アルビノ崇拝物語

弓葉

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第1章 残酷な伝統薬

ライオンの手触り

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 十月は恐る恐る身体を起こす。背後にひしひしと獣の目を感じながら振り返った。雨でインクが滲んだようにぼんやりと相手の姿が見えてくる。少しずつ目が暗闇に慣れてきた。

「……ライオンだ」

 十月は顔を見上げる。確かにセリスロピィには獣人が多く暮らしている。だが、ほとんどは自然界で暮らす獣人が多く街ではあまり見かけない。十月は見たことが無い生き物に興味を持った。

「わしが怖くないのか?」

 ライオン獣人は十月に話しかける。その声は唸り声に近かったが、優しさにあふれていた。まるで、小さな子どもに話しかけるような優しい響きだ。

「敵意を感じないから」

 十月の家はブリーダーをやっていた。幼き頃から犬に囲まれて暮らしていたが、あまりにも見た目が違いすぎて仲良くなろうと必死になったことを覚えている。心が通じ合った時の感動は幼いながらも鮮明に覚えていた。

「……触ってもいいですか?」

 十月は恐る恐る手を伸ばす。獣人は人を食べない、と言うが本当かどうかも分からない。このまま手を失ってしまう恐怖もあったが、触ってみたかった。

「……構わん」

 ライオン獣人は十月の前に跪く。古びた木の床が大きく軋み、底が抜けそうだ。

「失礼します」

 十月はライオン獣人のたてがみに触れる。指先が通らないと思っていたが、手入れをされているようでさらりと指が通った。たてがみを幾度か往復し、首元に触れる。

「もふもふだ……」

 人の温もりどころか、動物の温もりを感じるのも久しぶりだった。十月の感情は安心したのか、涙がボロボロとあふれてくる。誰も知り合いがいない異国に残され、両親が逮捕され、祖母とは連絡もつかない。十月の精神はもう限界だった。

「うっ、う、うぅ~……」

 ボロボロとあふれる涙が止まらない。すると、肩に重みがのしかかる。ライオン獣人の腕だった。十月は抱きしめられていた。ただ、不自然に思ったのは片手だったこと。十月は獣人のハグはこういうものなのかと勝手に納得していた。

 ギシギシ、とだんだん木の床が軋む音が大きくなってくる。十月が涙を拭った瞬間、身体が浮いた。

「うわあああああ!」

 二人の重みに耐えきれなかったのか、床が抜けて落っこちる。すぐさま十月は頭を抱えて身を守った。

 パラパラ、と木の欠片や砂が頭の上に落ちてくる。十月はゆっくりと目を開けた。おかしなことにどこも身体が痛くない。

「なんでだ」

 十月は首を傾げながら身体を起こそうと、手を地面に置いた。

「もふ……?」

 やわらかい絨毯のような手触り。だが、その手触りに見覚えがあった。

「あ……!」

 さあっと、血の気が引きライオン獣人の顔を探す。

「平気か?」

 ライオン獣人は十月を抱えこみ、十月を守ってくれていた。
 
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