乙女ゲーの愛され聖女に憑依したはずが、めちゃくちゃ嫌われている。

星名こころ

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 大神殿に着いて案内されたのは、以前の謁見の間ではなく、応接室のような部屋だった。
 話が長くなりそうだから、座れる場所にしてくれたのかな? ありがたい。
 ほどなくして、聖皇が現れた。
 立ち上がろうとする私とルシアンを、聖皇が「そのままで」と止める。

「ようこそいらっしゃいました。そして、よくぞご無事で、聖女オリヴィア」

「ありがとうございます」

「さて、何から話したものか……」

 私も話したいこと、聞きたいことがたくさんありすぎる。
 本当に、何から話したらいいのかな。

猊下げいかは、このオリヴィアこそが本物だとご存知だったのですね」

 沈黙を破ったのはルシアンだった。

「はい。私が受けた神託の内容は言えませんが、私なりに解釈してそうだと判断しました。しかし、それがわかったのは実際に本当のオリヴィアに会ったそのときです。それまでは、あのオリヴィアが偽物だとは考えもしませんでした」

 どうせならあの人が就任したときに「その聖女は偽物だ」とでも神託をくれればよかったのに、と思うけど……そんなあからさまなのはダメなんだろうなあ。

「それなのに、神託でかえってオリヴィアを不安にさせてしまいましたね。申し訳ないことをしてしまいました」

「いいえ、あのまま伝えるしかなかったのでしょう」

「……はい。個人に限定した神託は特に制約が強いのです。そして女神様もまた制約を受けています。神託に曖昧な言葉が多いのもそのためです。ただし、神託で示された事象が終わったあとに、このように私の解釈をお話しすることは可能です」

 神託って結局、未来の出来事のヒントはあげるけどあくまで判断するのは人間ですよ、ということなんだろうか。
 でもあの神託は怖すぎたわ。
 だって『それぞれが、あるべき場所へと導かれるであろう』『歪んだ運命は正される』だよ?
 普通、私が消えると思うじゃない……。
 でも結局、私がオリヴィアの体に戻るということだったんだよね、今考えると。
 紛らわしすぎて、そんな神託ならいっそないほうがよかったのにとすら思う。

「聖女とあの者に関することは特に制限が強いようで、いつも以上に曖昧な言葉が多く……なんとか導き出したのは、あなたが本物のオリヴィアだということと、あの者が戻ってきてあなたと対決するであろうということだけでした」

「そうだったんですね……」

「猊下。だいたいの出来事は昨日連絡鳥を使って送った手紙の通りです。あとは、先ほど私に教えてくれたことを猊下にも話してくれませんか、オリヴィア」

「わかりました」

 私はルシアンに説明した内容を話した。
 聖皇は私の言葉の一つ一つを、時折頷きながら口を挟まずに聞いていた。

「なるほど……今のお話で、あらゆることがつながります」

「猊下は、あの女の正体について見当がついているのですか」

 ルシアンの問いに、聖皇がうなずいた。

「これは私が個人として受けた神託ではないので、解釈を加えてお話しすることができます。偽オリヴィアが就任した頃に授かった神託です」

「内容は?」

「授かったのは、『神降ろしの一族』という言葉です」

「……?」

「歴史をたどると、たしかにそういう一族が存在していました。その一族の巫女みこは、その身に神を宿すことができたといいます。神を宿した巫女は高度な魔法を使えましたが、神の魂が離れると死んでしまったそうです。ですから、よほどの事態がない限り、神を降ろすことはなかったといいます」

 その話にドキッとする。
 神とはいえ他人が人の体に入り込んで、高度な魔法を使う。
 体を乗っ取られた人は、ソレが離れた後に死んでしまう。
 まるで……。

「そう、まるでオリヴィアの体を奪ったあの者のようですね」

「……あの女は女神だと?」

 ルシアンが眉をひそめて聖皇に問う。

「あくまで推測ですが。あの者は魂に神力を保持しており、他人の体を渡り歩くことができました。その時点で普通の人間ではありません。ただ、女神の魂がなぜ天に帰ることもなく人間を乗っ取りながら地上をウロウロしていたのか?」

「神格を失い地上に堕ちた女神、ということでしょうか」

 堕ちた女神!?

