魔王オレと勇者ワタシ

松本味噌味

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魔王オレのターン

第5話 苦いメモリー

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 一方オレは案内された席に座るなりコース料理とは別に、メニュー表に記載されている料理を全て出すように係員へと指示を出す。
 シャルが席に戻る頃には、既に様々な料理が運ばれテーブルは隙間なく料理で埋め尽くされていた。

「おぅ、 どぉだったぁ? 勇者様とやらはぁ」

 口に料理を詰め込みながらモゴモゴと言うオレにシャルは、

「あっ、ただ挨拶しただけです。 っていうか食べながら喋るってお行儀悪いですよ」

 シャルはキッとした顔でオレに注意するように言う。

 口いっぱいに含んだ料理を、ワインのボトルをラッパ飲みしグビグビと流し込むと、ぷはーっと息を吐きシャルをジロリと睨むと、

「さっきまで、乞食同然だったお前がお行儀を口にするんじゃねーよ」
「んぐ…… ごめんなさい」

 シャルは痛い所を突かれ反射的に謝罪の言葉を述べる。

「んで、お前の事は名前以外何も聞いてないけど、一体どこから来て何が目的なんだ? 勇者に近づくのにも何か訳があんだろ?」

 細かい事はあまり気にしない主義のオレだが、うっかり【孔雀石の勾玉】を勇者様御一行にあげてしまったせいで、魔王オレが倒された事になってしまっている。
 今後この世界で昔のように争いが起こると、オレの平穏な日常は遠のくという訳だ。
 その為、勇者や国王の動向も多少は気になっているので、同じくその動向を気にしているであろうシャルの話も聞いておこうといった感じのようだ。

「えっと…… 話すと長くなりますけど……」
「だめだ。 長いのは却下!」

 ガツガツと料理を頬張りながら、長い話禁止令をシャルへと発令するオレ。

「えっ、えぇぇぇぇ」

 長い話を喋る気満々のシャルは出鼻を挫かれ、しょんぼりとか細く「えぇぇ」と言っている。

「まぁ、良いか。 とりあえず飯食え飯」
「はっ、はい。 イタダキマス」

 言われるままにシャルも並べられた料理をパクパクと口へと運ぶ。
 シャルの年齢は今の所分からないが酒には一切手を付けず、食べる料理も野菜ばかりだ。

「なんだぁ? 肉食え肉。 野菜ばっか食ってるから牛みたいに乳ばっかでかくなんだろうが」
「なっ…… んもう」

 牛のように「んもう」と返答し、少し赤らめた頬を膨らませ反論しようとするシャルだが、言うだけ無駄な空気が場を支配しているのを察知し、渋々肉や魚も口へと運ぶ。
 無言のまま2人で食事をしていると、オレの背後のテーブル席に座る客が話すヒソヒソ声が聞こえてくる。

「あれが魔王オレを倒した勇者様って訳か。 パッと見じゃ大した事なさそうだなぁ?」
「そうかぁ? あのリザードマンなんて見るからにヤバそうだろう」

 町人AとBが勇者様御一行をチラチラと見ながら、会話を交わす。

「しかし魔王オレも大した事ないなぁ。 あんなのにやられるなんてなぁ」
「だなぁ。 俺の国の伝承じゃ、女子供は平気で殺すし、略奪はするし、軍隊は壊滅させるしで散々だったからなぁ」
「まぁ俺の国でも似たようなもんだな。 魔王オレが気まぐれで善行をしたなんて伝承も一部ではあるけど眉唾ものだなぁ」
「実際女子供に手をかけてる時点で、魔王オレってのもたかが知れてるって事だろ」

 ホテルの食堂フロアである地下1階は、勇者を褒め称える話ばかりではなく、国の今後や魔王オレに対する誹謗中傷等の話題で持ち切りになっている。

 オレとシャルの席まで伝わるヒソヒソ話を聞いて、食事中のオレの眉毛はピクピクと動き少し不機嫌そうな目線を後ろの席へと向けていた。

 しかし、実際に女子供を手に掛けるなんて事は、あまり身に覚えがない事であるが、略奪や軍隊壊滅は記憶の片隅にある為、ここは黙っておこうとオレは心に決めていた。

 バーーーンッ!!!! ガッチャーーーン!!

