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第2話 能力検査

【語り部:五味空気】(3)――白衣のポケットから黒光りするなにかを取り出した。

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「さて、それでは本題に入るっすけど」
 それまでの騒ぎようはどこへやら、すっと真面目な顔つきになる女子中学生。ビニール手袋をつけて、言う。
「今日はまず、貴方がどういう能力を持っているのかを調べさせてもらうっす」
「能力って、四鬼としての? それって調べてわかるものなの?」
「当然。要は遺伝子検査みたいなものっすから、簡易なカテゴライズ程度であればすぐできちゃうんすよ。じゃあどうして昨日、貴方が気絶してる間にやらなかったかって? 答えは簡単、わたしが検査薬の在庫を補充するのを忘れてたからっす!」
 茶目っ気たっぷりに舌を出す女子中学生だが、牢屋の外でこちらの様子を監視している医者猫男が小さく舌打ちするのが聞こえてしまった。なるほど、彼女のミスをカバーしたのは医者猫男か。
「さてさてそれでは、検査のお時間っす。悪趣味な茶髪さん、口を開けてください。はい、あーん」
「あ、あーん」
「いや、気持ち悪いんで声は出さないでもらって良いっすか」
「……もがっ」
 指示通りに口を開くと、女子中学生は勢いよくなにかを突っ込んできた。そのまま、頬の内側をぐりぐりと撫で回す。歯と頬の間も、上も下も、右も左もだ。
「――っと、はいオッケー。あ、お茶でも飲むっすか?」
「飲むか!」
 さんざ口の中を弄られた直後、女子中学生はあの『お茶』を勧めてきやがった。このタイミングであんな不味い『お茶』、誰が飲むものか……とは思うものの、口の中を蹂躙され、なにか飲みたい気持ちはあった。ゆすぐ程度なら良いか……?
 女子中学生のほうを見ると、いつの間にか牢屋から出て、今ほど俺の口の中に突っ込んだめん棒のようなものを試験管に入れ、くるくると回していた。どうやら『お茶』を飲む時間はあるようだ。一口飲む。うん、不味い。
「むむ、結果が出たっすよ」
 少しして、女子中学生が神妙に声を上げた。
 頼りない廊下の照明に試験管を当て、雲のように透き通る白色の液体を見つめて、言う。
「この色は――回復型っすね」
「それってどういう……」
「やっぱりな」
 俺が尋ねるよりも早く、そう頷いたのは医者猫男だった。
「身体が損傷を負ったら回復する――文字通りの意味だ。その回復速度に個体差はあるが、五味空気、お前はさして早いほうじゃねえみたいだな」
 その背中の傷、と医者猫男は俺を指差す。
「普通なら抜糸まで一週間はかかるところだが、早けりゃ明日には抜糸できると思うぞ」
「それは早いほうなんじゃ……?」
「うんにゃ、早い奴ってのは傷を負ったその瞬間から回復が始まる。首を落とした次の瞬間にはくっついてるような奴を『早い』って言うんだ。お前の場合は、一般人よりも多少治りが早い程度だろ」
「死ぬまで殺せば死んじゃうやつじゃないっすか、それ」
 ひどくつまらなそうに言う女子中学生。
「それだと戦闘向きとは言えねえっすねぇ。回復力がずば抜けて高いなら、一対多数であの殺戮っぷりも頷けるんすけど。あ、もしかして無痛症?」
「思いついたことをすぐ口に出すんじゃねえよ、的無。もしこいつが無痛症だったら、さっきお前に口の中を弄くられてうっとりなんてしてねえだろ」
「なっ?!」
 さらりと放たれたそれは、なにより衝撃的な告発だった。
「あ、そっすね」
「なに納得してんの?!」
 そこをあっさり容認するなよ、年頃の女子として。動揺の上を行く衝撃発言だぞ。
「うるせえっすよ悪趣味な茶髪さん」
