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第一章
第一話 それぞれの居場所
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「初めまして。時雨渚沙と言います。」
冬の寒さもだいぶ和らぎ日の照りが強くなってきた頃、彼は入学してきた。見慣れぬ学ラン姿でよろしくも言わず簡潔な自己紹介を終えた。今朝から一つ増えた最後尾の席へ腰を下ろし興味無さげに教師の言葉を流している。
頬杖をつく彼の瞳には爽やかな緑色と、自分の出番は終わったとばかりに影を潜める淡い薄紅色の葉桜が映っていることだろう。
HRが終わるとクラスメイトは都会からやってきた(担任が補足していた)彼を珍しがり机を囲んでいる。
「都会って何県?東京?」
「趣味は?」
「…」
人と人の間から見えた彼の表情は不機嫌、困っているという事を体現するかのようで、眉間に皺を寄せ目線を泳がせていた。
「転校生困ってるよ」
可哀想になり忠告すると転校生がちらりと寄越した目線とかち合い、透き通った蒼色の瞳に自分の顔が映る。目が合うと思わなかったのかすぐさま逸らされ下を向いてしまった。
クラスメイト達はごめんねと口々に謝り、一限の時刻が迫るため各自の席へ戻って行った。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
日直の少し気の抜ける、間延びした号令に従い席に着く。途中俯いていた彼の顔が見えた。そこには自己紹介で人と関わりたくないというオーラを出していたあの不機嫌そうな顔ではなく、少し申し訳なさそうな傷ついた表情をしていたのがやけに印象に残った。
──
─
帰りの点呼が終わり、また囲まれる前に学校を去ろうとそっと腰を上げた。
「転校生、一緒に帰ろ?」
隣に座るこの男にはさすがに気付かれたようでそう言葉をかけられてしまう。そういえば朝囲まれた時助けてくれたのはこの人だったなと思い出す。恩は感じているが帰るまでの仲にはなっていないだろうと目線を向ける。
「あ、嫌だって顔してる」
少し微笑みながら(何が面白いのかさっぱり分からない)からかうような口調でそう言われたので、それをわかっているのならもう用はないだろうと歩みを進める。
「今日はいいよ。また今度」
絡みにくい奴だと思ったのだろう。意見を直ぐに変え、建前としてまた今度などと言って引き止めなかったのがその証拠だ。今のうちから嫌えばいい、と緩く手を振る彼を横目に教室を出た。
スマホへ送られている位置情報を頼りに見慣れぬ道を歩く。もう少し早く転校できていればこの辺もきっと桜で壮観な道となっていたのだろう。その景色が見れるのもあと一年後。その時まで俺はここにいられるだろうか。いや、もう縛られるものは無いのだ。
ここは周りに家がなく、全くと言っていいほど人気がない(それを希望に家を探したのだから当たり前だが)。
家族である紅葉に自分は学業が忙しいからと引っ越し先の家探しや引越し準備を前々から頼んでおり、荷物を運び込んだりと多少手伝いはしたがこの時間に来ることもなかった。
そのためそこまでの外灯が少なく、まだ日の入り前だと言うのに(木が生い茂っているのもあるのだろうが)気味が悪いほど薄暗いというのは知らなかった。だからこそ安かったのだろうか。
舗装されているとはいえスマホの道案内がこの道を指していなかったら自主的に進まないだろうなと時雨は思った。
水色に薄い朱色が混ざって遠い空は紫に色付いている。薄く雲が広がり幻想的な雰囲気だ。昨日まで住んでいた場所は建物が高いばかりで空気も心做しか澱んでいるし地上が明るいため星が見えない。
今日の夜は紅葉と新居で星を眺めようかな、なんて明るい話題が頭をよぎる。一人でいると暗い方ばかり流れていた思考がここへ来てボジティブな思考に変わっている事に気付く。
「いいな。田舎って」
暖かな気持ちになっていたその時─。
─ガサガサッ
「…!いっ」
森から嫌な気配と草をかき分ける音が聞こえたと脳が理解した瞬間、腕に痛みが走った。
何事だと振り返ると三メートルはあるであろう一つ目の妖がギョロりとこちらを覗き込んでいた。
「ヒヒッ ウマイウマイ」
腕を切りつけられた時に出血したらしく血の付いた自身の手(指は無いため触手に近い)を舐めている。これはやばいと急いで駆ける。
「モット…モットヨコセッッ!!」
予想通り逃してくれるはずもなく追ってくる妖。俺の血液、及び体液は妖力の質がいいのが影響してか美味しいらしい(人ならぬ者だけに有効な作用だろう)。全くもって嬉しくないし自慢にもならないと顔を歪めた。
そう、今更だが彼は人ならざる者が視える。それは想像通り河童や人魚、所謂都市伝説、架空の生物のようなものだ。そしてそれらは視える者と視えない者がいる。彼は前者。この地球に生活している人間は大方後者だ。