 突然、様々な料理で敷き詰められたテーブルを両手で思い切り叩くと同時に立ち上がるシャルの姿がそこにあった。

 勢いよく皿ごとテーブルを叩き、割れた皿の破片で掌を少しだけ切って流血しているが、そんな事など気にする素振りも見せず、オレの後ろに居る町民AとBの方へとシャルは歩き出した。

「ちょっと! 何ですかその言い草は! いくら魔王だからって亡くなった人に対してあんまりじゃないですか! オレ様の気まぐれの善行で助けられた人だって大勢居るんですよ!!」

 何を言うかと不思議に思っていたオレだが、突然大きな声で叫ぶシャルに圧倒され町民AとBは呆気にとられている様子だ。
 顔を真赤にして怒るシャルに、圧倒されていたAとBは気を取り直し反論する。

「魔王だぞ? 魔王。 それにお前だってここに居るって事はあっちの勇者様に会いに来たんだろうが?」
「そうだそうだ! 勇者にも魔王にも媚を売るってのはクソのする事だぞ? この売女が!」

 シャルにいきなりキレられ、引っ込みのつかなくなったAとBは、シャルに対し罵声を浴びせる。
 オレはというと、シャルが罵られ何故か余り良い気分では無いが、まだ自分の出番では無いなと言わんばかりに、押し黙って食事を続けている。

 チラチラとオレの加勢を期待しているシャルであったが、その視線も虚しく空振り、返す言葉も無く唐突に謎な反論を展開する。

「ちょ…… ちょっと! お前ってなんですか! 私はシャルです! それにバイタってなんですか! 意味がわかんないです! わかる言葉で言ってください!!!」

 そんな騒ぎを間近で傍観しているオレは一向に動く気配がない。
 その状況を見兼ねてか勇者レイテがゆっくりと、揉めるシャル達の方へと歩を進める。
 レイテはすっかり出来上がってるようで、千鳥足で近づくその御尊顔は酔いで鼻と頬が赤く染まり、遠目から見ても情けない表情をしている。

「ぅぉい! こんなめでたい日に揉めるな揉めるな!」

 席に着くAとB、その前で腕を組み仁王立ちになりながらプンプンと怒るシャルの間にレイテが割って入り仲裁する。

「なんだぁ? この酔っぱら…… んぐ」
「よっ…… よせっ!!」

 Aは仲裁するレイテに絡もうと席を立ち上がろうとするが、割と冷静なBがAの口を手で塞ぎ止める。

「いやぁすみませんレイテ様。 この女が俺達に絡んできたもんで」

 モゴモゴ言うAの口を塞ぎながら、Bは愛想笑いを浮かべレイテに返答する。

「だって! 納得出来ません!!」

 怒りで顔を紅潮させ、目を釣り上げながらAとBを指差しレイテに訴えるシャル。

「まぁまぁお嬢さん。 ここは私に任せて!!」

 右手の掌をシャルに向けながら、フラフラの状態で立つのもやっとな、レイテがシャルにそう告げると、

「君達もいい加減にしないか! たしかに魔王オレは悪辣卑劣で、今回もアレコレと卑怯な手を講じ最後は小便を漏らしながら命乞いまでしていた情けない奴だった。 だが奴は死んだのだ! この勇者レイテの手によって! だから君達もそんな可哀想な死者を愚弄するような発現は慎みたまえ! いいね?」

