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第3話 約束

【語り部:五味空気】(15)――このまま少女の隣に居たら、俺は少女を殺してしまうかもしれない。

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「あくまで、共犯者がいるって前提の話だけどね」
 とってつけたような注釈を吐いて、情報屋は再びマウスでカチカチと操作する。
「でも一応、当てずっぽうで言ってるわけじゃないっていう論拠を提示しておこうかな。僕が天神絶途の仕業じゃないかって思ったのは、みぃくんの手口にあるんだ」
 これ、と言ってディスプレイに映し出されたのは、俺と少女の出会った路地裏の写真だった。情報屋が注視したのは、その中でもずたずたにされた死体と、壁に描かれた切創である。
「この、異常なまでに長く真っ直ぐな、まるで刃の切れ味を確かめてるような太刀筋。これって天神絶途のものとそっくりなんだよね」
 こっちが天神絶途の太刀筋ね、と次に映し出された写真には、血まみれの死体がひとつ。その死体は、首をひと薙ぎされているだけだった。たった一撃、首に真っ直ぐの刃を受けて絶命している。そしてその斬撃は、死体の背後にまで及んでいた。
「ね? 似てるっちゃ似てるでしょ?」
 俺が天神絶途に殺人の手解きを受けたのだとしたら、太刀筋が似るのも頷ける。
 点ばかりだった手掛かりが、線になって繋がっていく。
 繋がった先にあるのは、残酷な現実だ。
「とはいえ、天神絶途のほうを探ってみても収穫はなかったからさあ。元暗殺者だけあって、彼も完全に足取りを消してるみたいだし。僕の力じゃこれが限界だね」
「……」
 俺はここに居てはいけない、と思った。
 このまま少女の隣に居たら、俺は少女を殺してしまうかもしれない。
 それが、途轍もなく、怖かった。
「――落ち着きなよ、みぃくん」
「でっ?!」
 すこーん、となにかが額に直撃した。ころんとスカートの上に転がったそれは、一口チョコレートである。ホワイトチョコとの二層タイプだ。
「あげる。食べなよ」
 ほら清っちも、と少女にはふんわり投げて寄越す情報屋。そうして自身もひとつを口に放り込んだ。それを見て、俺も少女もおずおずと口に入れる。安物のチョコレートは脂っこく、ただただ甘さを主張していた。それでも、恐らくは久しく食べていなかったであろうチョコレートの甘さは、いくらか緊張をほぐしてくれた気になる。
「僕が君らに提供するのは『情報』であって、『事実』でも『正解』でもない。そこを勘違いしてもらっちゃあ困るよ」
 次々とチョコレートを口に放り込み、噛み砕きながら情報屋は言う。
「ほら、よく言うでしょ――正義の反対はまた別の正義って。世の中、ひとつの視点だけでなんて見れはしないんだよ。表の反対が裏とは限らない。今回はどうしたって手がかりが少ないから、みぃくんの単独犯説や天神絶途との共犯説、それ以外にもいろんな可能性が出てきちゃうもんなんだ。僕はいろいろ調べていくうちに天神絶途と手口が似てるなって思ったけど、あの百戦錬磨な課長さんからすればこじつけだって思うかもしれない。『情報』を基になにを『事実』とするかは君らの自由さ。僕は『情報』に対する報酬が貰えれば、なんだって構わないんだからね」
「……そうだね」
 情報屋のあからさまな予防線に、少女は静かに頷いた。
「ありがとう、闇中。隠し立てせずに私にも話してくれただけでも、とても嬉しい」
 少女からの直球のお礼に、情報屋は少しだけ面食らったような顔をしたが、すぐさま元の、無暗に楽しそうな表情へと戻す。
「どうしたしまして~。じゃあこれ、今回の件の情報ね。課長さんへの報告用にまとめた奴だから、渡しておいてくれるかな。情報料はいつも通りにお願い」
「わかった」
「……」
 情報屋が少女に茶封筒を渡しているのを眺めながら、すっかり冷静になれてしまっている自分がいることに驚く。チョコレートのおかげか、少女の素直さに感銘を受けたのかはさておき、あのまま思考の海へ深く潜っていたら、自分で自分を殺していてもおかしくなかった。危ない危ない。
 記憶を失う前の俺が少女の殺害を目論んでいたと、確定したわけではないんだ。今はまだ、それで良い。少なくとも今の俺には、少女に対する殺意なんて皆無なのだから。
「みぃくんは着替えてから帰るの?」
「当たり前だ」
 不意にこちらを向いた情報屋の問いに、俺は若干語気を強めて答える。
「このまま外を出歩けるわけないだろ」
「ん~。でもぉ、せっかく似合ってるのに~。可愛いのに~。もったいなぁい!」
 確かに、少女に施してもらったメイクを落とすというのは、なんだかもったいない気がしないでもない。いっそこのまま――なんて、とんでもない方向に進みかけていた頭を横に振った。恐ろしい、今後これが癖になってしまったらどうしてくれる。
「あっきー以来の久しぶりの逸材だったんだけどなー、まあ仕方ないか。良いよ、着替えて帰っても。セーラー服はクリーニングしてから返してね」
 今、なにか聞いてはいけない情報を耳にしてしまったような気もするが……ともあれ、情報屋の許可も出たのだし、とっとと着替えてしまおう。そう思って、あの衣装部屋へと足を向けた俺の背に、そうだみぃくん、と情報屋が声をかけてきた。
「君についての情報は不確定要素ばっかりなんだけど、ひとつだけ確かに言えることがあったんだ」
「えっ」
 思いがけない言葉に、勢いよく振り返る。反動でスカートがふわりと膨らんだが、気にしてられるか。
「そうは言っても、情報元が情報元だから、話半分で聞いてね」
「わかった。だから、なに?」
「みぃくんね、ポイントカード作るとき、年齢欄に十七歳って書いてたぜ」
「じゅ、十七歳?!」
 素っ頓狂な声を上げたのは、俺ではなく少女であった。
「え、それだと、私と大して変わらない……」
 少女の風貌や言動から察するに、恐らく彼女は高校一年生――十五、六歳と言ったところだろう。それなら十七歳という年齢は、学年で言えば少女のひとつ上となる。
 が。
「いやいや清っち、僕の話ちゃんと聞いてた? それもたぶん嘘なんだって」
「そうなの?」
 そう言って首を傾げた少女に、情報屋は頷く。
「これは推測だけど、清っちよりは僕と歳が近いんじゃないかなあ」
「……お前、いくつなの?」
 思わず尋ねた俺に、情報屋は両手でブイサインを作り、
「僕はね、二十二歳。いえい」
と答えた。
 それを横目に見つつ、推測する。
 情報屋と歳が近そうというのであれば、二十代前半くらいか? 如何せん、初めて見た『五味空気』という人物が女装メイク後だったので、俺自身もぴんとこない。さっきの監視カメラの映像は遠目な上に粗い画質だったから、あまり参考にはならないし……。
「ていうか、成人してんのにセーラー服って……」
 早く着替えて帰りたい、と思った。
 帰る場所なんて、俺にはないのに。
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