そして前者の者達は皆共通して妖力というものが携わっている。視えはしないが霊感があると言われる人は妖力が少なく気配を感じるのみに留まっているのだ。
神主や霊能力者などが感じているのは神力や霊力と言われるもの。妖力とは少し違うが説明が複雑なので今は割愛しよう。そのうち紹介することにする。
「(ああ、もう、またか、!)」
走りながら時雨はそんなことを思う。彼はその力を有しているがために(理由はそれぞれだが)妖から狙われてしまったり怪異に巻き込まれてしまう。都会にいても田舎へ来ても人や動物がいるように妖はどこにでもいる。それは昼夜問わず、だ。今日は厄介な方の妖に捕まってしまったとげんなりする。
彼の過去の諸事情もあり平均より未熟な身体。それゆえか元からか。否、十分弱全速力で逃げているのだ、息が切れるのも必然と言えよう。
人が少ないとはいえ建物が全く無いわけでは無いので人目を避けるべく森へと進んだのが裏目に出た。足元も視界も悪くこの妖から逃げている過程で既に満身創痍だった。(恐らく)血を狙われているのに自分から傷を作るなどカモがネギを背負ってくるようなものだが、必死に逃げる彼にはそれを防ぐ術は無い。
「ヒヒッ ニゲロニゲロ」
そしてさらに分が悪いことといえばこの一つ目は本気で追いかけてきていないということ。きっと必死に逃げる自分の姿を見て楽しんでいるのだ。
「札があれば…」
妖力を込めて護符や呪符として使えるのに。ギリッと口の中を噛み締める。持っていた学生鞄は初撃を受けた時に反射的に離してしまったようでもうどこにあるのかが分からない。スマホもその鞄の中にあるため助けを呼ぶこともできない。そうして悩んでいるうちに妖は飽きたのか「モウイイ」とだけ呟いた。瞬間─
「かはッ」
肺から空気が押し出され一瞬息が止まった。わけも分からず困惑する頭で捉えたのは後ろにいたはずの妖が自分の目の前にいるという事だ。
「はな、せっ!」
木の幹に打ち付けた頭や背中が痛むのも構わず木に押さえつけられている四肢をもがき抵抗する。そんな抵抗をものともせず腕の血や服の下の汗を真っ黒な闇のような腕で絡めとる。
「ひッ!やめろっ!!ほんとにっ…やめて、」
ぞわぞわと全身が震える。鳥肌が立ち、訳が分からなくて涙が溢れてくる。話を聞いてくれるわけでも手を止めてくれるわけでもないこの状況は時雨の精神を容易に参らせた。
次第に抵抗もしなくなり、されるがまま落涙する彼に一つ目の妖が戸惑ったのはまだ誰も知らない─。
冬の寒さもだいぶ和らぎ日の照りが強くなってきた頃、彼は入学してきた。見慣れぬ学ラン姿でよろしくも言わず簡潔な自己紹介を終えた。今朝から一つ増えた最後尾の席へ腰を下ろし興味無さげに教師の言葉を流している。
頬杖をつく彼の瞳には爽やかな緑色と、自分の出番は終わったとばかりに影を潜める淡い薄紅色の葉桜が映っていることだろう。
HRが終わるとクラスメイトは都会からやってきた(担任が補足していた)彼を珍しがり机を囲んでいる。
「都会って何県?東京?」
「趣味は?」
「…」
人と人の間から見えた彼の表情は不機嫌、困っているという事を体現するかのようで、眉間に皺を寄せ目線を泳がせていた。
「転校生困ってるよ」
可哀想になり忠告すると転校生がちらりと寄越した目線とかち合い、透き通った蒼色の瞳に自分の顔が映る。目が合うと思わなかったのかすぐさま逸らされ下を向いてしまった。
クラスメイト達はごめんねと口々に謝り、一限の時刻が迫るため各自の席へ戻って行った。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
日直の少し気の抜ける、間延びした号令に従い席に着く。途中俯いていた彼の顔が見えた。そこには自己紹介で人と関わりたくないというオーラを出していたあの不機嫌そうな顔ではなく、少し申し訳なさそうな傷ついた表情をしていたのがやけに印象に残った。
──
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帰りの点呼が終わり、また囲まれる前に学校を去ろうとそっと腰を上げた。
「転校生、一緒に帰ろ?」
隣に座るこの男にはさすがに気付かれたようでそう言葉をかけられてしまう。そういえば朝囲まれた時助けてくれたのはこの人だったなと思い出す。恩は感じているが帰るまでの仲にはなっていないだろうと目線を向ける。
「あ、嫌だって顔してる」
少し微笑みながら(何が面白いのかさっぱり分からない)からかうような口調でそう言われたので、それをわかっているのならもう用はないだろうと歩みを進める。
「今日はいいよ。また今度」
絡みにくい奴だと思ったのだろう。意見を直ぐに変え、建前としてまた今度などと言って引き止めなかったのがその証拠だ。今のうちから嫌えばいい、と緩く手を振る彼を横目に教室を出た。
