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(4)――「これからも、わたしにおにーさんの血を飲ませてくれませんか!?」
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「おにーさん、マジで遠慮しないですね。いや、良いんですけど」
件の焼肉店に入り、注文した肉が届くと、俺は次々に焼き、そして食べていった。もちろん、吸血鬼のぶんを取り分けることは忘れていない。一人で焼肉を食べることもあるが、やはり誰かと食べるほうが美味しいのだ。
「誰かさんのおかげで、貧血気味なんでな。栄養つけなきゃいけないんだよ」
俺はこれまで健康そのものだった為、人生初の貧血気味という状態に、今日は四苦八苦してきたのだ。血が足りないというのが、こんなに大変なことだとは思わなかった。
「いやあ、お陰様で命拾いしたんですよ。おにーさんはわたしの命の恩人です。ささ、こちらのお肉もお食べください」
「ありがと」
「そろそろ冷麺とか頼みますか?」
「いや、それはもうちょいあと」
「おっけーです」
必要最低限の会話を挟みつつ、黙々と食べ続けた。
吸血鬼と食事をするなんて、字面だけ見たらなんて頓痴気な状況だと思うが、これが思ったより居心地が良かった。
人間の食事で満腹感を得られないと言っていた吸血鬼が、俺のハイペースな食事に見事付き合いきったというのも、大きいだろう。
そうして、締めのデザートを注文したところで、
「あの……おにーさん」
と、吸血鬼がなにやらおずおずと話し始めたのである。
「本当に、おにーさんのお陰で、しばらくは血を飲まなくてもやってけるくらいに元気になったんですよ。だけど、その……」
なんだろう、嫌な予感がする。
早くデザートのアイスが来てくれないか、と通路側にちらりと視線を遣った、その隙を突いて、吸血鬼は立ち上がり、俺の肩を掴んだのである。
「これからも、わたしにおにーさんの血を飲ませてくれませんか!?」
ほらね、嫌な予感が当たったよ、もう。
吸血鬼の指は、痛いくらいに俺の皮膚に食い込んでいる。
「おにーさんの血、マジでほんと、めっちゃ美味しくって。わたしの長い吸血鬼人生でも、こんなに美味しい血を飲んだのは初めてっていうレベルで美味しくって」
興奮気味なのか、吸血鬼はたどたどしい言葉選びで語る。
「こんなに美味しい血を、一度限りっていうのはあまりに酷だなって思ったんです!」
「わ、わかったから、ちょっと落ち着け」
「でもおにーさん!」
宥めにかかった俺に食い下がる吸血鬼。
俺は現実時間にして二秒ほど考え抜いた末に、通路側を指差した。
「デザート、来てるから」
そこには、二人分のアイスをトレイに乗せた店員さんが立っていた。
「あうう……しゅみませ……」
吸血鬼は途端に大人しくなり、席に着く。
店員はそのタイミングを見逃さず、ささっとテーブルにアイスを置くと、「ごゆっくりー」と、取り繕った笑顔を浮かべて場をあとにした。
「……あんたの要求はわかった」
アイスを一口食べてから、俺は言う。
「こうして奢ってくれるんなら、うん、別に良いよ」
「本当ですか!?」
「うん」
バイトで生活費を工面している苦学生にとっては、血のひとつでここまで贅沢させてもらえるなんて、破格の条件だ。
だから俺は、素直に頷いて見せたのだった。
「じゃ、じゃじゃじゃあ、三ヶ月に一度くらいの頻度で良いので、お願いできますか……?」
「献血もそれくらい間隔を空けるっけ。うん、それなら、三ヶ月に一度ってことで」
「ほああ……!」
吸血鬼は、自分にこんなに都合の良いことがあって良いのか、とでも言いたげな奇声を上げた。
「それよりほら、アイス食べちゃえよ。溶けるぞ」
「あ、はい」
アイスを食べるよう促すと、吸血鬼はにこにこと笑みを浮かべながら食べ始めた。
この笑顔にやられたんだよなあ、なんてことは、本人には言わない。
