亡国の少年は平凡に暮らしたい

くー

文字の大きさ
上 下
45 / 233
呪物

少年の元に荷物が届いた(絵有)

しおりを挟む
 荷物は夜ロムの元に届けられたので、翌朝食事の時に二人に伝えた。その後三人でロムの部屋に集まり、届いた荷物を確認した。

「中は見たか?」
「いや、まだ。箱が開かないんだ。これ、一緒に届いた手紙」

 ロムは疲れた顔で、大量の手紙をトールに渡した。

「なんじゃこれは……」
「見ての通りだよ。アドルからの手紙はほとんどレヴィの事だから、一番最後まで読み飛ばしていいよ」
「おぬしは全部読んだのか?」
「まあ、一応……大切な事が書いてあったら困るし……」
「じゃあ、最後のやつ以外、読んでもイイ?」
「面白くもないよ?」
「書いてあるノ、お食事会の事でショ? あの後二人が、どうだったカ、知りたイ。昨日レヴィに聞いたケド、教えてくれなかっタ」

 そう言って、アイラスはいたずらっぽく笑った。女の子はこういう話が好きなのかな。トールから最後の一枚以外を受け取り、アイラスは楽しそうに読み始めた。

「封印がしてあるのか。宮廷魔術師か」
「え? そんなこと書いてあった?」
「文面には無いが、解き方が記されておる」
「どこに?」

 トールが指さした場所には意味の分からない記号が書いてあった。飾り文字の一種かと思っていた。

「これ、言霊なの?」
「違う。言霊は、記した瞬間に魔法として発動して消えてしまうのでな。これは、魔法使い同士が魔法の種類を伝えるために使う、暗号のようなものじゃ。では、解くぞ」

 トールは箱に手をかざし、何かを呟いた。それは魔法使いではないロムには、意味の分からない言葉だった。
 箱がコトリと小さな音を立てた。

「解けた?」
「うむ。開けてみよ」

 少し力を込めただけで、箱の蓋が滑るように音もなく開いた。無駄に精巧な作りだ。この箱、何かに使えるかなと考えながら、箱の中に入っていた袋を取り出した。その布もきめ細かく柔らかい。手紙の封筒と便箋もいつも上質だし、アドルの周りには高級品しかないんだろうなと思う。この袋はアイラスにあげたら喜ぶかもしれない。

 袋からは、革紐と宝石が繋がったような物が出てきた。

「どうやって使うんだろ、これ。説明書も入ってるはずだけど……」

 箱の底を探ると、紙が二枚入っていた。一枚は日に焼けた古い紙で、もう一枚は上質な新しい紙だった。どちらもびっしり文字が書いてある。古い紙は見たことのない文字で全く読み取れないし、新しい紙にも所々意味のわからない記号が入っていて、やっぱり読み取れなかった。

「俺にはわからないや。トール読んで」
「うむ」

 トールは説明書を読み、アイラスはまだ手紙を読んでいた。時々ニコニコ微笑んでいる。そんなに面白い事が書いてあるのかな。レヴィの名前が見えたら読み飛ばしたので、ほとんど内容は理解していない。

 アドルも、自分ではなくアイラスに手紙を書いたらいいのにと思った。ロムは興味がないから真面目に読まないし、上手い返しも思いつかない。アイラスならその辺きちんとしそうだし、アドルも語りがいがあるだろう。彼女もきっと楽しいと思う。
 今度会ったら伝えてみよう。いつ会えるのかは、わからないのだけど。



「古い方はこれを作った者が書いた説明じゃな。新しい方は、宮廷魔術師が訳してくれたものじゃ。ありがたいのう」
「どうやって使うの?」
「手にはめる、のじゃ……が……」

 トールがそれを手にはめようと苦戦している。見かねてロムが手伝った。

「この輪に中指通して、こっちに親指を入れるんじゃない?」

 不器用だなぁと、なんだか微笑ましく思った。そういえばトールは、ナイフとフォークも使えない。本来の姿ではないから、手先が器用ではないのかもしれない。

 苦労してトールの手にはめたそれは、手の甲に赤い宝石が配置され、それを革紐で固定するような作りになっていた。

「ていうか付けちゃって大丈夫? なんか発動したりしない?」
「魔法を使わねば何も起こらぬよ。魔法を使った際、この手で触れた誰かの魔力を吸い上げる仕組みのようじゃ。じゃから、魔法使いに触れていない場合も効果が発揮されぬ」
「アドルが言ってたのと少し違うね」
「売った者が正しく理解しておらなんだのじゃろう。あの説明を一介の商人が解読できるとは思えぬ」
「すぐ試す?」
「いや……」

 そう言って、トールはアイラスを見た。彼女はまだアドルの手紙を楽しそうに読んでいた。こちらの視線にも気づかない。

「これを借りても構わぬか? 一度ニーナのところで試したい。動作に問題ないと確認してから、アイラスに使ってもらいたい」
「わかった。今すぐ行くの?」
「うむ。今日もアイラスは工房に行くのであろう? 確認が終わったら、わしもそちらに向かおう」

 トールは手から呪物を外し、猫の姿に変化した。にゃーと鳴いて、呪物を袋に詰めるようにせがんできた。
 入っていた袋に入れかけて思い直し、自分の持つ麻袋に入れてトールにくわえさせた。

 彼は窓から軽やかに飛び出して行き、ロムはアイラスを振り返った。彼女はまだ手紙を読んでいる。読み終わりそうにないので声をかけた。

「アイラス、そろそろ工房に行こう」
「エッ、あ、ウン。……アレ? トールは?」
「呪物の動作を確認をするために、ニーナのところに行ったよ。後で工房に来るって。手紙が気になるなら、それも持っていこう」
「ウン……そうだネ……」

 アイラスは気が進まないように答えた。彼女が渋る理由はロムにもわかっていた。

「頼まれた絵、あんまり進んでないんでしょ? いつでもいいと言われてたけど、時間をかけすぎるのも可哀そうだよ」

 理由はわからないが、作業がはかどっていない事だけはわかる。図星をつかれてアイラスはうろたえたが、諦めたように頷いた。

「レヴィに相談してみたらどうかな?」
「ウン……自分で、何とかしたかったケド……あんまり時間、かけたくないシ……」
「お客さんがいる仕事だから、レヴィも自力でどうにかしろなんて言わないと思うよ」
「そう、だネ……」

 アイラスは、いたずらを隠したい子供のように見えた。いや、実際彼女は子供なのだけど。

「何笑ってるノ?」
「ううん、アイラスが可愛いなと思って」
「……ロムって、そういうトコ、あるよネ」
「何が?」
「何でもナイ!」

 そう言ってアイラスは、荷物とマントをひっつかんで部屋を出て行った。ロムもあわてて追いかけた。
しおりを挟む

処理中です...