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第3話 約束

【語り部:五味空気】(4)――一方で少女は、デートであれば花丸をあげたくなる仕上がりだった。

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 医者猫男が先行して準備していたのは、シャワー室のことだった。
 件の情報屋に対し、何日も風呂に入っていない野郎を連れて行くなんてのは宇田川社の名が廃るとかなんとか……そんな理由だそうだ。俺としては久しぶりにシャワーを浴びられるから嬉しい限りなのだけれど、さきほどの痛み止めのことも合わせて、そこまで周到に用意をしなければならない情報屋の正体というのが、余計に見えなくなってきた。潔癖症なのか?
 そんなわけで、あれから地下牢にやって来た医者猫男により麻袋を被せられた俺は、着替えとタオルと一緒にシャワー室へと放り込まれた。
 カーテンで仕切られた個室が四つという、シンプルな作りのシャワー室。そのシンプルさ故か、鏡の類は一切なく、ここまでさんざ悪評を受けた髪の色を確認することは叶わなかった。
「ええと……、お待たせ。待った?」
「いえ、私も今来たところです」
 医者猫男によって再度麻袋を被せられ、車に乗せられ連れてこられたのは見知らぬ駅前。
 その改札口付近――そこで俺達の到着を待っていたのは、大鎌少女であった。ふと構内の時計に目をやると、午後一時ジャスト。どうやらここが、少女との待ち合わせ場所らしい。
「あとは頼んだぞ、清風。生きて帰ってこい」
「善処します」
 それまで俺の真横で「逃げようとしたら即座に殺す」と言わんばかりに威圧してきていた医者猫男は、少女に対しては保護者のような物腰で彼女の頭を撫でつつ、そんな不穏なことを言った。いや、それ以上に不穏なのは、それに対する少女の返事だったわけだが。あんまり深く考えると今後の関係に支障をきたしそうだから、あまり考えないでおこう。
「おい、五味空気」
 そうして、くるりとこちらに向き直った医者猫男は不機嫌なそれに戻っていた。一層睨みをきかせ、元より低い声をさらに低くして、医者猫男は言う。
「妙な真似してみろ、殺すぞ」
「……ハイ」
 それが脱走を指すのか、少女に対して不埒な真似を働くことを指すのか、情報屋に失礼をしてしまうことを指すのか――あまりの凄みように、尋ねる気にはなれなかった。
 医者猫男は俺にそんな脅しをすると車に戻り、見た目とは裏腹な安全運転でロータリーから出て行った。
 先のつき合いたてのカップルみたいな会話は、なんとはなしに医者猫男を見送ったあとに発生したものである。
 これからデートが始まりそうな会話ではあったが、だとしたら俺の服装は間違いなく落第点だ。明らかに着古した感のあるTシャツにパーカー、微妙にサイズの合わないジーンズ。果てはまだ寒さの残る春先だというのにサンダルという有様で、浮浪者一歩手前の格好である。
 一方で少女は、デートであれば花丸をあげたくなる仕上がりだった。
 うっすらとではあるが化粧をしているようで、その漆黒の瞳の周りはきらきらと可愛らしく輝いている。唇には控えめな色の口紅を施しているのか、その艶やかさは一段と増していた。胸元まである真っ直ぐな黒髪も、今日はふんわりとひとつに結われていて、それだけで別人かと思ってしまうほどの変貌ぶりである。
 しかし、なにより目を奪われたのは少女の私服姿だろう。
 ゆったりとした白のタートルネックに紺色のフレアスカートというコーディネートは、きっちりとしていた制服姿とは別の印象を与えた。大人っぽくみせようとしている女子高生感がありありと出ていて、その辺の幼さが残っているぶん、やはり「美しい」より「可愛い」という言葉のほうが似合っている。惜しむらくは、膝丈のスカートから伸びるしなやかな脚が黒のタイツに覆われていることだろうか。
「……ていうか、それなに?」
 少女の私服姿に一言添えるより先に口をついて出たのは、少女の背に担がれたものだった。それは可愛らしい服装には不似合いな、いかつくてでかいケースである。その大きさたるや、おおよそ高校生女子の平均身長ほどであろう少女の身の丈の半分はあるのだ。そんなものを背負って、一体なにをしようと言うのか。
「……楽器のケースです」
 ほんの一瞬だけ思案顔を浮かべた少女は、考えた割には残念な嘘をついた。
「うっそだあ……」
「トロンボーン、知りませんか? それ用のケースですよ」
「ごめん、楽器は詳しくないんだ」
「でしょうね」
 鼻で笑うように言う少女。どうやら、ケースの中身を教える気はないようだった。
 そうはいっても、ここは普通に考えて、情報屋への報酬を外からそれとわからないようカモフラージュしているとか、俺が逃走を図ろうとしたとき用のあれこれが入っているとかだろう。そしてたぶん、後者の可能性が非常に高い。そんな風に、このときの俺は考えた。
 事実、これだけ洒落込んだ格好の少女の履いている靴は、機動性の高そうなスニーカーである。緊急事態に即時対応できるようにという以外に、なにが考えられるというのか。
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