「さすがですね、ルシアン。私もそう考えました。それも、女神リディーア様に近しい女神だったのではないかと」

「そういえば……憎きリディーアとあの人が言っていました。でもどうして堕ちたんでしょう。神様にしては性格が悪くて俗っぽいなとは思いましたけど」

「あの性格ですから、巫女を利用して地上で好き勝手しすぎたのかもしれません。神はこの世界に直接的に影響を与えすぎてはならないのです」

 神託の制約もそれが理由ってことかな。

「あの人は、自分に合う体がどんどんなくなっていったと言っていました。それがリディーア様の仕業だ、とも」

 私の言葉に、聖皇が考え込む。

「……リディーア様が、巫女を通じて力を振るった可能性があります。堕ちた女神に合う体というのは、神降ろしの一族の血を持つ女性なのかもしれません。だから、例えばその血を持つ一族に女児が産まれないようにする、というように。血は広がっていくものですから、完璧に絶やすことはできなかったでしょうが」

「そんなに直接的に、しかも大々的に力をふるって、女神様は大丈夫だったんですか?」

 聖皇が重々しく首を振る。

「……それが長年の聖女不在と、重要な神託の欠落につながった、と?」

 ルシアンの問いに、聖皇はうなずいた。

「おそらく……女神様はなんらかの制限を受けたのでしょう。そこまでしてでも、あの堕ちた女神を封印したかったのではないかと思います」

 すべての話が、つながっていく。
 こんな壮大な話に巻き込まれていたなんて。

「どうして私の体はあの人に合ったのでしょう?」

「おそらく、一族の血を継いでいるのでしょうね。あなたが聖女の力を持ち、さらに魂にまで神力を宿した存在であることを考えると、唯一あの者と適合する体を持って生まれたというのは偶然ではないでしょう」

 あの人が言った通り「リディーア様の仕業」ってことかな。
 ってことは、最初から私はあの人と対決しなければならない運命だったんだ。
 最初は惨敗、最後はルシアンの手を借りてなんとか勝利。
 知らない間に自分の運命を勝手に決められていたようで、なんだか複雑……。

「あ、でも、あの人は日本で他人の体を乗っ取って生きていました。まあ私もなんですけど……。まさか一族の血を引く日本人でもないでしょうに、体と適合率が低くても乗っ取れるってことですよね」

「ニホンという国では聖力や魔力がないのですね? それなら乗っ取りやすかったはずです。逆に言うと、神の力に耐えられるからだでないため、何年ももたないでしょう」

 その言葉に、あることを思い出す。
 アナイノを作った会社、ブラックで有名で――数年間で何人か過労死していた。
 まさか、あの人が次々と乗っ取ったせい?
 背筋が寒くなる。
 本当に、なんて恐ろしい人なんだろう。

「あの人の周辺で、何人か亡くなっています。たぶん、次々と体を取り換えていた、ということですよね……」

「きっとそうだと思います。ただ、合わない体に入り込み、頻繁に体を取り換えることで、神力にも悪影響はあったはずです」

 そうやって生きながらえることや魔力のない世界にいることに限界を感じて、私の体に戻ることを画策したんだろう。
 そしてアナイノを通じて適合率の高い魂を探し、オリヴィアの体に送った。
 その魂はいずれはじき出されて体は二度目の仮死状態となり、聖女の体は完全に神力を失うはずだった。
 私が、本当のオリヴィアでなければ。

「私は……病弱ながらも十六年間生きました。彼女も、きっとやろうと思えばそうできたはずですよね?」

「そうですね。ですが、神力を消耗しながら弱い体で生きるよりは、使い捨てるほうを選んだのでしょう。あなたが聖女の体に戻ってしばらく神力を取り戻さなかったのは、その体を癒し続けるために神力を消耗しすぎて、魂に傷がついたせいかもしれません」

 だから魂の適合率は「高い」のであって「百パーセント」ではなかったということかな。
 それが本来の体に戻って、徐々にもとの力を取り戻したっていうことなんだろう。

「ところで、猊下。宝珠に閉じ込めたあの女の魂は、ここ大神殿に封印するのですよね」

 ルシアンの問いに、聖皇が「そうですね」と答える。

「宝珠だけでもじゅうぶんとは思いますが、さらに聖具で幾重いくえにも封印を強め、大女神像の足元深くに誰にも取り出せない状態にして埋めるつもりです」

「そうすると、どうなるのですか?」

「魂だけの状態でリディーア様の宝珠に閉じ込められているわけですから、いずれあの者の魂は消滅します」

 聖皇がにこりと笑う。

「リディーア様のおみ足の下、音も光もない世界で、徐々にその存在は失われていきます。地上で好き勝手し、多くの人の運命を歪め、リディーア様を愚弄した者にはふさわしい末路でしょう」

 いつも通りの、穏やかな顔と声。
 だからこそ、背筋が寒くなる。
 聖皇は敵に回したら怖い人なんだろうな、と思った。
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