大学の友達にでも話したいところではあるが、行き倒れの吸血鬼を助けたらギブアンドテイクの関係になった――なんて、あまりに荒唐無稽で、信じてもらえないだろう。
誰にも言えない、ここだけの話である。
終
件の焼肉店に入り、注文した肉が届くと、俺は次々に焼き、そして食べていった。もちろん、吸血鬼のぶんを取り分けることは忘れていない。一人で焼肉を食べることもあるが、やはり誰かと食べるほうが美味しいのだ。
「誰かさんのおかげで、貧血気味なんでな。栄養つけなきゃいけないんだよ」
俺はこれまで健康そのものだった為、人生初の貧血気味という状態に、今日は四苦八苦してきたのだ。血が足りないというのが、こんなに大変なことだとは思わなかった。
「いやあ、お陰様で命拾いしたんですよ。おにーさんはわたしの命の恩人です。ささ、こちらのお肉もお食べください」
「ありがと」
「そろそろ冷麺とか頼みますか?」
「いや、それはもうちょいあと」
「おっけーです」
必要最低限の会話を挟みつつ、黙々と食べ続けた。
吸血鬼と食事をするなんて、字面だけ見たらなんて頓痴気な状況だと思うが、これが思ったより居心地が良かった。
人間の食事で満腹感を得られないと言っていた吸血鬼が、俺のハイペースな食事に見事付き合いきったというのも、大きいだろう。
そうして、締めのデザートを注文したところで、
「あの……おにーさん」
と、吸血鬼がなにやらおずおずと話し始めたのである。
「本当に、おにーさんのお陰で、しばらくは血を飲まなくてもやってけるくらいに元気になったんですよ。だけど、その……」
なんだろう、嫌な予感がする。
早くデザートのアイスが来てくれないか、と通路側にちらりと視線を遣った、その隙を突いて、吸血鬼は立ち上がり、俺の肩を掴んだのである。
「これからも、わたしにおにーさんの血を飲ませてくれませんか!?」
ほらね、嫌な予感が当たったよ、もう。
吸血鬼の指は、痛いくらいに俺の皮膚に食い込んでいる。
「おにーさんの血、マジでほんと、めっちゃ美味しくって。わたしの長い吸血鬼人生でも、こんなに美味しい血を飲んだのは初めてっていうレベルで美味しくって」
興奮気味なのか、吸血鬼はたどたどしい言葉選びで語る。
「こんなに美味しい血を、一度限りっていうのはあまりに酷だなって思ったんです!」
「わ、わかったから、ちょっと落ち着け」
「でもおにーさん!」
宥めにかかった俺に食い下がる吸血鬼。
俺は現実時間にして二秒ほど考え抜いた末に、通路側を指差した。
「デザート、来てるから」
そこには、二人分のアイスをトレイに乗せた店員さんが立っていた。
「あうう……しゅみませ……」
吸血鬼は途端に大人しくなり、席に着く。
店員はそのタイミングを見逃さず、ささっとテーブルにアイスを置くと、「ごゆっくりー」と、取り繕った笑顔を浮かべて場をあとにした。
「……あんたの要求はわかった」
アイスを一口食べてから、俺は言う。
「こうして奢ってくれるんなら、うん、別に良いよ」
「本当ですか!?」
「うん」
バイトで生活費を工面している苦学生にとっては、血のひとつでここまで贅沢させてもらえるなんて、破格の条件だ。
だから俺は、素直に頷いて見せたのだった。
「じゃ、じゃじゃじゃあ、三ヶ月に一度くらいの頻度で良いので、お願いできますか……?」
「献血もそれくらい間隔を空けるっけ。うん、それなら、三ヶ月に一度ってことで」
「ほああ……!」
吸血鬼は、自分にこんなに都合の良いことがあって良いのか、とでも言いたげな奇声を上げた。
「それよりほら、アイス食べちゃえよ。溶けるぞ」
「あ、はい」
アイスを食べるよう促すと、吸血鬼はにこにこと笑みを浮かべながら食べ始めた。
この笑顔にやられたんだよなあ、なんてことは、本人には言わない。
大学の友達にでも話したいところではあるが、行き倒れの吸血鬼を助けたらギブアンドテイクの関係になった――なんて、あまりに荒唐無稽で、信じてもらえないだろう。
誰にも言えない、ここだけの話である。
終
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