「……というか、さっきから気になってたんだけど」
 悪態をつく女子中学生に、俺はいよいよもって苦言を呈することにした。
「その呼びかた、やめてくれない?」
「なにがっすか?」
「『悪趣味な茶髪さん』ってやつ。俺には『五味空気』って名前があるんだからさ」
「でもそれ、たぶん偽名っすよね」
「そうかもしれないけど」
「じゃあ、『殺人鬼さん』のほうが良かったっすか?」
「嫌だよ!」
 身に覚えのない罪状で呼ばれるなど、嫌がらせ以外のなにものでもない。
「もう、面倒な野郎っすねえ」
 そうは言いつつ、顎に手を当て思案顔の女子中学生。ほんの数秒ののち、閃いたようにぽんと手を打った。
「それなら『あちゃさん』でどうっすか?」
「は?」
 なにをどうしたら、じゃあ、で繋がる提案なのだろうか。
「『あ』くしゅみな『ちゃ』ぱつさん、略してあちゃさんっす」
「常時うっかりさんみたいで余計に嫌だわ! つうか略しただけだろっ?!悪趣味な茶髪から離れてってば!」
「七面倒臭い野郎っすねえ」
「君が普通に名前で呼んでくれたら、こんな議論は必要なかったんだけどね……」
 しかしながら、そこまで悪趣味だと言われ続けると、実際どんな色をしているのか気になってくる。鏡のないこの状況下では、俺は『五味空気』という人間の顔すら知り得ないのだ。殺人鬼扱いされて当然のような顔つきなのか、死ぬほど茶髪の似合わない顔なのかさえ。
「なあおい、時間がねえんだ」
 軽口を叩きながらも検査キットの片づけをしていた女子中学生に、医者猫男は痺れを切らしたように言った。どうやら、時間に限りがあるというのは本当らしい。
「おっとそうでした、サーセンっす」
 言うが早いが、女子中学生は無駄のない動きでさっさと荷物をまとめ上げる。
「これでオッケーっす。ささドクター、どうぞどうぞ。わたしなぞ居ないものと思って、どうぞ」
 女子中学生の不穏な振りを受け、医者猫男はぶっきらぼうに頷く。
「そんじゃあ、俺の番だ」
 いやに楽しそうな医者猫男の声が、牢屋に響く。見れば、目こそ気だるげなままだが、口元は歪な笑みを浮かべていた。
「え、ちょ……」
 妙に活き活きとし始めた医者猫男は、緩慢な動作で牢屋へと這入ってきた。あからさまに嫌な予感しかしなくて、両手を前に突き出し牽制をかけるが、それで止まるはずもない。状況に不似合いなほど楽しげな表情に、不穏な展開以外考えられなくなる……!
「さあて、楽しいことしようぜ」
 医者猫男はそう言って、白衣のポケットから黒光りするなにかを取り出した。
 そのものずばり、スタンガンである。
「詳しいことは、その身体に直接訊くからよ」
「ま、待って! まさかマジでBがLするつもりじゃ……!」
「うるせえ」
「ぎえっ」
 そうして抵抗らしい抵抗もできずにスタンガンを押しつけられ、首輪なんて比じゃない高電圧が身体中を駆け巡った。
 フィクションの世界じゃスタンガンは人間を気絶させる定番アイテムだが、一般人が使うスタンガンじゃあ精々放心状態にする程度だ。気絶するほどの高電圧をかけたら、それは二度と意識の戻らない類の気絶である。
 で、医者猫男が使用したスタンガンの威力はと言うと。
「いひゃい……」
 意識を奪うまでは行かなかったが思考がまとまらず、身体は痺れてまともに動かせなくなるレベルだった。端的に言うと、ヤバめの威力である。
「よし、じゃあ行くぞ」
 どこへ行くのかと尋ねることさえできず、俺はされるがまま医者猫男に担がれ、運搬されていく。
 視界の端で女子中学生がやたらにご機嫌な様子だったのは、言うまでもなかった。やっぱりこの子、そういう人類だ。
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