スマホへ送られている位置情報を頼りに見慣れぬ道を歩く。もう少し早く転校できていればこの辺もきっと桜で壮観な道となっていたのだろう。その景色が見れるのもあと一年後。その時まで俺はここにいられるだろうか。いや、もう縛られるものは無いのだ。
ここは周りに家がなく、全くと言っていいほど人気がない(それを希望に家を探したのだから当たり前だが)。
家族である紅葉に自分は学業が忙しいからと引っ越し先の家探しや引越し準備を前々から頼んでおり、荷物を運び込んだりと多少手伝いはしたがこの時間に来ることもなかった。
そのためそこまでの外灯が少なく、まだ日の入り前だと言うのに(木が生い茂っているのもあるのだろうが)気味が悪いほど薄暗いというのは知らなかった。だからこそ安かったのだろうか。
舗装されているとはいえスマホの道案内がこの道を指していなかったら自主的に進まないだろうなと時雨は思った。
水色に薄い朱色が混ざって遠い空は紫に色付いている。薄く雲が広がり幻想的な雰囲気だ。昨日まで住んでいた場所は建物が高いばかりで空気も心做しか澱んでいるし地上が明るいため星が見えない。
今日の夜は紅葉と新居で星を眺めようかな、なんて明るい話題が頭をよぎる。一人でいると暗い方ばかり流れていた思考がここへ来てボジティブな思考に変わっている事に気付く。
「いいな。田舎って」
暖かな気持ちになっていたその時─。
─ガサガサッ
「…!いっ」
森から嫌な気配と草をかき分ける音が聞こえたと脳が理解した瞬間、腕に痛みが走った。
何事だと振り返ると三メートルはあるであろう一つ目の妖がギョロりとこちらを覗き込んでいた。
「ヒヒッ ウマイウマイ」
腕を切りつけられた時に出血したらしく血の付いた自身の手(指は無いため触手に近い)を舐めている。これはやばいと急いで駆ける。
「モット…モットヨコセッッ!!」
予想通り逃してくれるはずもなく追ってくる妖。俺の血液、及び体液は妖力の質がいいのが影響してか美味しいらしい(人ならぬ者だけに有効な作用だろう)。全くもって嬉しくないし自慢にもならないと顔を歪めた。
そう、今更だが彼は人ならざる者が視える。それは想像通り河童や人魚、所謂都市伝説、架空の生物のようなものだ。そしてそれらは視える者と視えない者がいる。彼は前者。この地球に生活している人間は大方後者だ。
そして前者の者達は皆共通して妖力というものが携わっている。視えはしないが霊感があると言われる人は妖力が少なく気配を感じるのみに留まっているのだ。
神主や霊能力者などが感じているのは神力や霊力と言われるもの。妖力とは少し違うが説明が複雑なので今は割愛しよう。そのうち紹介することにする。
「(ああ、もう、またか、!)」
走りながら時雨はそんなことを思う。彼はその力を有しているがために(理由はそれぞれだが)妖から狙われてしまったり怪異に巻き込まれてしまう。都会にいても田舎へ来ても人や動物がいるように妖はどこにでもいる。それは昼夜問わず、だ。今日は厄介な方の妖に捕まってしまったとげんなりする。
彼の過去の諸事情もあり平均より未熟な身体。それゆえか元からか。否、十分弱全速力で逃げているのだ、息が切れるのも必然と言えよう。
人が少ないとはいえ建物が全く無いわけでは無いので人目を避けるべく森へと進んだのが裏目に出た。足元も視界も悪くこの妖から逃げている過程で既に満身創痍だった。(恐らく)血を狙われているのに自分から傷を作るなどカモがネギを背負ってくるようなものだが、必死に逃げる彼にはそれを防ぐ術は無い。
「ヒヒッ ニゲロニゲロ」
そしてさらに分が悪いことといえばこの一つ目は本気で追いかけてきていないということ。きっと必死に逃げる自分の姿を見て楽しんでいるのだ。
「札があれば…」
妖力を込めて護符や呪符として使えるのに。ギリッと口の中を噛み締める。持っていた学生鞄は初撃を受けた時に反射的に離してしまったようでもうどこにあるのかが分からない。スマホもその鞄の中にあるため助けを呼ぶこともできない。そうして悩んでいるうちに妖は飽きたのか「モウイイ」とだけ呟いた。瞬間─
「かはッ」
肺から空気が押し出され一瞬息が止まった。わけも分からず困惑する頭で捉えたのは後ろにいたはずの妖が自分の目の前にいるという事だ。
「はな、せっ!」
木の幹に打ち付けた頭や背中が痛むのも構わず木に押さえつけられている四肢をもがき抵抗する。そんな抵抗をものともせず腕の血や服の下の汗を真っ黒な闇のような腕で絡めとる。
「ひッ!やめろっ!!ほんとにっ…やめて、」
ぞわぞわと全身が震える。鳥肌が立ち、訳が分からなくて涙が溢れてくる。話を聞いてくれるわけでも手を止めてくれるわけでもないこの状況は時雨の精神を容易に参らせた。
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