亡国の少年は平凡に暮らしたい

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叙任式

少年の長い一日が終わった(絵有)

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 トールに捜したい魂がある事。それを捜す魔法をアイラスから教えて欲しい事。教えてもらうには魔法として使用しなければならない事。今のアイラスでは、それを行う魔力が足りない事。一通り説明して、トールは言い訳するように付け加えた。

「わしは別に、おぬしを利用しようとしているわけではないからな! いや、最初は少しだけ思った……かもしれんが! 今は違うからの!」
「そんなコト、疑ってないヨ。でも……」

 アイラスは力が抜けたように座り込んだ。膝に顔をうずめ、元気のない声で言った。

「そういうコト、もっと早く、教えて欲しかっタ……」
「しかし、別に急いではおらぬし、無理に魔力を高めようとすると、身体に負担がかかるじゃろうと……」
「ロムの心に入った時なら、使えたんじゃないノ? あの時ハ、ニーナの魔力を使って、魔法が使えてタ」
「……はっ」
「バカなノ?」

 辛辣な言葉を吐きながら、アイラスは忍び笑いを漏らして肩を震わせていた。トールもそれに気づいて抗議の声を上げた。

「何がおかしいのじゃ!」
「まあまあ……もう一度、俺の心に入る事はできないの?」
「自我がある人の心に入るノ、良くないって言ってタ。拒絶反応が出る事が、あるんだっテ」
「そっか……」
「とにかク、その呪物ってやつが来たラ、試そうネ」
「必要な言霊はわかるの?」
「わかるヨ。でも魔力たくさん、必要だと思ウ。もし呪物が使える物だったラ、使って、使えなかったラ、魔力を高める訓練っていうノ? するカラ」
「本当に急がんで良いからの? 言霊が分かっても、わしはおぬしらの寿命が尽きるまでは、捜しにはゆかぬのじゃから」
「なんデ?」
「おぬしらの生は、わしにとっては短い。それを見逃すようなことは、しとうない。捜すのは、おぬしらが居なくなってからでも遅くはない」
「……どういうコト?」
「『神の子』は不老じゃからの」
「……私達が、おばあちゃんニ、なってモ……トールは、今のままなノ?」
「そうなるのう」

 アイラスは、その言葉に絶句した。すがるような目でロムを見て、何か言いかけたが何も言わなかった。
 彼女は知らなかったのだろうか。『神の子』の常識を。そういえば話した事はなかった。特別話題にしなければ、わざわざ言う事でもない。
 トールも黙り込み、ロムはかける言葉が見つからず、三人の周りだけに静寂が訪れた。



 その気まずい沈黙を破って、レヴィがやってきた。

「お前らまだ居たのかよ。この後の饗宴は酒が出るから、ガキは帰った方がいいぞ」
「うん、そろそろ帰るよ。レヴィは出るの? ニーナとホークは?」
「あいつらは儀式の後、試合も見ずに帰ってるぞ。俺は皇子から誘われたから、少しだけ顔を出すよ。……面倒くせえけど」

 アドルがレヴィを誘ったのか。すごい進歩だ。

 苦笑いしていたレヴィから表情が消えた。視線はアイラスの方に向いていた。

「……アイラス? どうした?」
「別に……何デモ……」

 その声が涙を含んでいて、ロムはアイラスを振り返った。彼女の目からは涙があふれそうになっていた。
 レヴィが、優しく彼女の頬を撫でた。それがきっかけとなり、アイラスは泣き出してしまった。

「おまえら、アイラスに何したんだよ」

 その胸で泣きじゃくるアイラスをなでながら、レヴィは責めるように言った。

「いや、別に、何もしておらぬぞ?」
「トールにはわからないの?」

 トールは困惑した顔を向けてきた。
 ロムには、アイラスの気持ちが痛いほどわかった。自分だって、普段はあまり考えないようにしているけれど、一人で居る夜にふと思い出して、涙が出たこともある。

「俺達だって、辛いんだよ。トールと同じ時を生きられない事が。自分だけが辛いとは思わないで」

 トールは酷く傷ついた顔をした。当然だと思う。彼を傷つけたくはなかった。それでも、アイラスの気持ちも知ってほしかった。
 レヴィが、そういう事かと言って深くため息をついた。

「アイラス、そればっかりはどうしようもねえ。諦めろ。俺も諦めた」

 そうだ。レヴィはニーナに育てられた。縁が切れていても、ニーナは親のようなものだ。親より先に死んでしまうのは、どれだけ辛い事なんだろう。

「ただ俺は、死ぬ時はニーナに看取ってもらいたいと思ってる。そして、最期にもう一度お礼を言うんだ。俺を引き取ってくれてありがとう、いい人生だったってな」

 アイラスはレヴィから身体を離し、涙を拭いてクスリと笑った。

「じゃア、いい人生に、しないとネ」
「あたり前だ」
「ごめんネ、レヴィ。もう大丈夫だかラ」
「おう」
「私も、レヴィの真似すル。最期はトールに、看取ってもらいたイ。そして同じように言うノ。私を見つけてくれテ、ありがとう。いい人生だったっテ」
「気の早い話じゃのう……」

 トールは背中を向けて頭をかいた。これは、顔は見ない方がいいってことなのかな?
 自分の泣き顔は散々見られたけど、トールのそれは見たことない。少し見てみたい気もするが、今は我慢しておこうと思った。

「じゃあ帰ろう」
「レヴィ、またネ」
「おう、気をつけてな」

 聖堂が夕日に染まっていた。長い一日が終わったと思った。大人達の饗宴を遠く眺めながら家路についた。



 アドルから荷物が届いたのは、それから三日後の事だった。
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