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第4話 存在価値
【語り部:五味空気】(2)――「殺人鬼と慣れ合うつもりはないんです」
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「そういえば、ひとつ気になっていたことがあるんですけれど」
俺の隣に戻ってきながら、怪訝そうな表情を浮かべて少女は言う。
「どうして私のこと、『清風ちゃん』って呼んでるんですか?」
「え? だって一番最初に君がそう名乗ってくれてたでしょ」
「だからって、そんな気易く呼んで良い理由にはならないです」
自分の立場を考えてください、と不機嫌そうに言う少女だが、その表情はと言えば、若干口角が上がり、あまつさえ頬が紅潮している。夕日に照らされてそう見えるだけか?
「えー、でも俺、人の名前を呼ぶの好きなんだよ。あ、ほら、清風ちゃんも俺のこと『五味くん』って呼んで良いからさ」
「イヤです」
「どうして」
「殺人鬼と慣れ合うつもりはないんです」
「そんな寂しいこと言わないでさ、清風ちゃ――」
ぴたり、と。
俺と少女は示し合わせたでもなしに、同時に足が止まった。
少女の柔らかな殺気に慄いたわけではない。目の前にトラックが飛び出してきたわけでもない。そんな緊急事態が起きたのではなく、これはむしろ異常事態と言えよう。
ほんの数メートル先に、一人の男が立っていたのだ。
ついさっきまで、そこには誰も居なかった。雑談をしながらとは言え、俺も少女もそれぞれに周囲を警戒していたはずだ。
だから不可思議で仕方ない。
俺達には、男が突然湧いて現れたようにさえ見えたのである。
黒のトレンチコートに、黒のスーツ、黒の皮靴。そんな格好だからか、いやに上背があるように見える。実際の背丈は俺より少し高いくらい――百八十センチはあるだろうか。コートのボタンは閉めておらず、首元からはいつもの青みがかった白いネクタイが見えたが、今は夕日を浴びていて橙色にしか見えない。
伸ばしっぱなしらしい髪は、雑に後ろでひとつに結わえられていた。前髪も邪魔そうだが、敢えて避けようとはしない。色つきの眼鏡をかけてもなお、その凶悪を通り越して極悪な三白眼は隠しきれておらず、その目が真っ直ぐ少女を射抜いていることは疑いようがなかった。
「――宇田川社警護部特殊警護課〝K〟班班長、清風風視さん、ですね?」
いやに礼儀正しく、男はぺこりと頭を下げる。その動作には一切の無駄がなく、極めて紳士的と言えよう。
「初めまして。私は天神絶途という者です――貴女の持つ大鎌を頂戴しに参りました」
ただし、その口から吐き出された要求には、紳士さの欠片も含まれていなかった。
俺の隣に戻ってきながら、怪訝そうな表情を浮かべて少女は言う。
「どうして私のこと、『清風ちゃん』って呼んでるんですか?」
「え? だって一番最初に君がそう名乗ってくれてたでしょ」
「だからって、そんな気易く呼んで良い理由にはならないです」
自分の立場を考えてください、と不機嫌そうに言う少女だが、その表情はと言えば、若干口角が上がり、あまつさえ頬が紅潮している。夕日に照らされてそう見えるだけか?
「えー、でも俺、人の名前を呼ぶの好きなんだよ。あ、ほら、清風ちゃんも俺のこと『五味くん』って呼んで良いからさ」
「イヤです」
「どうして」
「殺人鬼と慣れ合うつもりはないんです」
「そんな寂しいこと言わないでさ、清風ちゃ――」
ぴたり、と。
俺と少女は示し合わせたでもなしに、同時に足が止まった。
少女の柔らかな殺気に慄いたわけではない。目の前にトラックが飛び出してきたわけでもない。そんな緊急事態が起きたのではなく、これはむしろ異常事態と言えよう。
ほんの数メートル先に、一人の男が立っていたのだ。
ついさっきまで、そこには誰も居なかった。雑談をしながらとは言え、俺も少女もそれぞれに周囲を警戒していたはずだ。
だから不可思議で仕方ない。
俺達には、男が突然湧いて現れたようにさえ見えたのである。
黒のトレンチコートに、黒のスーツ、黒の皮靴。そんな格好だからか、いやに上背があるように見える。実際の背丈は俺より少し高いくらい――百八十センチはあるだろうか。コートのボタンは閉めておらず、首元からはいつもの青みがかった白いネクタイが見えたが、今は夕日を浴びていて橙色にしか見えない。
伸ばしっぱなしらしい髪は、雑に後ろでひとつに結わえられていた。前髪も邪魔そうだが、敢えて避けようとはしない。色つきの眼鏡をかけてもなお、その凶悪を通り越して極悪な三白眼は隠しきれておらず、その目が真っ直ぐ少女を射抜いていることは疑いようがなかった。
「――宇田川社警護部特殊警護課〝K〟班班長、清風風視さん、ですね?」
いやに礼儀正しく、男はぺこりと頭を下げる。その動作には一切の無駄がなく、極めて紳士的と言えよう。
「初めまして。私は天神絶途という者です――貴女の持つ大鎌を頂戴しに参りました」
ただし、その口から吐き出された要求には、紳士さの欠片も含まれていなかった。
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