 その言葉を聞いたオレの尖った耳はピクピクと動き、怒りに任せて彼の得意呪文で街ごと破壊してやろうかと一瞬頭を過ったが、フゥーっと一息深く深呼吸して気を鎮める。

 レイテは先程までフラフラの千鳥足の状態だったとは思えないような饒舌な口調で、AとBに言うと、やってやった感を全面に出しシャルにウィンクして微笑みかける。

「なっ! そうじゃなくて!!」

 シャルを想って(もちろん下心全開で)言ったであろうレイテの発言を、取り消すように求めるシャル。
 AとBはレイテの勢いに圧倒され、

「す…… すみませんレイテ様」
「気をつけます。 わっ、悪かったなむすめ!」

 AとBはそう告げると席を立ち、レイテに一礼すると逃げるようにその場を後にした。

「はっはっは。 困った事があったら勇者。 いや、この大将軍レイテに任せなさい。 たしか…… そうっ! シャル君だったね?」

 魔王を愚弄した発言を取り消すように求めたシャルの言葉を無視するように、レイテはシャルの胸の谷間を凝視しながら話しかける。

「いやっ、 あの…… はぃ」

 その様子に返す言葉も見つからず、苦笑いプラス愛想笑いでシャルは応える。

 遠くからそのやり取りを見ていたミーシャは、心のどこかでレイテをシャルに取られてしまうような気持ちになったのかは定かではないが、シャル達の居る場所までやってきた。

「何やってるのよ? 早く席に戻るわよ」
「おっ! わりーわりー! いやぁモテる男は辛いなぁぁ! ガッハッハ」

 酔いが回り、露出度の高い美女2人に挟まれたレイテは、有頂天で思わず本音が出る。

「あ痛っ! てて、何するんだよ」

 その発言に怒ったミーシャが、思い切りレイテの脛を蹴り上げフンッといった態度で腕を組み外方を向く。

「ごめんってミーシャ。 なっ? なっ?」

 外方を向くミーシャの肩に両手で縋りつき、懇願するように謝るレイテ。

「その小娘より私の方がスタイルも良いし、どう見ても綺麗じゃない! ほんと男って最低ね」

 オレはその様子を見ながら、乳のでかい女というのはすぐに論点がズレる生き物なのだろうか?と思っていた。

 シャルはその様子を見て、自分も巻き込まれているにも関わらず、その自覚が全く無く小声で「まぁまぁ」とその場を取り繕っている。

 ミーシャは、これまでの苦労が全く報われない事に苛立ちを募らせている。
 さらに言うと、今の自分の心を安んじる唯一の拠り所は、その美貌を褒め称えられる事だけだが、それを颯爽と掻っ攫っていったシャルに対しても怒りを覚えていた。

「そもそも、魔王を庇うなんてどういうつもりなのよアンタ! それにそこで飯食ってるアンタも! 彼女だか妹だか何だか知らないけど、少しは助けるとかしなさいよね!」

 ミーシャは怒りの持ってき所に困り、怒りの炎はオレへと飛び火する。

「そっ! そうだぞ! 仮にも自分の連れなのであれば、救いの手を差し伸べるべきだろ? それでも帝国男子か! 腰抜けが!」

 ミーシャの怒りが自分から反れたのを良い事に間髪入れずレイテも加勢する。

「そっ、 そうですよ。 少しは気にかけてくれたって!」

 本当に困っていたのかシャルも同調しているようだ。

 その様子を見たレイテは、シャルへの好感度を上げ、知り合いであろうオレとシャルとの関係性にヒビを入れるべく、

「シャル君の言う通りだ。 お前にはこの子は任せておけん! 何だったら私が傍に置いておいても」

 ゲシッ!!! 「痛っっっっっっ」

「アンタは黙ってな!!」

 ミーシャがレイテの言葉に割って入るように発言し、思い切り脛を蹴る。

 一通り文句を言った一同が「ふぅーっ」と一息入れるとオレが、

「あぁぁああああああ!?? そいつは俺に言ってんのか!!??」

一同「ひぃぃぃっ」

 ホテル地下1階全てを支配するような殺気が込められたオーラを迸らせ、殺意むき出しの瞳で、レイテとミーシャを睨みつける。

 ホテル地下1階に居る勇者御一行は、そのどこか懐かしい、何度も経験したような殺意込のオーラに背筋を凍らせ、それはデジャヴとなり、あの忌々しい苦いメモリーを思い出させる。

「あっいやぁぁぁ。 気をつけたまえ。 うんうん」
「そっ…… そうね、 よく見ると素敵な男性だし。 えへへへへ」

 引きつった、しかし最大限の降伏の笑顔でオレに微笑みかけるレイテとミーシャは、視線をオレに向けたまま、一歩また一歩と後ずさり、数メートル離れると意を決したように元いた席へと戻っていった。
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