのはあなたです。それよりも……無事でよかった」

 ルシアンが優しい表情でそう言う。

「私……生きてますよね。これは夢じゃないですよね?」

「ええ、夢ではありません。すべて……終わりました。もう大丈夫です」

 優しい声に、気が緩んでしまったのか。
 白い空間での恐怖、今生きているという安堵。自分がオリヴィアだったという驚きと戸惑いと腑に落ちた感。
 そんなものが急に押し寄せてきて、涙が次々とこぼれた。

「生きてて……よかった。もう死ぬんじゃないかと思いました」

「ええ」

「私が、オリヴィアだったこと……驚いたけど、納得もしました。でも、私のせいでたくさん苦労させてしまった日本の両親に申し訳なくて。それなのに、他人の体を乗っ取っているという罪悪感から解放されて安心もしているし……もうぐちゃぐちゃで。ごめんなさい」

「大丈夫ですよ」

 そう言って、ルシアンが私をそっと抱きしめる。
 ベッドの上で男性に抱きしめられているというのに、緊張感やドキドキよりも安心感を覚えた。

「もう何も心配いりません」

「ルシアン……」

「無事でよかった、オリヴィア。あなたを永遠に失ってしまうのではないかと、怖かった」

 そんなことを言われて、さらに髪を優しく指で梳かれて、緊張感とドキドキが急にやってくる。ルシアンのいい香りに、頭がくらくらした。

「あ……えっと……もう大丈夫です。涙は引っ込みました」

 ルシアンが小さく笑って、私から手を離す。
 後ずさるように少し距離をとる私を、彼は苦笑まじりに見ていた。

「そういえば。宝珠を私の部屋に置いていたということは、この事態を予見していたんですか?」

「聖皇はそうでしょうね。おそらく聖皇個人が何らかの神託を受けていたのでしょう。実を言うと、私はそれが宝珠だとは知りませんでした。オリヴィアの部屋に置いておけというので何かあるような気はしましたが、宝珠としての能力は封印されていたので」

「封印?」

「ええ。あなたが身に着けている聖石と連動しているようです。あなたの魂に危機が訪れたときに発動するようにと。封印したのは聖皇でしょう」

「どうして猊下はわざわざ封印を?」

「宝珠を部屋に置かせるというのは、この事態が起きると言ってしまっているようなものだからでしょう。聖皇個人に下された神託を他人に伝えることになってしまう」

 個人に下された神託は、聖皇が解釈を加えたり対象以外の人には言っちゃダメなんだっけ。

「これらの聖具を私に渡したことも、制約にかかるかかからないかのギリギリのラインでしょう。聖皇が無意味に聖具を渡すとは思えないから、何らかの危機が訪れるだろうとは予想していましたが……」

 そう言って彼は、身に着けているネックレスに触れる。
 よく見ると彼は見たことのないアクセサリーをいくつも身に着けていて、そのほとんどは宝石が黒くくすんでいた。
 そういえば、大神殿でルシアンもたくさんお土産をもらっているようだった。
 あれ、聖具だったんだ。

「本来三人で行う魂喚いの儀の応用技を一人で使うため、聖皇から預かっていた聖具の力で聖力を補いました。ほとんど駄目になってしまいましたね」

 応用技って私の魂を引き留めたのと、あの人を体から追い出した術だよね。
 ルシアンが疲れた様子でアクセサリーを外していく。

「ところで。捕らえたコレを引き渡すため、大神殿に行く必要があります。疲れていると思いますが、明日行きましょう」

「わかりました」

 ルシアンがベッドから下りる。

「あ……そういえば、アルバート卿はなぜここにいたんですか?」

「ああ、万が一のとき私を斬り捨てるためです」

「ええっ!?」

「神力や聖力を使いすぎると気絶することがありますが、それすらも超えて無理をすると正気を失うことがあります。私が万が一そうなったら、即座に斬り捨てるようアルバートに頼んでいました。正気を失った私は、おそらく危険ですから」

 ルシアンが、そこまでの覚悟をもっていたなんて。
 どうやって彼に報いたらいいの?

「そんな顔をしないでください。あなたのためだけではありません。アレは、捕えなければいけなかったのです。それに……正直なところ一瞬正気を失いかけましたが、これが引き戻してくれました」

 そう言って彼が手に取ったのは、千切れてしまった組紐のブレスレット。

「せっかく作ってもらったのに、千切れてしまいました」

「またいくらでも作ります。それがルシアンの身代わりになってくれたのなら、よかった」

「また、作ってくれるのですか?」

「はい」

 そこではっとする。

「あ……もちろんそれは、変な意味はなくて」

「ええ、わかっていますよ。ただの心のこもった贈り物ですね」

 ルシアンが笑いを含んだ声で言う。
 楽しそうで何よりです……。

「さて、いつまでもここにいてはあなたが休めませんね。今夜はゆっくりと休んでください」

「わかりました。おやすみなさい、ルシアン」

「おやすみなさい、オリヴィア。……また明日」

 また明日。
 その言葉は、今の私にどこまでも優しく響いた。
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